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2010-12-18

価値観の相違を埋めようとする理想

 最近買って感動した本がありました。田亀源五郎さんの『童地獄・父子地獄』と荒川弘さんの『鋼の錬金術師』最終巻、そして『村崎百郎の本』です。物凄い隔たりのある3作品ですが、どれも物凄く感動できます。

 田亀さんは現在、世界一のゲイ漫画家だと思います。ネタとして面白いゲイ漫画はBLも含めるとたくさんあるので、田亀さんが世界一という意見に異論はあるでしょうけど、“オカズ”としての機能性を重視しており、描かれる男共の“チンポ”と“ケツマンコ”とその周りにびっしり醜く生えている毛は、芸術的に美しい。嫌悪感を抱く人は確実にたくさんいるでしょう(私は実際、知人に田亀さんの作品を薦めたら物理的にも人間関係的にも距離を置かれたことがあります)。
 ゲイを描いた作品を楽しめる私はもしかして“あっち側”なのかなぁ、と考えたことがありますが(ジャッキー・チェンさんを筆頭に、好きな役者に女優が殆どいないし)、色々考えた結果、私は“ノンケ”だから異なる価値観に惹かれるのだ、と結論しました。ゲイの人たちには失礼ながら、「世の中には、何て面白い価値観があるのだろうか」と感動しているわけです。
 「価値観が異なるから面白い」という感覚は、嫌悪感と表裏一体かもしれません。

 『鋼の錬金術師』は、現在のファンタジー物語の最高傑作になりました。最初から傑作であり、読んでいる最中からも傑作であろうなと思い、このまま傑作として終わりそうだなと思っていたら、それ以上に完璧な傑作として完結。
 最終巻を読んで感動し、同時に『ベルセルク』へと思いを馳せました。今の『ベルセルク』は、『鋼の錬金術師』と同様の失ったものを取り戻す闘いの物語だったのに、主軸をなくし、完全に迷走しています。物語は遅々として進まず、あと少しで「もうどうでもいいや」になりかかっています。キレイにまとめられるのでしょうか?
 最終巻を読んで最も感動したのは、「僕たちが助けられなかった女の子がいます。その子をずっと忘れることができません」という台詞です。最終話にその台詞が登場することにより、『鋼の錬金術師』の傑作ぶりは格段に上がりました。その台詞が何のことか忘れてしまった人は、第1巻から読み直すべきです。全巻通して読むと、長さの割に全く淀みなく進むので改めて驚かされます。そうそう、最初から読み返す前に、最終巻の表紙の返し部分の作者の一言もちゃんと読んでおくべきでしょう。さらにじっくりと読み返すことになります。
 最終的には『指輪物語』にも匹敵する見事な児童文学と思えました。この世は全て等価交換。その意味と意義を捉えた上で、何が最も大切かを最初から最後までブレずに描いた。世界は広く、多様性に満ちている。それを急がず楽しもうじゃないか。真摯なメッセージです。
 「ハリポ」程度じゃ『鋼の錬金術師』の足下にも及びません。

 『村崎百郎の本』は、村崎百郎さんの追悼本です。
 私にとって村崎さんとは『鬼畜ノススメ』であり、それ以上でもそれ以下でもなく、普遍的な「社会派くん」シリーズは、そのキャラクター性を薄めて利用したものにすぎません。実際、「社会派くん」シリーズにはガッカリな発言だらけで、失礼ながら「『鬼畜』以前に馬鹿なんじゃない?」と思わされることもしばしばありました。
 『村崎百郎の本』を読むと、村崎さんがとっても常識的な鬼畜であったことがわかります。というか、単なる常識人だったようです。人間として生まれながらに少し羽目を外しているってだけで、良識や常識を疑いもせず無自覚に振りかざす人々よりも常識人です。
 京極夏彦さんと根本敬さんののインタビュー記事は、それぞれ最初と最後を飾っているだけはあり、とても感動的でした。感動的でしたが、『村崎百郎の本』そのものが少し蛇足かなぁ、とも思いました。身近にいた人たちが村崎さんに対する誤読を是正したいのはわかりますが……よりによって感動的な文章ばかり載せなくてもねぇ。ですので、宇川直宏さんと磯部涼さんの客観的な意見も一緒に載っていることは良かったと思います。唐沢俊一さんのインタビュー記事は、インタビュアーが意地悪な質問をしていて(盗作についてのこと)、それも面白かったです。
 結局、村崎さんは、変装までして何を表現したかったのでしょうか? あの変装は、鬼畜発言をするための匿名性だったのでしょうか? それはあるでしょうが、『村崎百郎の本』を読むまでもなく、闘争だったのだと思います。価値観の相違に対する、多数派と少数派の闘い。もちろん村崎さんは少数派の味方です。「村崎百郎」は、変身ヒーローの変身後の姿なのです。ですので、ヒーローにはヒーローの結末がありますから、「村崎百郎」の結末は劇的で面白いと思いました(ちなみに、なぜ村崎さんが殺されなければならなかったのかについては、町山智浩さんが根本さんの『人生解毒波止場』の解説で簡単に説明しています。驚きの真相!)。

 価値観の相違による闘いは、どんな立場であっても面白い。討議することは重要です。闘技的民主主義を、全面的にではありませんが、支持します。それが自由ってものです。
 その自由を阻害する東京都の青少年健全育成条例にはムカつきます。規制賛成派は、単なる販売規制だといっていますが、それ即ち表現の規制にしかなりません。闘技的民主主義を行う気すらないようですから、多数派(または既得権益を握っている人々)の押し付けです。少数派が正しいわけではありませんが、建設的な討議を行わないのは問題でしょう。
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プロフィール

ばっどていすとさんどいっち

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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