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2011-11-01

『ジェニンの心』は、壮大な幸せを願う小さな旅路の物語

jenin
 『ジェニンの心』を観ました。
 パレスチナとイスラエルの難しい大問題を扱ったドキュメンタリー映画です。といっても、歴史や政治社会の勉強を行うわけではありません。問題は単純。たった1人の男の子を巡る物語です。

 ある時、ヨルダンにあるジェニン難民キャンプに住む男の子がイスラエル軍に撃たれてしまいます。オモチャの銃で遊んでいたところを、本物の銃を持っていると誤認されたのです。男の子はイスラエルの病院で脳死と診断され、父親は臓器提供を勧められます。父親は悩んだ末、臓器提供を承諾します――提供先がイスラエル人であることを知った上で。
 男の子の名は、アハメドくん。その臓器が、6人のイスラエル人に渡ります。普通なら憎しみで臓器提供なんてしたくもないイスラエル人に、なぜアハメドくんの父親は提供を許したのか。
 イスラエル軍による大規模な攻撃は、ニュースでよく知られていることです。ジェニンの難民キャンプもメチャクチャにされ、ガザではもっと多くの死傷者が出ました。パレスチナとイスラエルの確執は、そんな事態が当然であるかのように続いています。それを止めるには? 目には目を? 惨劇には惨劇で。武力と武力の対決。それは復讐の連鎖。永遠に終わりのない。
 では、アハメドくんの父親イスマエルさんは、聖人の如きお方なのでしょうか? いえ、これも闘いだったのです。最も過酷な。
 息子の復讐を誓って自爆すれば、イスラエル人は喜ぶだろう。息子の臓器によってイスラエル人の命を救えば、彼らは驚くに違いない。そんな闘いの道もある。
 イスマエルさんは、そう語ります。そして、息子の臓器が与えた影響を確かめに――和平へのきっかけにならないか、そんな期待もして――イスマエルさんは臓器提供先を訪ねます。

 ある2つの家族は、心よりの感謝を捧げ、イスマエルさんを歓迎します。またある2つの家族は、匿名を希望し、登場しません。臓器提供の甲斐なく、亡くなった少女も1人いました。そして残り1つの家族――この家族との対面が本作のクライマックスとなります。
 アハメドくんの臓器提供を受けた娘を持つ、エルサレムに住むユダヤ教徒の家族は、明らかにイスマエルさんの訪問を歓迎していません。そもそもそこの父親はパレスチナ人からの臓器提供自体を快く思ってないのです。せっかくの対面もギスギスした雰囲気。
 娘の父親は、とりあえず世間話をと、ジェニンの近況をイスマエルさんに尋ねます。状況は酷いものだ。こないだも2人死んだ。すると娘の父親は、「それなら引っ越したらどうだ?」と提案します。仕事だってないだろ、と。それが簡単にできるなら、とっくの昔にしているでしょうに。雰囲気はさらに悪化。娘の父親は発言の拙さをイマイチ理解していません。
 せめてものお礼にと、娘の父親はイスマエルさんにお土産を渡します。渡されたものは、日本ならお饅頭が20個くらい入ってそうな、そんな大きさの箱。息子の臓器提供をして、返ってきたのは、理解のない言葉と、命の大きさに見合わない小さな箱。イスマエルさんは帰り際、その「お礼」を忘れそうになり、娘の父親から、お土産を忘れないで、と改めて手渡されます。一時も早くここから去りたい、そんな悲しさがイスマエルさんから溢れていますが、イスマエルさんは娘を抱き寄せ、息子の一部が元気に動いていることを慈しみます。

 帰路に着く車の座席に置かれた「お礼」をカメラは映しますが、その中身を映すことはありません。開かれないまま無造作に置かれた「お礼」。その中身が何なのかはわかりません。
 相手はこんな人だと決め付け、互いを知ろうとしないこと、それが色んなものを隔て、柔らかく結ばれることを拒絶しています。しかもその拒絶は悪意によってではなく、無知や無関心によってであり、時としてそれは善意から発せられます。イスマエルさんは、それを痛感します。
 簡単なことの筈なのに。冗談のように殺された息子の死に尊い意味を与えようとして、その闘いは今のところ大成功には至っていません。イスマエルさんは観客に訴えます。もっと考えてほしい。もっと願ってほしい。無知や無関心こそが何よりもの大敵なのだ。
 そもそもイスラエルに入国することすらなかなか叶いませんでした。イスラエル軍によって殺され、複数のイスラエル人を救った「息子」と逢いたい、そんな想いも政治の前には無力。アハメドくんは、所詮はたかが1人の子供であり、単なる臓器提供者に過ぎず、社会に影響なんて与えられない。アハメドくんが命を救った娘の父親からも理解されない。むしろ疎ましがられる。
 「お礼」は、忘れ去られたかのように画面から消え、そのまま最後まで登場しません。

 ドキュメンタリーは、映されたものより、映されなかったものに意味があります。映そうと思えば「お礼」の中身を映せたのに。だから、ちょっと登場してすぐに消え、そのまま忘れ去られる「お礼」に本作の意義が表れています。映画として見れば、見事な小道具の使い方です。
 が、作品としてはイマイチ。前半がとてもダラダラしていて……最後にイスマエルさんが視聴者に向かって直接的に訴えるのもいかがなものかと。いや、それだけ大切な問題で、是非ともみんなに共有してもらいたい問題なのだ、というのはわかります。わかりますが……せっかくの面白いスキャンダラスな題材を真面目に扱いすぎ!
 最後に会うユダヤ教徒の家族とのギスギス感がなければ、本作は作品として成り立たなかったでしょう。イスマエルさんの心に届かない「お礼」があったからこそ、見事な作品となったのです。ユダヤ教徒の家族がとっても良い方ばかりで、イスマエルさんが心よりの歓待を受けていたら、単に良い話として終わっていました。それはそれで良いことですけど……世の中に訴える作品としての魅力は薄かったでしょう。狙ったような展開だったと思います。
 一般的な娯楽作品としての面白さ――マイケル・ムーア監督作品みたいなもの――を期待しなければ、とっても考えさせられる良い作品です。考えれば考える程、消えた「お礼」の存在は見事です。

 とっても良い内容なのに、簡単に観られないのが問題です。せっかくのイスマエルさんの訴えも、少数にしか届きません。ネットで低画質版を視聴できるようにするくらいしても良いのに。
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テーマ : 映画祭
ジャンル : 映画

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プロフィール

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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