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2010-03-20

どうでもいい。本当にどうでもいい。でも殺意が湧く。凄く湧く。

 どうなることかと気になっていた東京都による表現規制条例は、「とりあえず保留」になったようで、安心したやらガッカリしたやら。
 前回の記事の続きみたいになるんだけど――最近の、ある社会の異常性と「良識」を示す典型として、今回の、創作物による架空の存在に「非実在青少年」という概念を適用させようとする都議会の青少年健全育成条例が挙げられる。一言でいって、キチガイ沙汰なんだけど、オタク文化にとっては笑っていられない。私も規制反対ではあるんだけど、余りの異常な規制案に、呆れを通り越し、むしろ面白くてワクワクしながら「何だこの異常な社会は?」と期待を抱きつつ推移を眺めていた。ので、「とりあえず保留」には安心したやらガッカリしたやらなのだ。

 「非実在青少年」という概念が児童ポルノ撲滅に役立つのか実証性は皆無だ。何が何としても規制したいのであれば、「非実在青少年」という概念は不要で、ただ単に徹底的なゾーニングを行えばいい。本屋に仕切りを作り、購入時には身分証明必須とさせればいい。それだけなのに、何で表現規制になってしまうのか。
 数年前、「準児童ポルノ」という概念が登場し、話題になった。「なかなか表現規制できないなら、創造の産物でしかない漫画やアニメの登場キャラクターにも人権を認めてしまえばいーじゃん」という驚きの発想で、今回の「非実在青少年」といい、規制派の発想は呆れる程面白い。戦いとしては、規制反対派の方が当然の如く正当で実証性のある意見を出して強いんだけど、面白味はなく、傍観者としては、ついつい規制派に注目してしまう。次はどんな屁理屈を出してくるのかと。
 「準児童ポルノ」の時にも「規制するならわいせつ罪での規制で構わないんじゃないの?」といわれていたから、今回も同様の結論でしかない。根本的に「児童ポルノちっく」なものをなくしたいのだろうけど、それをなくしたところでポルノそのものはなくならないんだから、児童性愛犯罪はなくならないだろう。重要なのは、児童性愛犯罪や児童の人権侵害をなくすことなんだから、「準児童ポルノ」や「非実在青少年」なんて概念は全く役立たない。人権侵害という見地からすると、女性の権利を低くしている要因の1つはポルノだ、ともいえるので、根本的にポルノそのものを徹底規制しなけりゃいけない。が、そんなことはさすがにできないだろう。それをして犯罪が減るどころか増えるのは考えるまでもない。
 それに、徹底的に規制したために失業者が増加しらどうするのだろう? 規制派にとっては、「児童ポルノみたいなものを作っている連中は失業しても自業自得だ」と思っているかもしれないけど、そっちの方が人権侵害も甚だしいので、何らかの代案を出してもらわなきゃねぇ。突飛な発想をする規制派ならではの、「エロ漫画家にはベーシック・インカムを適用します!」とか。史上初の試みとして、世界中で話題になるだろう。最低限の所得保障があれば、「準児童ポルノ」規制だろうが「非実在青少年」規制だろうが怖くない。失敗することを恐れずに色んな表現を試すことができ、規制派は結果的に表現の自由に寄与することになる。

 今回の問題を客観的に見ていると、規制派も規制反対派も「どっちもどっちだ」と思えてしまう。規制派は、そもそも児童ポルノをなくしたいだけの筈なのに、SFちっくに発想の転換をしすぎ。規制反対派は、表現の自由を訴えたいだけなのに、何やら産業の衰退の話までしている。だから何だか論点がズレているような印象がある。双方にトレードオフする点があるとして、それが金銭面であれば、「エロ漫画家のベーシック・インカム」があってもいい。エロ漫画家になる人が殺到して財政破綻するだろうけど。
 規制派のメチャクチャ加減も酷いけど、規制反対派の「表現の自由が損なわれる」という論点も、理解できない点がある。「非実在青少年」という概念が適用されて、「表現の自由」はどの程度損なわれるのか? その問題は殆ど議論されていない。
 「表現の自由」が損なわれて最も困るのは作家なのか消費者なのかどっちだ? 作家なのだとしたら、「表現の自由」問題は、既得権益をいかにして守護するか、という話になる。今回の話題は、一見する限りでは、作家側の既得権益の話が主になっている。それならば、既得権益というか金銭的な利益だけを考えるなら、金銭面で解決できたとしたらそれでいいのか、という話の進め方もありだと思うのだ(飛躍しすな意見だけど)。消費者なのだとしたら、今の「表現の自由」が損なわれて困ることは本当に大きいのだろうか?
 エロ漫画に限定して話を進めれば、今の成年マーク付エロ漫画の規制(修正)のなさっぷりは素晴らしいものがある。それの規制が厳しくなるかゾーニングが厳しくなったとして、消費者は苦情をどれだけいうのだろうか? たとえ苦情がたくさんあったとしても、その苦情が「エロの修正が厳しくなって気に入らん!」とかであれば、相手にするのも馬鹿らしいだろう。それで性犯罪が増えたとしたら、ただ単に「日本には物凄い馬鹿が実は大量にいた」だけでしかない。「抑止力としてエロ漫画は効く」ことは証明されるけど、「表現の自由」には関係しない。
 たとえば『COMIC LO』も「表現の自由」を訴えたら、味方である規制反対派に「逆効果だから、黙ってて!」といわれるかもしれない。幼い女児の性交を描くことに「表現の自由」を認めてもらうのは難しいだろうし。自由を訴えるなら、その自由の行使にはそれなりの価値が必要だと思う。ロリコン漫画の「表現の自由」の価値を世間はどの程度認めるだろうか? ロマンポルノやロリコン漫画やエロ漫画から出世した作家はいるので(しかも名匠といっても過言でないような)、そこを根拠に「ロリコン漫画表現が芸術に寄与しないわけではない」とはいえるけど、別にロリコン漫画である必要はなかったかもしれない。その作家たちはエロい分野以外でも結局は頭角を現していたかもしれない。

 サルトルさんやカフカさんやドストエフスキーさんが「非実在青少年」問題を知ったら大喜びするかもしれない。考えようによっては、日本のオタクは今、哲学的な問題の最先端にいるのかもしれない。たとえば、筒井康隆さんの『虚人たち』や、我が敬愛する安部公房さんの『』みたいに、「非実在」と「実在」のことを追求した傑作はたくさん存在する。
 「表現の自由」は「空気」みたいなもの、という人がいるけど、安部さんに倣えば、「表現の自由」は壁のようなもの、といってもいいかもしれない。壁があったら、避けるのも壊すのも立ち往生するのも自由だけど、ペンで落書きを始めるのも自由だ。だから、規制によって「表現の自由」が損なわれるというのは間違っている。ましてや文化や産業の衰退と絡めるのは大間違いだ。
 日本が戦後に自動車産業で飛躍的な成果を出せたのは、ゼロ戦に恐れをなしたアメリカによって航空機産業を禁止されたからだった。結果、高度な技術力は自動車産業に注がれ、大成功に至った。表現規制にも同じようなことが起きるかもしれない、とはいえないだろうか? そもそも今現在の漫画やアニメの表現が規制されたくらいで駄目になるとは思えないし、逆に今が長期安定期で頭打ちになっていると判断すれば、可能性が広がるきっかけになるかもしれない。だから私には、規制反対なのに、「表現の自由」を守るために規制に賛成したい、という気持ちもある。
 しかし、都議会の規制派はマトモなことを考えていないようなので、考えるだけ無駄っぽい。芸術的な見地で「表現の自由」を真剣に扱う気が都議会には皆無なのだ。

産経ニュース→【石原知事会見詳報】2次元児童ポルノ「僕の目で判断したい。君(記者)が提供して」

 上記リンク先から抜粋。

 架空の表現、映像、イメージはいろいろあるだろうね。私は残念ながらね、対象となっているものは読んでもいないし、見てもいないのでね。まあ自分で買いに行くつもりもないから、君(記者)あたりが提供してくれよ。参考にするから。「こういうものがあります」って見てみたいんですよ。ちょっと買いに行くのは気が引けるからね。君、ぜひ、おれに届けてくれよ。それみて判断するから。

 これが石原都知事の発言だ。「見せてくれるんなら、見てやってもいい」ということで、基本的にやる気なし。ここからわかるのは、議会の不透明さ。
 今回の問題だけでなく、表現規制問題は基本的に議会や議論の推移が不透明すぎる。どんな経緯で提案され、その提案に実証性があると判断されたのかさっぱりわからない。だから規制派も規制反対派もヒステリックで生産性のない議論にしかならない。
 表現規制問題は、色々と議論したところで、結局は多数決の話にしかならない。もしもオウム真理教が出版した、読者を洗脳しようとする本が全国で大量に売られており、それがよく売れていたとすれば、たぶん都議会のように規制するだろうし、それについては誰も批判しないだろう(批判があっても少数だ)。エロ同人誌にオウム真理教が絡んでいて、知らない間に洗脳されていたとすれば、どう考えたって取り締まるに決まっている。その考え方が「社会的」であるならば、何一つ問題はない。問題があるのは、都議会の「良識」がそもそも異常だという点だ。
 「非実在青少年」みたいな問題は、他にも大きいのである。たとえば「二酸化炭素25%削減問題」や「郵政民営化問題」。前回の記事にもした、相撲協会の「良識」も同じ。元々が異常な考え方の上に成り立っている「良識」的な発想は、内実がよく知らされないままで、気付いたらそれに基いて社会が成り立っている。その社会は基本的に不透明さにによって成り立っているということだ。

 コストの面から考えても規制派の意見に対しては「お前ら馬鹿」で終わりなんだけど、規制反対派の意見は、「表現の自由」で争いたいのか、産業(既得権益)の衰退で争いたいのかよくわからない。本来の児童ポルノ撲滅の議論は遠い目をして黄昏ている。
 要するに、都議会が児童ポルノを撲滅するために真剣に頭を働かせていないことは明白になった。思いつきで何とかするような問題ではないというのに。善意のある馬鹿は本当に邪魔なだけだ。
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ばっどていすとさんどいっち

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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