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2010-10-18

カナザワ映画祭2010体験記:5日目

 <カナザワ映画祭2010 世界怪談大会>の5日目(9/21)。観たのは、『おらぁカッパだ』、『空気の無くなる日』の2本。同時上映なので、料金は1本分。ありがたいことです。
 今年は昨年と異なり連休が2日間しかなかったため、5日目からはシネモンドでの上映のみ。爆音上映は3日間で終わってしまい、つまり<カナザワ映画祭>の売りの1つがなくなったわけで、客数も激減。正直、映画祭が行われているとは思えない閑散さ……
 
 1本目は、『おらぁカッパだ』。
 初めて観る作品。題名に「おらぁ」が付く作品は『おらぁグズラだど』が同時期にあるので、その関連作品かと思ったけど、あっちはアニメだし、全く関係なかった。幻のパイロット作品らしいけど、珍しい作品を観られたなぁ、という感慨しか抱けず、全く面白くなかった。微笑ましいとは思ったけど。
 30分という短い上映時間なのに長く感じた。

 2本目は、『空気の無くなる日』。
 こっちは面白かった。まず物語が面白かった。
 舞台は明治時代、北陸のとある山村。小学校の職員室にて、空気がなくなるという話が飛び出す。町の方で空気がなくなると噂している、と。校長を筆頭に、そんな馬鹿な話、とみんな笑い飛ばす。が、役所でもその話が話題になっており、笑い話とは思えなくなる。何でも、数日後にハレー彗星が地球に大接近し、その影響から、最も接近する正午から5分間だけ、地上から空気がなくなるらしい。その5分間をどうしてやり過ごすかで村中が小パニックに陥る。
 空気がなくなると聞き、真っ先に考えるのは、「息を止める」。小学校で校長の指導の下、子供たちは、5分間の息止め訓練を行う。水を張ったたらいに顔を浸し、呼吸を我慢するという訓練だ。しかし当然ながら5分間は無理だった。
 「息を止める」が駄目なら、5分間だけ呼吸を補助してくれるもの、酸素ボンベのようなもの探せばいい。舞台が明治時代だから酸素ボンベはまだ存在しないのか、田舎の小さな山村が舞台だから酸素ボンベがないのか、登場するのは自転車のタイヤのチューブ。町の自転車屋は、これが商売チャンスと見て、チューブを元値の7倍以上で売り出した。村人は貧乏な農家ばかりなので、誰もチューブを買えない。しかし、見るからにケチで根性の悪そうな村の地主がチューブを買い占める。
 地主の息子は、親から買い与えてもらったチューブを学校で自慢する。しかし、誰も羨ましいとは思わなかった。地主の息子だからって威張らせていたけど、どうせもう死ぬとなれば地主だろうが何だろうが関係ない。みんなは最後まで高慢な地主の息子に、ここぞとばかりに食ってかかる。「威張りくさりよって、もう怖かないぞ!」と。
 そんなこんなで、各々が最期を迎える準備を整え、最期の日が訪れる。一張羅を着込み、家族勢ぞろいで綺麗に並び、正座して時を待つ。地主の家庭では、みんながチューブを何本も袈裟懸けし、空気入れの穴に口を付けている。正午になった。1分間……2分間……手を合わせ心静かに祈る貧乏家族とチューブから必死に空気を吸い込んでいる醜い地主家族が対照的に描かれる。3分間……4分間……5分間……問題の5分間が過ぎた。
 果たして空気はなくならなかった。誰もが家の外に出、青空の下、大きく深呼吸をする。空気がご馳走だとばかりに。馬鹿を見たのは地主家族だ。自分たちだけが助かったと思ってる。最も大損しているのに。
 『空気が無くなる日』は、『おらぁカッパだ』同様に微笑ましい作品だけど、物語は面白いし、登場人物も面白く、特撮の出来も良い。60年も前の作品とは思えないくらい、良くできている(面白さだけなら、最近の下手な大作「パニックもの」――平成版『日本沈没』や韓国の『TSUNAMI-ツナミ-』など――より遥かに上)。
 原作から有名なので、観た(読んだ)ことがなくても題名だけは知っている人は多いだろう(私もその1人)。児童向けなので、全体的にコミカルで微笑ましい作りになっているけど、道徳教育に使われるような感じで、良い行いと悪い行いがちゃんと描かれている。疑似科学を基に動いてしまう集団心理や、人間の汚さもちゃんと描かれている。子供が死を覚悟するのに、地主の大人たちは必死の形相でチューブを口にする。正午になった瞬間、子供をギュッと抱きしめる母親が描かれていたり、意外や意外、ちゃんと「パニックもの」の定石を押さえている。 
 ちゃんとしていると思うのは他にも、村で最も貧乏な家庭の扱いが最も丁寧だってことがある。地主以外は、多少の上下はあっても、みんな貧乏に変わりなく、最期は誰もが仏壇の前でご先祖様に祈りを捧げて死ぬのを待つしかない。最期は誰にも平等に訪れる、というこれまた「パニックもの」の定石だ。
 面白くできた理由として、小さな村を舞台にしていることが挙げられる。登場人物を描写するのに丁度良い規模からだ。国家レベルの視野で描けば、他にも色々と工夫に凝った「息を止める」が描かれるんだろうけど、そうすると描写の中心を小さくしないと全体が描けなくなり、面白さはスペクタクルの大きさに反比例してしまう可能性が大きい(実際、そうやって大失敗している作品ばかりだ)。規模を小さくすれば、かけるアイデアの数も少なく抑えられるし、上映時間だって短くて済む。登場人物の描き分けだって楽だし、メリハリも付け易い。短編映画の基本のような作りだ(『トワイライトゾーン』や『世にも奇妙な物語』のようなTVのオムニバスドラマにも似ている)。
 好きな場面がいくつもあるけど、最も好きなのは、村で一番貧乏な幸夫という子供の家庭の様子。今日が最期の日だから、と食卓が豪華になる。といってもそこは貧乏だから大したことないが、幸夫の反応が面白い。小さいながらも尾頭付きの焼き魚が並んでいると「お、魚だ」と軽く喜び、白米が出ると「白まんまだっ!」と驚喜する。この場面、子役の演技の巧さもあり、爆笑してしまった。今時の子供が『空気の無くなる日』を観ても、「白まんまだっ!」には笑わないかもしれないけど(何がそんなに嬉しいのか理解できないかもしれないし)。
 上映時間は1時間。舞台は富山の貧しい山村(北陸が舞台であると冒頭に説明があり、風景から富山と判断)。問題となるパニック部分は5分間だけ。しかも大騒ぎするでなく、家の中に閉じこもって息を止めるか、仏間で祈りを捧げるか、チューブから空気を吸ってるか、地味極まりないものだ。映画としても特に目を見張るような凄い点はなく、とっても基本的な出来映えで、ちゃんと人物を撮り、それなりのライティングで撮り、それなりに風景を撮っている。しかしテンポは良く、最後まで楽しんで観られた。白黒ではあるが、問題の5分間が過ぎた後に雨戸を開けて外に出た時の青空が健やかに見えて良かった。
 そんなとっても小さな「パニックもの」だけど、百億円くらいかけた2時間以上ある大作と比較しても全く遜色ないかそれ以上に面白く、充実感を味わえた

 『おらぁカッパだ』は全く面白くなかったけど、『空気の無くなる日』はとっても面白かった。同時上映だからこーゆーこともある。結果的には観て良かったと思えた。
 惜しむらくは、2回目の上映だからか(1回目は18日)、観客数が少なかったこと。席が半分も埋まってなかった。
 あと、シネモンドに行ってガッカリしたことがある。前から同じだけど、映画祭が行われているのが全くわからんのだ。いや、ポスターが貼ってあるからわかるにはわかるんだけど、ポスターくらいなんだよね、映画祭と示されているのって。初めての人からすると、「え? ホントにここで映画祭やってるの?」と思うくらいに地味。もうちょっと派手な工夫をしてほしいもんだ。何たって「祭」なんだし。内容勝負かもしれないけど、それ以外が寂しすぎるよ<カナザワ映画祭>は。
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テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

tag : カナザワ映画祭

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プロフィール

ばっどていすとさんどいっち

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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