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2009-07-01

『劔岳 点の記』は、ハードコアに世界の中心でアイを叫ぶ

 『劔岳 点の記』を観た。映画館で観る価値のある、というか大きな画面で観なきゃ意味がない映画だった。だから面白いかというと、そうでもないんだけど。

 物語はこんな感じ。
 日露戦争後、日本陸軍は国防のために、前人未到の劔岳を制覇し、日本地図の詳細な完成を急務とし、測量隊を劔岳制覇へ向かわせる。同時期、日本山岳会も金持ちゆえの贅沢品を携えて劔岳を制覇しようとしていた。陸軍と山岳会のどちらが先に制覇するか、勝負が始まった。結果的に陸軍の測量隊が勝利するんだけど、実は前人未到でないことが判明し、陸軍が「何でも1等賞でなきゃヤだヤだヤだぁーっ!」と駄々をこねてしまい、測量隊は死ぬほどの苦労をして登頂したってのに、その偉業が歴史に残ることはありませんでした。めでたしめでたし。
 要するに日本地図を作りたいから劔岳を登山する話なんだけど、最初は陸軍が国防のためといってたのに、金持ち集団の山岳会に負けたくないというプライドの問題にすり替わり、つまんない展開を見せる。史実通りに作った実話なのかそうでないのか知らないけど、はっきりいって物語は面白くない。

 CGや特撮に頼らない現場主義な映像は、それはそれは物凄い迫力で、その映像を観るためだけに劇場まで足を運ぶ価値はある。安っぽいCGを駆使してスペクタクルでございと自慢気に語っているような下らない邦画ばかりの中、『劔岳 点の記』は、撮影に挑む心意気だけで凡百の邦画に勝っている。圧倒的な自然主義。
 そしてそんな映像をさらに格調高くするために、バッハやヴィヴァルディなどの有名な交響楽クラシックがBGMとして使われている。
 凄い。大きなスクリーンに、雄大で美しく、厳しい自然が映されている。当たり前の映像でないから(そんな場所に登らないから)、圧倒される。でも、それだけ。それだけでも映画として凄いといえば凄いんだけど、それだけしかないってのもどうなんだろう?

 CGや特撮を頼らず、リアリティーにこだわるってのは、つまりはロマン・ポルノとハードコア・ポルノの違いみたいなものだ。“擬似”か“本番”かというような。確かに「本番もの」を見てしまえば、雰囲気だけのロマン・ポルノなんてぬるいに決まっているんだけど、ロマン・ポルノにしかない魅力だってある。私はロマン・ポルノもハードコア・ポルノもどっちも大好きなので、さらにいえばエロ漫画だって大好きなので、絶対的なリアリティーなんてものに興味はないのだ。何か論点が間違っている気がするけど、気にしない。
 映画にリアリティーなんてものは重要じゃない。重要なのは、いかに映画的であるか、ということ。その点で『劔岳 点の記』は物足りない。頑固に現場的リアリティーを追求しても、柔軟にCGでリアリティーを追求しても、観客にその区別がつかないとしたら、どっちでもいいんじゃない? 高度な科学は魔法みたいなものなんだから。
 空撮やCGを使えばもっと面白くて映画的な場面を作れたのに、そこを拒否するのは、頑固というより頑迷といえる。なぜなら、木村大作監督は凄いものを“撮った”けど、“作って”はいないからだ。

 たとえばヴェルナー・ヘルツォーク監督の『フィツカラルド』。
 主人公・フィツカラルドは、アマゾンの奥地にオペラハウスを建築するという、前人未到の偉業に挑戦する。前人未到の偉業に挑戦する点が少し『劔岳 点の記』に似ている。
 フィツカラルドは物凄く頑張るんだけど、結局は自然に阻まれ、挫折する。結果的に挫折する点も『劔岳 点の記』に似ている。
 そして、『フィツカラルド』も圧倒的な現場主義にこだわる。フィツカラルドは蒸気船で川を進み、アマゾンの奥を目指すんだけど、激流があってそれ以上先に進めないと知るや、何と蒸気船を山越えさせるのだ。現地住民を使い、山の斜面の木を伐採し、人力で巨大な蒸気船を運び上げる。狂人のなせる業だ。その場面は、実際に山を削って撮影した。今なら絶対に自然保護団体から苦情が来るようなとんでもない所業だ。しかし、出来上がった映像は圧倒的に映画的。誰もが「何だこのとんでもない映画は!?」と驚くような、何十年経ってもそう思ってしまうような妄想が焼き付いている。『劔岳 点の記』にそれは全くない。
 挫折したけど、最後、現地住民にオペラのレコードを自慢気に聴かせるフィツカラルドの場面が素晴らしい。『劔岳 点の記』で、登頂した測量隊の面々にも山岳会の面々にもフィツカラルドのような自慢気な表情はない。まるで達成感が表現されていない。達成感があるのは、唯独り木村監督だけだろう。

 自我は、自我の外があって初めて成り立つ。自分を知るには、周囲を、社会を、世界を知らなければいけない。だから、地図は重要だ。日本の世界地図を見ると日本は地図の中心にいるけど、アメリカの世界地図を見ると、日本は端っこにいる。
 日本に住む人々が自分を知ることができるように頑張った人々がいる――その物語は感動的な筈なのに、物語に余計な要素が多いので、感動を描くことは部分的にしか成功していない。成功している部分は、苦労して自然を写し撮った部分だけ。しかしその雄大な自然は、木村監督のどうでもいい小さなこだわりのために、セットのようにしか撮れてない。明らかに失敗している。
 
 シルベスター・スタローンさん主演の『クリフハンガー』の方が面白いと正直なところ思うけど、さすがに『劔岳 点の記』を『クリフハンガー』なんかと比較しちゃうのは可哀相かとも思うけど、たとえば松田龍平さんが絶壁から落下する場面はワイヤーで吊ってるように思うんだけど(落ち方が変だったから)、そこに『クリフハンガー』程度のスペクタクルもない。
 さらにいうと、誰も死なないのがとっても不満だ。こーゆー映画は、絶対に悲惨な死に方をする犠牲者がいてナンボだと思うのだ。クソ生意気な松田さんが死ぬのかと思えば死なないし、ライバルである山岳会にも死者が現れないしで、ガッカリだよ。
 木村監督は、撮影現場のことはよーく知っている超ベテランだろうけど、映画のことまでよーく知ってる監督ではないので、面白い映画は撮れないんじゃないかな?
 何よりも『劔岳 点の記』で拙い点は、肝心要の登頂場面が描かれていない点だ。一番盛り上がるべき場面が丸ごとないんだもん。これじゃあ、挿入するまでの前戯がやたらと長くて、挿入場面がカットされてピロートークが始まるハードコア・ポルノだよ!
 木を見て森を見ず、正にそんな映画。
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テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

tag : 劔岳

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プロフィール

ばっどていすとさんどいっち

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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