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2009-10-03

威圧的な態度の映画祭

 1週間続いたカナザワ映画祭2009が終わって早1週間。祭りが終わって脱力して、もう1週間。毎日が映画日和だった1週間のせいか、濃密な1週間だったせいか、それから1週間経った今でも何となく脱力感が続いている。

 カナザワ映画祭2009は、際立って凄い映画がなく、斬新さもなく、3回目にして(今後も続くと想定するなら)最初の正念場だったと思う。他に比べて企画性のとても強い映画祭だから、アイデア不足とやる気不足で一気に元気がなくなるため、実施は大変だったろう。
 結果的にはとても成功していた。

 サウンド・フィルマゲドンの効果は、さすがにあった。百円でレンタルして、自宅でのんびりと快適に観られる映画を、わざわざ快適でもない環境で高い料金を払って観る価値を与えていた。
 『宇宙戦争』の、災害現場に居合わせているような地響きがある臨場感。
 『人間革命』と『続・人間革命』の、骨身に沁みるような大迫力の大声で説教されるとそれは娯楽になる丹波感
 『AKIRA』の、音楽効果によって生まれる、近未来なのに原始的な躍動感。
 『フィツカラルド』の、蒸気船が山を乗り越える地響きを感じられる異常感。
 『地獄の黙示録』の、暴力以外の何物でもない圧倒的な破壊による快感。
 私が感じたそれらは、自宅では味わえない、カナザワ映画祭という現場にいたからこそ得られた体感だ。そう、それがカナザワ映画祭2009のやろうとしたこと、映画革命だ!

 とても統一感のある映画祭でもあった。革命的――というよりは啓蒙的、いや、洗脳的、攻撃的な、アクセル全開な、わき見なし、浮気なし、でも一夫多妻制な映画祭
 カナザワ映画祭2009は、「新世界秩序」という言葉がテーマとなっている。サバイバルガイドを読むと、ガンジーさんの言葉が載っている。「あなたの夢は何か、あなたの目的とするものは何か、それさえしっかりと持っているならば、必ずや道は開かれるだろう
 確かに、そんな名言が良く似合う映画ばかりだった。進化、革命、信念、信仰、復興、そんな言葉がテーマとなっているような映画だけで組まれた映画祭。個別に1日1本ずつ観ていれば単なる娯楽で済むのに、関連付けて連続で観るとなぜかウザ異様な迫力を持ってしまう。しかもタイムスケジュールが絶妙で、1日1本だけ好みで観るよりも、1日中ずーっと連続で観た方が面白いように組んである。お好みで選んで観るも自由だけど、映画祭のオススメ設定で観たらもっと面白いですよ、と。
 3日目が最も濃くて疲れるラインナップだった。よくもまああんなラインナップを考えたものだ。朝から晩までぶっ通しで観た人は強者ですよ。

 カナザワ映画祭2009が素晴らしかったのは、サウンド・フィルマゲドンの効果もあるけど、何よりも選択設計の素晴らしさにあった。カナザワ映画祭3回目にして最高の出来だ。
 私たちは意外と「惰性」が好きだ。“意外と”というよりは、“何となく”大好きだ。PCや携帯電話を持っている人の何割が初期設定のまま使用し、大半の機能を使用していないか。カスタマイズしている人は大半ではないだろう。人間関係でもいいし、料理でもいいし、部屋の模様でもいい。「そのまま」でいい人はどれだけいるだろうか? たぶん、大多数の人は「そのまま」だと思う。選択肢はたくさんあるのに、「そのまま」を選ぶ人が圧倒的多数だと思う。だから選択設計者に位置する人は、色々考える。
 カナザワ映画祭は、正に選択設計の実践だ。Nudge的な感じ。さり気につついてきて、「そのままで観るより、ちょっと違う感じに映画を観たら面白くありませんか?」と指導してくれる。タイムスケジュールの組み方がその好例だけど、上映間隔の時間設定もそうだと思う。
 連日、映画と映画の合間は十分間くらいしかなく、映画が終わってトイレに行って戻ったらもう入場待ちの行列ができていて、慌てて並んだらもう入場が開始されて――それが一日中続く。どっこにも身体の休まる暇がない!
 私は3日目が最も数多く観た日で、『エッセネ派』、『ツァイトガイスト』、『ツァイトガイスト:アデンダム』、『ノストラダムス戦慄の啓示』を続けて観たら8時間だった。最初はまだのん気なもので、休憩時間には外に出てアイスなんか食べて――とか考えていたんだけど、実際はそんな暇なんてなく、飲まず食わずの8時間だった。さすがに辛い。辛いのに、観る映画がネオリベ批判の陰謀論ドキュメンタリー『ツァイトガイスト』や、幸福の科学のお祭り騒ぎ映画『ノストラダムス戦慄の啓示』なんだから、楽しむというよりは、己との戦いみたいになってくる。喉が渇いて腹も減ってるのに、『ノストラダムス戦慄の啓示』なんぞを観る。そんな行為、誰も褒めてくれやしないのに。
 観客にもう少し配慮してもよろしいのじゃございません? 映画と映画の合間をあと十分間は長くするとか、1日中観た場合の苦行状態は解消してほしいなー。
 がしかし、その苦行状態は楽しくもある。寝食を削ってでも映画を観るという、祭だからこその非日常なハイテンション状態が。ただでさえウザ異様な映画ばかりなのに、それを連続して観せられるという、「これ何責め!?」てな感じの脳内麻薬の溢れっぷりときたらもう! もしも上映間隔にもっとゆとりを持たせて快適に観られる時間設定にしたら、そんなカナザワ映画祭独特のハイテンション状態は作れないと思う。
 何となくお金に余裕があるから、ぶらりと快適に一日中観てしまう――そんな惰性的な鑑賞をカナザワ映画祭は許さない。世にも珍しい威圧的な態度の映画祭なのだ(映画好きに対してのみだけど)。

 正しいことも間違ったことも、理性的なことも感情的なことも、躁的なことも鬱的なこともごっちゃにして、区分けせず、是非を問うたりせず、そのまま提供する。しかし、その提供のしかた――選択設計のしかたは、絶妙。珍しい映画だけを集めたわけでなく、どこよりも早く新作を上映したわけでなく、目標は「映画を観る価値」を観客に提供すること。嫌なら観なきゃいいだけだ。
 「現場に来なきゃ味わえない楽しさ」はサウンド・フィルマゲドンで提供する。「映画を観る価値」は、単品じゃ無理だけど、関連付けて連続させることで提供する。この2つを実現できたことは素直に素晴らしいと思う。カナザワ映画祭はディレクション勝負の映画祭なので、必然的な進化といえる。昨年と違い、「この1本!」という際立った映画がなく、むしろ平凡な映画の集まりなのに、映画祭に飛び込んでじっくり味わってみるとちっとも平凡じゃなかった。
 たとえるなら色の重ね合わせみたいだ。「黄色い映画祭」を開催するとして、しかし上映する映画は「黄色」映画でなく、「赤色」映画と「緑色」映画で、全体を観終えた時に初めて「黄色い映画祭」が浮かび上がるというか。だから、1本だけ観ても真価は全くわからない。そんな印象から、前2回のカナザワ映画祭は凄かったけど、今年のカナザワ映画祭2009は、最初から最後までとっても充実した、間違いなく全国に、下手すりゃ世界規模で自慢できる映画祭だった。
 今後、カナザワ映画祭を続ける上での方向性は大体は見えてきた(ような気がする)。でも、ますます大変かもしれない。選択設計の素晴らしさは当然、選択設計者に頼ることになる。かなざわ映画の会小野寺代表は、いうなれば『マトリックス』のアーキテクトみたいなものだ。だからカナザワ映画祭は、このまま進むと、カリスマによるカリスマ映画祭になるかもしれない。それが良いか悪いかは、わからない。ただ、カリスマなんてものに祭り上げられるのはしんどいだろうなぁ、と思ったりもする。

 何にしろ、カナザワ映画祭2009は、映画との戦いを強いられる部分も込みで、とっても面白く楽しかったです。小野寺代表を含め、スタッフの皆様には感謝感謝です。
 色々とご苦労もあると思いますが、夢と目的を見失わず、今後も頑張って続けてほしいものです。いち観客として応援するだけですが、来年もまた、楽しみにしております。
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テーマ : 映画関連ネタ
ジャンル : 映画

tag : カナザワ映画祭

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プロフィール

ばっどていすとさんどいっち

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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