--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010-06-27

『第9地区』は、『アバター』以上『ダークナイト』未満

 ちょいと変わった映画好きに話題騒然な『第9地区』を観た。「ちょいと変わった映画好き」は、『映画秘宝』を熱読するような人々を想定していて、もちろん私もそこに該当すると自覚している。ゆえに、ジェームズ・キャメロン監督の『アバター』には興奮できなかったし、大いに落胆したから、『第9地区』には観る前から期待していた。

 物語は単純だ。というか、設定が面白いだけで、物語そのものは典型的な「バディもの」アクション映画。
 地球に大勢の他星人が訪れる。侵略目当てでなく、宇宙船の故障のために漂着しただけだった。追い返すわけにもいかず、とりあえずは南アフリカに他星人専用の難民キャンプを設ける。
 20年経っても他星人は帰る気配がなく、難民キャンプは荒れに荒れ、完全にスラムと化していた。困った政府は別の難民キャンプを設け、移住してもらうことにする。その移住手続きを担当するのが主人公ヴィカス。
 平凡を絵に描いたような公務員であるヴィカスは、大役を受け、意気揚々と業務に当たっていたが、他星人が所有していた謎の液体を偶然被り、他星人へと変貌してしまう。そして、誰も助けてくれないばかりか、なぜか自分の組織から狙われることになってしまう。
 謎の液体を所持していた他星人を詰問すると、謎の液体は宇宙船の燃料となるもので、そして宇宙船に戻ることができればヴィカスを元の人間に戻すことが可能らしい。否応なくヴィカスはその他星人と共闘する羽目に陥る――

 他星人を難民扱いして隔離政策という設定は面白い。後は、それをいかに物語に昇華させるかなんだけど……とても中途半端。中盤まではSFらしく展開し、さらに政府と他星人の丁々発止なやり取りがあるのかと期待していたら、そんな細かい話は何もなし。政治社会的な発想は「他星人の隔離政策」だけで終わる。アパルトヘイトの隠喩と読むことは可能ながらも意味はない。「何かちょっと政治社会批判っぽいこと盛り込みました」って程度。中盤からは、互いに信用していないながらもコンビを組まざるを得ない「バディもの」でアクション展開。
 前半の政治社会的モチーフだけで最後まで進めてほしかった。中盤から普通の映画になっちゃって、それなら『アバター』みたいに贅を凝らして撮ってほしかった。他人様の惑星に勝手に住み着いて勝手に振る舞っておいて、躊躇なく他星人と相思相愛になれてしまう御伽噺にすぎない『アバター』に比べれば、『第9地区』はとっても説得力のある物語だ。しかし、『第9地区』だってかなりテキトー極まりない。発想としては面白いけど、無理でしょ他星人の隔離政策は。コメディとして作るなら良かったのに、意外や真面目な展開を見せるんだもんなぁ。ナチをコケにしつつもカッコ良く描いた『スターシップ・トゥルーパーズ』に比べれば子供騙しもいいとこだ。

 ヴィカスの人物造形は素晴らしい。主人公だってのに、人間的にとっても“出来ていない”、観客と等身大の普通人。誰かのために我が身を厭わない、なんて勇敢なキャラじゃない。むしろ卑怯者で臆病者。自分を助けてくれた他星人を裏切ったりするし、すぐメソメソしたりする。「あーあ、情けない」と誰もが思う、そんな等身大の主人公だからこそ、最後の最後でヤケクソ気味にヒーローとして大活躍するから、「やればできるじゃん」と感動を呼ぶ。『第9地区』の成功は、その設定より、ヴィカスの造形にある。『アバター』のような「設定のために設定された主人公」だったら台無しだった。
 大きな設定を盛り上げるための小さな設定も面白かった。他星人がエビみたいな外見だから「エビ」と呼ばれていたり。プレデターともエイリアンとも異なり、滑稽なようでグロテスク。そのデザインは見事。だけど、その見事さは、『アバター』の青い鹿顔星人と大差ない。が、なぜかネコ缶が大好きだったり、細部の設定が滑稽で良かった。ヴィカスが他星人と変貌しつつある時、空腹からネコ缶を貪るように食べる場面では、「あ、やっぱネコ缶が旨いと思うんだ?」と思いきや凄い勢いで吐き出すのには爆笑したし。『第9地区』で面白い場面は、汚い場面ばかりだ

 設定は面白いし斬新だけど、全体的な印象は、古臭い。もちろん最近の映画だから、特撮技術は低予算映画といえども凄い。が、それは撮り方の問題であって、いかにして細部を見せないようにするか、そこに集中している。「いかにして見せびらかすか」に集中していた『アバター』とは逆
 ドキュメンタリー風の演出を使っていて、それが「いかにして細部を見せないようにするか」だ。ドキュメンタリー風であるということは、既に結果が出ているということなので、エピローグから始まるようなものだ。結末から始めるのはサスペンスの常套手段だけど、『第9地区』はサスペンスではない。サスペンスとしての牽引力は弱い。ドキュメンタリー風だからだ。ドキュメンタリーは、見聞きしていないことは映せない。サスペンスは、見聞きしていない部分を映していくことで盛り上げる。ドキュメンタリー風の演出を使った時点で、細部を表現することを放棄している。
 とはいえ『第9地区』は、事情を知っている関係者の証言を並べ、劇中で描いていない部分を説明する。ヴィカスがどうなって、どう思われているか、観客が「見られない側面」を台詞で説明する。観客はまずその証言が誰のことを指しているのかわからない。わかってくると、見えている部分と異なる世界が提示され、『第9地区』は、映画そのものが「世の中から見えない側面」を説明する映画であることがわかる。観客から見れば最終的にはヒーローとなったヴィカスは、社会の中では裏切り者の悪者だ。それを提示することで『第9地区』は社会批判をしていることがわかる。見えている側面ばかりが美しいわけじゃない、と。だからこそ最後のショット――誰にも事情を説明できないまま孤独に美を愛でるヴィカス――は感動的だ。
 しかし、それならやはり「バディもの」にする必要はなかったと思うのだ。またドキュメンタリー風の演出も不要だったと思う。ドキュメンタリー風の演出で「世間から見たヒーロー」を説明したのは、大失敗だった。『ダークナイト』が最後、孤高のヒーローへと旅立つように、ヴィカスも孤高となるのだから。
スポンサーサイト

テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

tag : 第9地区

comment

管理者にだけメッセージを送る

プロフィール

ばっどていすとさんどいっち

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

最近の記事
プルダウンリスト
プルダウンタグリスト
ブログ内検索
ブログ全記事表示

全ての記事を表示する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。