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2010-04-17

『ハート・ロッカー』は、「ノーベルやんちゃDE賞」を獲れない映画

 キャサリン・ビグロー監督の『ハート・ロッカー』を観た。アカデミー賞受賞のお陰で上映が2ヶ月も早くなり、期待値MAXでの鑑賞。戦場、爆弾処理班が主役、ドキュメンタリー風、ビグロー監督久々の新作、と期待せずにはいられない要素だらけだし。
 が、しかし、あれぇ? 全く面白くなかった。

 物語は単純。イラクのバグダッドで働く米軍の爆弾処理班に殉職者が出た。代わりに来たのは、能力は抜群に優れているけど、協調性がなくて進んで危険なことをやりたがる暴走野郎。班員が大いに困ってしまって、さあ大変。無駄に緊張感が高まった爆弾処理班の長い1ヶ月が始まった……
 暴走気味な奴のせいで困った事態になるのは、「戦争もの」だけでなく、「刑事もの」でもよくある。コメディっぽさの全くない、『リーサル・ウェポン』のイラク戦場版といって済んでしまうかもしれない。だから『ハート・ロッカー』は、題材だけが売りで、他は典型的も典型的なド典型の映画。つまり、新鮮味は全くない。出だしの爆発事故の場面だけで最後まで持たせている
 観る前は、生死の境目で頑張る爆弾処理班の鬼気迫るドラマなのかと思っていたんだけど、いや、そーゆー要素はもちろんあるんだけど、正直、爆弾処理の部分は特に意味がなかった。反戦を描くこと、戦場を描くこと、理不尽な事態を描くこと、1人の壊れた人間を描くこと、その全てをやろうとして、巧くまとめられずに終わっている。

 そもそも、出だしの字幕が駄目。「戦争は麻薬」って、それ、最初にいっちゃ駄目でしょ。「ああ、主人公が戦争に溺れている物語なのか」と思ってしまうじゃないか。ミステリー映画なら、そんな字幕が出た瞬間、「騙されるもんか!」て身構えるよ。かーなりミスリーディング。
 「戦争は麻薬」なのは、個人でなく、国家のことを指しているのは明確だ。喜んで戦場に赴いている登場人物が描かれていないし。でも、国家にとって「戦争は麻薬」だろうか? 第二次世界大戦までならそーゆーことは納得できたかもしれないけど、今や戦争は金がかかるばかりで得しないことがよーくわかっている。戦勝したって、後の補償したりしなきゃなんないから、赤字になる。軍需産業のように一点集中で儲かるところはあるけれど、相当の旨みがなければ国家が戦争をするのは無駄極まりない。確かに、「戦争は麻薬」というのは正しい。抑制の効かない馬鹿は中毒になる、という意味で。
 となると、「戦争は麻薬」なのは、『ハート・ロッカー』が描くような一般兵士に当てはまらない。民間軍事会社の傭兵ならば、まだ頷ける言葉だ。それにしたって「役者と乞食は3日やったらやめられない」というものでもないだろう。どうとでも捉えられるだけに、「戦争は麻薬」という字幕は、余計としかいいようがない。観客が多義的に受けられるようにした、といいたいのだとしても、無責任だ。「政治的な批判をしてるっぽいカッコ良さ」を出しているだけにしか思えない。

 『ハート・ロッカー』が反戦映画なのだとしたら、致命的に大失敗している点が2点ある。
 1点目は、「良い顔」が写っていない点だ。主役3人には有名スターを使わず、ドキュメンタリーっぽさを演出したようだけど、だからか全く印象に残らない。スターを使わないのはいいけれど、それならそれでスターには無理な「良い顔」を撮ることはとても重要になる。なぜかというと、それこそが反戦として機能するからだ。スティーヴン・スピルバーグ監督は、一見して湿っぽいヒーローものに作ってはいるけど、『プライベート・ライアン』でトム・ハンクスさんの「良い顔」をちゃんと撮っている。『ハート・ロッカー』は、高倉健さんじゃあるまいし、「漢は背中で語る」もんだと思っているとしても、その「背中」は最後の最後に戦地に赴く「背中」だけで、しかもあれは「残り何日」という説明あっての「背中」。語っているのは、字幕でしかない。つまり、『ハート・ロッカー』が何かを「語っている」部分は、最初と最後の字幕だけだ。
 まあ、反戦というか反ブッシュなのは、挿入歌ですぐにわかる。だって、ミニストリーが使われているんだもん。インダストリアル好きなら、避けて通れないミニストリーは、「アンチ・ブッシュ3部作」というアルバムを作っていて、『ハート・ロッカー』はそこから3曲も使っている。何てわかり易いんだ! ミニストリーは初期の『Twitch』は歴史的大傑作だけれど、いわゆる「アンチ・ブッシュ3部作」は音楽的に良いとは思えない。メッセージだけが表に出すぎていて、余裕が全くない。メッセージがあるのなら音楽的に豊潤でなければならないのに、フックがなくて単調極まりない。正直、ダブの攻撃性に比べればメタルな「アンチ・ブッシュ3部作」は幼稚だ。ゆえに、その幼稚な曲を使った『ハート・ロッカー』も凄く幼稚な映画となってしまっている。メッセージさえあればそれが説明になっているとか思ってんだから困ったもんだ。明確な反米を出せないのなら、こんな反戦映画は作るべきではない。いや、『ハート・ロッカー』は、反戦映画的っぽい映画か。
 で、2点目は、「アンチ・ブッシュ」な曲を聴く主人公は、何でイラクに行くのかって点。おかしくないかい? 「アンチ・ブッシュ」な音楽をわざわざ聴くくらいだから、無駄な行いだとわかってるのに。特技が爆弾処理だから? えー、それって理由になるかぁ? 無駄な戦争を始めたために爆弾処理なんてことをやってる主人公の行いは、掘った穴を埋めているようなもんだ。「アンチ・ブッシュ」な主人公は、無駄とわかっている戦場へ進んで赴く。何で? そこを明確に描くべきなのに、物凄く曖昧。物語の根本が「反戦っぽい」だけだから、その実さっぱりよくわからないことになっている。ドキュメンタリー風だから目立たないけど、実に雑。というか、戦争映画としての先鋭性は、「ドキュメンタリー風」な手法を選んだ時点でかなり削がれていて、しかもドキュメンタリー風の演出が「何だか慌てて撮った」という程度だし。イラクでいったい何が起きているのかを緊張感溢れる演出で伝えたかったのだろうけど、最後まで失敗している。

 主人公は、最後はヒーロー的に描かれるけど、「戦争は麻薬」らしいので、中毒な主人公は通常の社会に満足できず戦場イラクに戻るしかなかった、と思えてしまう。確かに主人公は、アメリカに戻ってたって、爆弾処理に関しては達人でも、スーパーでシリアルを買うのもままならない、大して使い道のないオッサンだ。そこで自分にできることは何があるかというと、たった1つ、爆弾処理。だからまたイラクに行く。いや、イラクに戻る、か。主人公は、「アメリカに戻る」のか、「イラクに戻る」のか。最後の場面は、そーゆー意味でヒーロー的だ。スチャダラパーの「ノーベルやんちゃDE賞」の、「でもやるんだよ」的な。

始まりますよ 始まりますね
いよいよですね ドキドキですねー
どんな時も 何があろうとも
子供の心を忘れず ずっとやんちゃであり続けた証として
もちろんノーベルには無許可で贈られる
かなりキてる 結構使える 名誉ある賞なのです
やんちゃー 使命か本能か 何がそこまでさせるのか
やんちゃー 世間に風穴を あくかな? でもやるんだよ

 「ノーベルやんちゃDE賞」の歌詞からの抜粋。これ! この曲こそが最後に相応しい! 主人公を「でもやるんだよ」的な使命感を抱いた強い人として伝えられる。ビグロー監督に教えてあげたいですよ。「ヒーローは3日やったらやめられない」な『ウォッチメン』みたいでもあるけど。

 『アバター』なんかがアカデミー賞を獲らなくて喜んだものの、『ハート・ロッカー』は実は『アバター』以上に微妙極まりない映画だった。「ノーベルやんちゃDE賞」は獲れないね
 途中のスナイパー対決は箸休め程度の価値しかないし……類型的な描き方ばかりの中、唯一面白かったのは、“ベッカム”少年の話か。主人公だけはイラク人を見分けられるとみんな感心してたのに、実は主人公も全く見分けられてませんでした、て愕然とする展開には無常感があり、デヴィッド・マメット監督の『殺人課』みたいで良かったけど、やはり中途半端。良いアイデアを思いついたので入れました、てだけ。見知らぬ土地に行けば、何もかもがわからなくて不安、なーんてことは当たり前で、驚くようなことじゃない。どうせならもっと不条理に描いた方が面白かった。
 物凄く面白そうなのに、所々で伝え方を間違えているため、観終わると何も残らない。戦争映画としてなら、メタ・フィクションな構成をしていたベン・スティラーさん大活躍のコメディ映画『トロピック・サンダー』にも遠く及ばない。ガッカリですよ。
 
スチャダラパー 「ノーベルやんちゃDE賞」

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テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

tag : ハート・ロッカー

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プロフィール

ばっどていすとさんどいっち

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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