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2008-09-16

『It is Fine! Everything is Fine.』は、世は全てこともなし

 カナザワ映画祭のクリスピン・グローヴァーさんのビッグ・スライドショウ2日目は、1日目以上に濃い内容だった。いや、たぶん差はないんだろうけど、1日目が余りにも「何じゃこりゃ?」だったから、2日目は慣れた分、普通に楽しめ、濃密に感じたんだと思う。
 といっても、スライドショウは、やっぱわけわかんねぇ。初っ端の「Egg Farm」は面白かった。何が面白いのかと訊かれても答えようがないんだけど、いうなれば吉田戦車さんのシュールなギャグ漫画だ。ただ「えっぐ・ふぁーむ!」て叫んでるだけなんだけど、「いや、自分ちだ。いや、やっぱ養卵場だ!」……わけわかんねぇ! でも、何か妙に面白いのは、グローヴァーさんのパフォーマンスが面白いからだ。
 スライドショウの内容は、1日目と同じ本(ネタ)に新作が混ぜられた6作品。1日目に柳下毅一郎さんによる日本語字幕を一生懸命読んでも意味がわからないことを学んだので、グローヴァーさんのパフォーマンスが大袈裟になる時以外は、殆ど字幕を読まないことにした。「Around My House」も単純で面白かった。ただ、全体的にもう少しウィリアム・バロウズさんっぽくコラージュしてあれば、もっと面白くなるかも。
 で、思った。グローヴァーさんのスライドショウ、フジTVの『爆笑レッドカーペッド』に出したら意外とウケるんじゃないか? フリップ芸人が今は多くいるし。もう中学生とかに近いような近くないような……

 前座(?)が終わって、精神的に妙な疲れがたまったところで始まった『It is Fine! Everything is Fine.』は、疲れを吹き飛ばすくらい、面白かった。何か「疲れを吹き飛ばすくらい」と表現すると爽やかな娯楽映画っぽいけど、実際は『What Is It?』以上にセクスプロイテーションの世界。しかし、映画としての構成は、『What Is It?』よりもちゃんとしていた。フィルムノワールだった。サムシング・ウィアードっぽいのは何も変わらんが。
 物語は、脳性麻痺を患っているスティーヴン・C・スチュアートさんの猟奇サスペンス。つか、ロングヘアーの女性になぜかモテるスチュアートさんが、その女性とセックスして殺す物語。そしてそれは、スチュアートさん自身の脳内妄想の具現化。だからサスペンス的ではあるけど、ファンタジーでもある。
 
 技術的には、下手くそ。しかし観ればわかるんだけど(その観ることが大変なわけだけど)、明らかに『What Is It?』と演出や構成が異なっている。映画全体の“色”が違う。『What Is It?』はルイス・ブニュエル監督やヴァルナー・ヘルツォーク監督を好きな人が撮ったといわれたら、「まあ、そうかな」と思えなくもなかったけど、『It is Fine! Everything is Fine.』は、全く違っていた。真っ赤な絨毯、髪フェチの描写、照明の使い方などがとてもデビット・リンチ監督の感性に近いと思った。作品的には『インランド・エンパイア』に近い。
 音楽は『What Is It?』と変わって、ベートーベンやチャイコフスキーなど、クラシック音楽がメイン。上映後の質疑応答でグローヴァー監督は、「あえて場面にそぐわない音楽を選んだりする。場面を盛り上げるだけのBGMにはしたくない」といっていた。『What Is It?』を観て、選曲センスがクエンティン・タランティーノ監督っぽいと思ったけど、ちょっと違うのかもしれない。
 エログロ度が強烈なため(グロはそんなにないけど)、どうしてもサムシング・ウィアードみたいなものと比較してしまうけど、映画的瞬間がいくつもあって、驚いた。そう、間違いなくこれは「映画」だ。明らかに狙ったエログロだけど(グローヴァー監督が否定しようとも)、スチュアートさんの脚本通りに作ったといっても、演出するのは監督。スチュアートさんの脚本自身、70年代のTVのサスペンスドラマを意識して作ってあったそうなので、その雰囲気を損なわずに映画にしたそうだけど……それだけで『It is Fine! Everything is Fine.』のようになるとは思えない。グローヴァー監督の感性だ。上映後の質疑応答で、「ラス・メイヤー監督の作品も観ている」と答えていたから、間違いない。しかし、これは細部を分析して何かがわかるような映画でもない。

 グローヴァー監督によれば、映画は基本的にスチュアートさんの脚本通りに作られている。セックス場面も、細かく描写されていたので、そのまま作っている(ハードコアポルノ一歩手前な場面もある。もちろん、ボカシなんてない)。
 スチュアートさんは、生まれつきの脳性麻痺で、ずーっと母親が面倒を見ていたんだけど、20歳の時に母親が亡くなり、施設に入れられた。ただし、知的障害者と思われていたそうだ。脳性麻痺のためにまともに喋れず、何いってるかわかんないから(「うあーあー」とか呻いているようにしか聞こえない)、精神遅滞な知的障害者と思われ、その専門施設にずーっと入れられてたそうだ。実際は、とても頭の良い人なのに、「馬鹿」扱いされていたわけだ。そんな生活から生まれた妄想(自伝的妄想)が、『It is Fine! Everything is Fine.』。
 『It is Fine! Everything is Fine.』にはいくつもの要素が入っている。愛、欲望、フェチズム、エロス、暴力、夢……そして、現実。憧れと、どうにもならない絶望。それらが混沌として描かれている。
 自分の言葉を誰もが簡単に理解してくれ、愛を語り、ロングヘアーの女性とセックスし、真の漢として認められ、女性を暴力でもってねじ伏せる……しかし、最後には現実に戻される。夢オチ。脳性麻痺で、身体を自由に動かすこともできないから、抱いていた夢。本当の自分の一部分。みんなに知ってほしい自分。これは……告白だ。

 『It is Fine! Everything is Fine.』を人権団体が好むような描き方をしていれば、『八日目』のようになり、カンヌ国際映画祭に出品されていてもおかしくないものになっただろう。事実、近い要素がある。歌を歌って楽しむ場面だって『It is Fine! Everything is Fine.』にはあるのだ(スチュアートさんは『サウンド・オブ・ミュージック』が大好き)。しかし、グローヴァー監督は逃げ腰にはならなかった。セックス場面も遠慮なく直接的に描かないと、スチュアートさんを描いたことにはならないからだ。そう、『It is Fine! Everything is Fine.』は単なる「物語」の映画じゃない。「スティーヴン・C・スチュアート」の映画だ。ファンタジーであり、スチュアートさんの精神的なドキュメンタリーでもある。
 笑える場面があるし、エロチックな場面もあるし、猟奇的な場面もあって、C級Z級の映画を好む好事家にすれば大喜びな映画だ。しかし、それが売りではない。そこはオマケ。前半部分に、スチュアートさんが女性に結婚を申し込む場面がある。グローヴァーさんは、そこに真実があると思ったそうだ。映画が「人間を描くもの」なんだとしたら、『It is Fine! Everything is Fine.』は一級品の映画だ。
 障害者が視界の隅に入ることなく生活しているような人々からすると、目を背けて嫌悪感を抱くような映画だけど、だからこそラジカルであり、モラルも内包している。モラルを代表するような市役所の隣で、こんな映画が上映されたことが、とても面白い。これこそが真のアートといえるんじゃないか?

 上映には日本語字幕が付いているんだけど、スチュアートさんの台詞だけは「×××」としか表示されていなかった。上映後の質疑応答でグローヴァー監督がいうには、スチュアートさんの台詞はちゃんと脚本に書かれているから、字幕を付けることはできるんだけど、字幕担当の柳下さんに付けないでくれと頼んだそうだ。
 アメリカでもスチュアートさんの言葉は、理解できる人と全く何いってるかわかんない人がいて、大半の人はわかんないらしい。だから、スチュアートさんの世界を理解してもらうには、字幕で簡単にスチュアートさんの言葉が理解されるのは正しくないのだ。
 スチュアートさんは、『It is Fine! Everything is Fine.』の撮影終了後に、倒れた。実は、撮影中からずっと体調は悪かったそうだ。倒れた後も、生命維持装置を付けなきゃいけないくらいの状態だった。しかし、追加撮影があるかもしれないと考え、生命維持装置を拒否した。
 グローヴァー監督は、「映画に命をかける気か?」とスチュアートさんに訊いた。
 スチュアートさんは、「命はかけないよ」と答えた。「でも、映画完成まで死ぬもんか」
 結局、映画の完成を待たず、スチュアートさんは亡くなった。グローヴァー監督は、映画をちゃんと完成させないと、一生悔やむことになると思った。完成された『It is Fine! Everything is Fine.』は、スチュアートさんの脚本とは少し違うものにはなったけど、スチュアートさんに満足してもらえるものになったという自信はある、とグローヴァー監督がいっていた。

 『It is Fine! Everything is Fine.』は、間違いなくサムシング・ウィアードな映画だけど、止むに止まれる創作意欲が作り上げた映画でもあるだろう。しかしたぶん、殆どの人は、馬鹿げたエログロ映画と貶して終わりだろう。エド・ウッド監督を貶したみたいに。でも、『It is Fine! Everything is Fine.』には人間の欲望が映っている。愛もあるし、夢もある。絶望もある。出だしと最後のショットには、映画的興奮がある。そして映画にとって最も肝心な、ロマンもある。初期の頃のティム・バートン監督に近いかもしれない。
 『It is Fine! Everything is Fine.』の後に観た渡辺文樹監督作品のせいもあるけど、今後、どんな映画を観れば人間を描いていると思えるのだろうか? 例えば『ダークナイト』を傑作であると思っていたんだけど、『It is Fine! Everything is Fine.』を観た今では……ダークファンタジーとしても『ダークナイト』が子供騙しの映画に思えてしまう。普通の映画ファンは、『It is Fine! Everything is Fine.』を観てはいけないのかもしれない。毒か、副作用のある薬か。困った。
 私の中では、『It is Fine! Everything is Fine.』は、異形の映画として、燦然と輝き、記憶に残り続けると思う。間違いなく超傑作だ。その魅力は、カルト・オブ・カルトとして、百年経っても色褪せないと思う。

 しかし、これが簡単に観られないとは……何とかならないもんですかね、グローヴァーさん! 観られなかった人、立ち上がってグローヴァーさんを招待するしかないですよ! 
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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

tag : カナザワ映画祭 クリスピン・グローヴァー

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■デヴィッド・ブラザーズ,クリスピン・グローヴァー監督  スティーブン・C・スチュワート脚本主演『It is Fine. Everything is Fine!』

 先週末に金沢で上映されたこの映画、素晴らしい傑作であったらしい。ネットでの評判

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プロフィール

ばっどていすとさんどいっち

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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