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2008-06-11

馬鹿という奴が馬鹿なら馬鹿馬鹿いったもん勝ち

 とりあえずはっきりしているのは、秋葉原の通り魔事件の容疑者は馬鹿だってことですな。
 でも、その馬鹿を喜んで扱っているマスメディアはもっと馬鹿ってことですな。

 馬鹿の望みが「目立ちたい」だったんなら、マスメディアはあえてこの事件を扱わないくらいの気概を見せてほしいなぁ。現状では喜んで馬鹿の望みを叶えているじゃないか。
 視聴率を稼ぎたいからどうしてもこの事件を扱うってんなら、容疑者の名前を出さずに「馬鹿」か「馬鹿容疑者」と呼ぶべきだ。「秋葉原で通り魔を起こした馬鹿の取調べが始まりました」とか。馬鹿に名前を与えるな。
 早速始まっている、マスメディアお得意の原因探しも止めてほしい。わざわざ容疑者の子供時代の同級生に「どんな人物でした?」と尋ねたりする、いつものパターン。学校の先生にまで質問したり。そんなの、その時分の印象から想像できるわけねーっつーの。「今からすると……」とみんな思うさ、記憶を事件でアップデートされるんだもん。そんなところに原因や責任は隠れてないんだよ。

 大人になってしまえば、罪の責任は本人にだけ与えるべきだ。親が悪いとかいいたいのは物凄くわかるけど、それはせめて容疑者と一緒に過ごしている場合に限りましょーよ。容疑者が独り暮らししている場合、親兄弟に過大な責任はないと思う。同様に、学校の先生や会社の上司が責任を問われ、謝ったりするのあるけど、あれもムチャ。私生活まで知るかよ学校や会社が。
 そこまでして理解したいかね、犯行理由や過程を。「世の中には馬鹿がたくさんいる。高レベルの馬鹿は犯罪を犯し易い。しかし、それは不発弾みたいなもので、いつどうなるかさっぱりわからない」という理解でいいだろうに。原因探しの結果は、「容疑者は子供の頃から馬鹿だった。つまり、馬鹿な子供を持つ親は要注意」という恐ろしい答えしか出てこない。ただでさえ馬鹿な子を持つ親は大変だってのに、その上に脅してどーすんだ。

 TVのコメンテーターで、「あんな残酷なことを同じ人間がするのか」という人がいるけど、残酷なことができるのは人間以外にいないんだよ。何のために法律があると思ってんだ。人間の行いでなければ、今回の通り魔は秋葉原を局地的に一瞬だけ襲った災害だ。コーエン兄弟の『ノー・カントリー』を想い出す。
 そーいやTVで無差別テロとか馬鹿なこといってるコメンテーターもいたな。あんな馬鹿でも偉そうにTVに出られるとは、世の中は結局、運か。

 馬鹿には運がなかった。しかし、人を憎しみ、憎しみから殺意が沸き、実際に犯行を犯せるのも、運の良し悪しだ。できるようでできないのが殺人。殺意を抱くのと、殺人を犯すのと、その間にはかなり厚い壁がある。
 社会に順応してしまうと、その壁を壊すことは難しい。難しくないのは、社会に順応できない人だけだ。となると、それは社会が歪んできているから順応し辛くなってきている、という発想が生まれる。同時に、順応性の低い人が多くなっている、という発想もある。それを別の感覚で見ると、「反社会的」という短絡的なレッテルにもなる。
 「反社会的」というレッテルを馬鹿に当てはめると、ちょっとカッコ良さ気。ちょーっと一昔前には、実際に「反社会的」は「カッコイイ」でもあったんだから、下手すると、馬鹿界隈では馬鹿は「カッコイイ」かもしれない。つまらない社会からドロップアウトして、夢を叶えた――秋葉原の通り魔事件は、そうともいえるでしょ。
 こういっちゃ何だけど、私が馬鹿なら、今頃は満面の笑みで大喜びだ。「人を殺してみたかった」という常識的な犯罪者の中では圧倒的に目立ち、事件史に燦然と輝いて名前を残したんだから。馬鹿は幸運の持ち主なのかもしれない。
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プロフィール

ばっどていすとさんどいっち

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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