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2011-02-21

その後を想い、心が震える

 今、「午前十時の映画祭」ってのが開催されていて、週替わりで1年間50作品が上映されています(金沢市ではイオンシネマで「赤の50本」が上映)。
 今週でもう3本目。『十二人の怒れる男』、『激突』と来て、『羊たちの沈黙』です。上映作品のどれもが名作・傑作の呼び声高く、ほぼハズレなし。ちょっと教科書っぽすぎる感はありますが、スクリーンで観たことがない作品も多く、貴重な機会なので全作品を観たいと思っています。

 3本を観て抱いたのは、時代が経っても色褪せない魅力はあるもんだ、という感慨です。『激突』は既にしてスピルバーグ印が濃厚に表れていましたし、『十二人の怒れる男』は現代にもまだまだ通用する物語ですし、『羊たちの沈黙』のレクター博士のエポックメイキングさは数多の類似品を消し飛ばす迫力がまだまだありました。
 なぜそれらの作品は時代に流されることなく鮮度を保っていられるのでしょうか? 数多の作品が、その時その時では面白い大傑作と評価されながらも時代に流されて消えてしまうのに。
 上記3本だけに限定していうならば、「多くを語らないから」が秘訣だと思います。それが終了後の余韻の良さと深さにも繋がります。重要なのは、作品の主軸がぶっとくてしっかりしていること。それ以外はオマケのようなものですから、物語がテキトーでも問題ありません。省略の巧さは作品の良さに直結します。つまり、省略が下手な作品は駄作へ直結します。
 省略する箇所が山ほどあるようで全くない『愛のむきだし』みたいな作品もありますが、それは『デス・プルーフ in グラインドハウス』も同じ。長いし無駄だらけですが、その無駄は必要不可欠の無駄であり、よく見れば省略に省略を重ねています。

 省略の技を極めつつあるのがクリント・イーストウッド監督。今や作る作品が全て名作・傑作として色褪せなさそうです。最新作の『ヒアアフター』もワクワクしながら観ました。で、驚きました。物語がどう考えてもM・ナイト・シャマラン監督向けなのに、出来上がった作品はたまらなくイーストウッド監督作品になっています。
 冒頭から津波災害場面から始まる景気の良い『ヒアアフター』は、霊界通信あり、地下鉄テロあり、と大変スペクタクルな作品となっています。しかしその実、描写から展開から何もかも中途半端に終わるので、何を描いた物語なのかさっぱりわかりません。イーストウッド監督が面白いのはそこです。スペクタクル超大作になろうかという作品を、物凄い力技で個人の小品に落とし込んじゃう。シャマラン監督はその逆。
 触らないと霊界通信ができない妙なフェチっぽさもイーストウッド監督はさらっと流します。あれがデヴィット・リンチ監督やデヴィッド・クローネンバーグ監督ならこだわるような気がします。考えればクローネンバーグ監督の『デッドゾーン』は、題名的に『ヒアアフター』と通じる点がありますが、全く逆を向いています。
 『ヒアアフター』は、何もかもをさらっと流し、最後の展開までさらっと流す。喉に何もつかえず、口当たりも良く、感動までできる。凄い。マット・デイモンさん演じるジョージをイーストウッド監督自ら演じていたら、最後の場面の感動の説得力が増したと思いますが、そこまでしないのがイーストウッド監督らしさ。

 省略は、省略の美学といいますか、侘び寂び大好きな日本が得意とするところです。しかし最近はそうでもなく、やたらと説明する作品ばかりです。
 最近作では、『ゲゲゲの女房』が中略だらけで最高でした。テレビ的に細々と説明し、描写する必要はありません。お見合い場面や情事場面などは描く必要なく、結果だけが示されれば十分です。だって、『ゲゲゲの女房』は実話なのですから、結局夫婦仲良く暮らしていることはわかりきっている以上、省きまくっていいのです。

 しかし、結果すら示されなくても十分なことがあります。
 『ヒアアフター』は、最後の最後でようやく物語の道筋を示して終わります。つまり、“結果”が示されません。物語がきっちり完結して終わる必要はありません。最良の時点で終われば良いのです。
 『十二人の怒れる男』が判決場面を描いたりしたら、『激突』がタンクローリーの運転手の素性を明かしたら、『羊たちの沈黙』がレクター博士のその後の行為を描いたら、一気に興醒めします。『ヒアアフター』も、最良の終わり方をしたと思います。全く中途半端じゃありません。
 ですので、『映画秘宝』で『ヒアアフター』を「トホホ」の1位にした町山智浩さんが不思議でなりません。たとえ最後がトホホなのだとしても、そこまで十分に楽しんだのなら、それは最高の作品ではないでしょうか? それが理由で『ヒアアフター』を「トホホ」に挙げるのは、町山さんの主義主張と異なります。
 この先に幸せが見える――それを信じることができるのなら。『ヒアアフター』はそこをきっちりと示しているので、完璧な終わり方です。物語のテーマとも一致しています。台詞にもちゃんとあります。双子の兄が、霊界通信にて「ここは楽しいところ」だといいます。「ここは何にでもなれる」とも。それは何も「あの世」のことだけではないでしょう。この先、未来に対する隠喩と捉えることもできます。「霊界」というアイテムは、物語を動かすものですが、こだわるテーマではないと思います。
 未来には、幸せになり、なりたいものになれる可能性がある。それを願うだけでなく、それに向かって強い一歩を踏み出す。これ以上の完璧な終わり方はないでしょう。イーストウッド監督らしい作品です。
 またチャールズ・ディケンズさんの作品が3人を繋げるのも面白い設定だと思いました。アメリカ人であるイーストウッド監督が、日本を撮り、アフリカを撮り、フランスやイギリスも撮り、まるで世界中を撮ろうとしてるようです。多彩な物語を扱いつつも、中心には必ず思いやりや優しさがたっぷり詰まっています。イーストウッド監督が何を撮ろうとするのか、ますます楽しみになってきました。

 『ヒアアフター』、見事です!
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テーマ : 映画関連ネタ
ジャンル : 映画

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No title

「午前十時の映画祭」は全国でやっているようでいいですよね。
六本木のTOHOは青の50本ですよ。

ふふふ。私も「ヒア・アフター」好きですよ。

nasuさんへ

コメントありがとうございます。
略して「午前祭」は、楽しいです。が、正直、中途半端な感じ。赤青合わせていいとこ取りしてほしいです。というか、「午後十時の映画祭」にしてほしいです。普通の映画ファンとして「午前祭」は楽しいのですが、やはり物足りない気持ちは払拭できず……とはいえ、たぶん全作観ますけど。

『ヒアアフター』は……何というか打ちのめされました。何なんだこれは、と。喜んで感想を書こうとして、考えたまま停止し、何もできずにいます。シャマラン監督作品一歩手前なのに、作家性がとても希薄。イーストウッド監督どこへ行く、と思うばかりです。
プロフィール

ばっどていすとさんどいっち

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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