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2008-11-18

真理ねぇ……

 自宅の郵便受けに、某宗教団体のチラシが入っていた。真理を教えますとか何とか。何で戦争が起きるのか、幸せってなんなのか、死後ってどうなってるのか、不幸な人々は何で不幸なのか……真理がわかればそれが解明されるっぽいことが書かれていた。
 しかし、真理というのは簡単にわかるものではないので、色んな勉強や思索をしなければいけない。働いている人や忙しい人にそんな暇はない。だから、某宗教団体は、その助けとなる知識をかいつまんで1冊の本にしたので、それを読めばいい、と。さらに、無料講習もあるので、それを受ければ必ず真理がわかるそうだ。

 真理を求める宗教といえば、日本人ならオウム真理教をすぐに思い出してしまう。そうでなくとも、真理なんてものを求めている人々には、極端から極端に走ることが多く、あまり良いイメージがない。
 ある集団にとっての真理は別の集団にとっては害にしかならないかもしれない。世界規模で、何百兆円も使って真理探究プロジェクトでも立ち上げたって、わかるまでに何十年、何百年かかるかわからない。99%の人が納得しても、たった1人が納得しなければそれは真理といえないだろうし、人類にとっての真理が他の生物にも通用するかわからないし、全宇宙に通用するかもわからない。
 真理というからには、何から何まで納得させられるものでなければならない。それに、とある宗教団体は、宗教団体だから、「重力は間違いなくある」みたいな科学的な事実をわかりたいのではないだろう。神様とかそんな存在に絡んだ、よくわからないあやふやな真理を知りたいのだろう。神様の言葉でズバっと解決――そんなものを求めているのだろうけど、それは馬鹿でしょ。
 まあ、学者ならば真理を探究したいのはしかたない。しかし、そうでない一般人、しかも忙しいから勉強することも思索することも手抜きしたいような人が、真理を知ってどうするのか。生きることに疲弊し、ふと立ち止まって思い悩んでみたら、真理とやらを知りたくなった? 本や無料講習を受けるということは、必然的に某宗教団体に入ることになる。そんな人が真理を知ったところで、それは低俗で独りよがりでロクなものじゃない。
 
 それでも、簡便な真理を取り扱う人は多い。例えばマスコミ。TVのワイドショーなんかはこれが真実・真理とばかりに偏ったことをいってたりする。多くの人がそれを鵜呑みにする。
 今なら、「若者に大麻が蔓延している」という意見。それをして、「なぜ若者は麻薬に走るのか?」と論議する。そもそも、「若者に大麻が蔓延している」ということは本当に事実なんだろうか? 昔に比べたら若者の大麻使用は増えているのかもしれないけど、若者じゃない年齢層の大麻使用の数はどうなのか? 若者でない年齢層の大麻使用も増えていたら、問題はまるっきり変わってしまう。
 または、地球温暖化。世界中が躍起になって問題化しているけど、あのアル・ゴアさんも使っていたナショナル・ジオグラフィックが、「地球温暖化が氷河期の到来を阻止?」とかいっているではないか。温暖化と氷河期を比べれば、どっちの被害が大きいかは考えるまでもない。記事内容の正否はわからないけど、正しいなら、環境問題は大逆転するかもしれない。一生懸命になって行っている温暖化防止は、緩やかに行った方がいいのかもしれない。
 さらに、今の日本の景気対策。定額給付金を配ることで、貧乏な人は貯金するから景気対策にならず、働くのが面倒な人は援助欲しさにますます働かなくなって格差是正にならないかもしれない。こりゃヤバイと思って、各自治体に「景気刺激策や格差是正に頑張った所に給付金を多く出しましょう」と方向転換をしたら、頑張るところは最初から良い地方だから給付金が少なくて頑張らなくなり、元々駄目な地方は全く給付金が貰えないからますます貧乏になったり。
 真理なんて、あるようでない。確実にあるとしたら、それは合理性だろう。

 合理性で考えれば、理不尽なことも納得できる。
 例えば、最近話題の、飲酒運転でひき逃げ事件。または、小室哲哉さんの詐欺事件。どちらも、「何でそんなことを?」と思うけど、本人は合理的だと思って動いたんだろう。オウム真理教のサリン事件だって、根っこにあったのは真理なんてものじゃなく、合理性だ。戦争がなくならないのも、不幸な人がいるのも、それが合理的であると考える人がいるから。幸せがわからないのも、合理的だから。
 人間の知性には限界があって、わからないということに合理性があるのかもしれない。だから、もしも真理があるのだとしたら、「わからないことがある」が真理だろう。
 「最近の若者は~」などと若者批判をしたがる年寄りがいるけど、あれはわからないことを納得できないゆえの行動だ。「自分が何で思ったように生きられないのか」と犯罪を犯す人がいるけど、それは自分がその程度の人間であることがわからないことを納得できないゆえの行動だ。
 わからないことを納得してしまえば、生きるのは結構楽だ。高校生の頃、学校の先生に「それは何でですか?」と質問をしたら、「何ででもだ!」と返答されて驚いたことがあるけど、今では色々と「確かに、そんなもんかもなぁ」と思うことが多い。

 真理に合理性があるとは思えない。合理性がなくても、真理はあるからだ。だから、そんな真理を知りたがる人は、ロクなもんじゃないと思う。身の程を知らない人に限って、真理なんてものを口にする。
 某宗教団体の人は、良かれと思って各家庭にチラシを配ってるんだろうけど、善意の馬鹿ほど余計なものはない。
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ばっどていすとさんどいっち

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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