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2011-12-25

紅白にチェン様とな!?

 昔から大して興味のなかった「NHK紅白歌合戦」が、昨今ますます興味がなくなり(昔は親が観ていたので、私もしかたなく観ていた)、今では馬鹿にすらしているのですが(遂に親も4年前から観なくなった)、今年はちょっとだけ興味が湧いています。ジャッキー・チェンさんが登場するから。

デイリー・スポーツ・オンライン→ガガ、紅白出演正式決定!史上初の収録出演

 上記リンク先から抜粋。

NHKは24日、米女性歌手・レディー・ガガ(25)が、大みそかの「第62回NHK紅白歌合戦」(後7:15)に出演することを正式発表した。「『あしたを歌おう。』世界からのメッセージ」コーナーでニューヨークからパフォーマンスを届ける。
 紅白史上初の収録となるものの、NHKによると、撮影は日本時間の31日(現地時間30日)に行われるため、限りなく“生”に近い形になるという。
 なお、「世界からのメッセージ」コーナーには、香港出身の俳優ジャッキー・チェン(57)、サッカー日本代表MFで、ドイツ1部リーグのウォルフスブルクに所属する長谷部誠(27)も登場する。

 なぁーんだ、メッセージだけかぁー。

 それにしても、「NHK紅白歌合戦」にチェンさんやガガさんを登場させる意義はあるのでしょうかね? 2007年の「NHK紅白歌合戦」で

現在NHKは、今回の58回から再来年の60回までの3か年で、紅白のリニューアルを進めています。その3年間のコンセプトが「歌力(うたぢから)」。歌の力を見直し、歌本来の魅力を伝えることを大きな目的としています。3か年の初年度にあたる今回は、「歌の力・歌の絆」をテーマに掲げ、歌を通してつながる社会、世代、そして心を見つめ直す紅白を目指し、選び抜かれた56組の歌手と司会陣が、歌の力で人々の心をひとつにつなげます。

と語っていたものですが、計画通りに「歌本来の魅力」を伝えることに成功したのでしょうか? 余計なことをせず、純粋に「歌本来の魅力」だけを伝えてもらいたいものです。

 今年は、遂に韓国のアーティストが出場することになり、世間では――というか主にネットでは批判的な意見が出ているようですが、そのような方々はアホですな。いや、差別的なだけのバカと蔑んで構わないでしょう。出演する若者向けのアーティストを知らない視聴者からすれば、日本語で歌う韓国アーティストは「日本人」ですよ。
 そもそもボロボロじゃないですかラインナップが。国外アーティストを出演させることに批判的なのはわからなくもないですが、そもそも今年出演している国内アーティストが国外アーティストを上回る程に魅力ありますかねぇ? 視聴率を気にする余り、「歌本来の魅力」がどっかに吹き飛んでます。
 視聴者によっては、演歌歌手が邪魔だと思っている方もいるでしょう。それを自覚した上でNHKに「日本の心を――日本の歌を若者に知ってもらいたい」というような心意気があるとは思えません。そのような心意気を見事に示したのは、今年の京都音楽博覧会に於ける石川さゆりさんの出演でしょう。くるりが主催しているという前提があるから盛り上がったのだとしても、祝祭としての醍醐味をちゃんと演出できていました。「NHK紅白歌合戦」にそれがあるとは思えません。
 国外アーティストが出演するしない以前に、もう「NHK紅白歌合戦」は日本人の国民的な番組ではないのでしょう。

 個人的には、三浦大知さんが出演してくれれば絶対に観るのに。歌も巧いですが、視聴者の目を釘付けするに違いない三浦さんのダンスは、番組を盛り上げると思うのです。もっと有名になっても良いと思うのですが、三浦大知さん。
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テーマ : 今日、気になったネタ
ジャンル : ニュース

2011-12-21

霊的ビジネスチャンス

 金正日総書記が亡くなったというニュースを聞いて真っ先に思ったのは、大川隆法さんが金正日総書記の公開霊言を発売しそうだなぁ、ということでした。金日成さんとの親子対談を行ったり。
 その本に、カダフィ大佐フセイン大統領も混ぜ、独裁者鼎談を行うとか。「世界トップクラスの人心掌握術!」とか。カダフィ大佐とビンラディンさんとで、今年亡くなったはた迷惑な大物鼎談も面白そう。

 公開霊言シリーズは、面白くて大好きです。発売されると必ず立ち読みします。よく行く本屋(ブック宮丸金沢北店)の入り口付近の新刊台に(最も注目してほしい本が置かれる場所に!)、なぜか必ず平積みされてるので。
 面白いのは、意外とまともなことが書かれてる点。それと、私のように批判的な者をちゃんと想定している点。私からすると単なるコント集なんですが。爆笑ポイントが絨毯爆撃のようにひしめき合っており、立ち読み時には要注意です。にや~と笑いながら公開霊言を立ち読みしている姿は、恐い。

テーマ : どうでもいいこと。
ジャンル : 日記

2011-12-12

『モテキ』は、動いているようで動いていない

moteki
 『モテキ』を観ました。
 原作を読んだことはなく、TVドラマ版はやっていたことすら知らず、監督や出演者が好きでもないのですが、予告編でミュージカル場面があることを知り、観ようと思いました。どんなジャンルの作品にもミュージカル場面があればいいのに、と思っているので、ミュージカル場面があるってだけで観る価値があると思ってしまうのです。

 物語は単純。モテない青年に大好きな女性が出来て、両想いになりたいと願う。
 あれ? 何か普通の恋愛話だ。ちっとも「モテ期」じゃない。「モテ期」という単語から私が思い描いたのは、嫌がっても次々と女性に好かれる状態です。押し寄せる女性を切っては捨て切っては捨て――そんな「ギャルゲー」な状態。ところが、原作とTV版は知りませんが、とりあえず映画版はそんなではありませんでした。嘘つき!
 森山未來さん演じる主人公・幸世は、中途半端にオタクっぽい青年です。中途半端である故にプライドが妙に高く、高い故に自虐的です。自虐的であるということは、「正しく反省をしない」ということですから、つまり幸世はとても子供っぽい。そんな付き合うのが面倒臭そうな幸世がモテるからこそ、物語となるわけですがぁ。
 幸世に対しては、基本的に長澤まさみさん演じるみゆきを中心に展開します。予告編では4人の女性が主役格として描かれていましたが、名目的にも好いてくれるのは、みゆきと麻生久美子さん演じるるみ子の2名だけ。この2人がまた子供っぽい。自分が何をどうしたいのか明確な考えがなく、生き方を他人に委ねている。
 どうでもいいのですが、予告編では真木よう子さんが「ツンデレ」を演じているように描いてましたが……「デレ」がどこにもありませんでした。嘘つき!
 要するに本作は、現状を打破したくない登場人物の物語です。幸世は恋愛の成就に奮闘することはありません。一方的に舞い込んできた「モテ」を享受し、それが離れるや、自虐的にふて腐れます。奮闘することも足掻くこともしません(いや、惨めにすがることはするか)。願うだけ。それを「等身大の物語」として見ることは可能です。「ああ、いるいる、あんな奴」と。しかし、どこにでもあることが驚きの躍動感を見せる、それを映画で観たいのですが。

 では、画面の躍動感はどうか。その点でも本作は非常に残念。
 本作を観たいと思わせたミュージカル場面、これがとても残念な出来でして。映画版を観た後でTV版にも同様のミュージカル場面があることを知り、YouTubeで見たら、そちらは『(500)日のサマー』にオマージュを捧げたようですね。これまた残念な出来映えでした。『(500)日のサマー』みたいなミュージカル場面を挿入したい、という構想が先にあり、それに従ったからか、幸せな感じが全くない。つまり、手続きを怠っています。
 『(500)日のサマー』では、行き交う人々がみんな笑顔で挨拶してくれる、という主人公視点でミュージカル場面が始まります。停車中の車の窓ガラスに映った主人公の姿が『スター・ウォーズ』のハリソン・フォードさん、という妄想的な演出がさらに乗り、そこから徐々に主人公の感情の昂りが身体的な動きへと移行します。現実世界でいきなりミュージカルを行う滑稽さを、ギャグになる手前で交わすために色々と手続きを取っています。画面の色合いもいい。
 対してTV版の『モテキ』では、ミュージカル場面は突如として挿入されます。手続きを怠っているため、幸せな感じが薄い。それに、踊りがテクニカルすぎます。アイドルオタクだから? いや、それにしても「振り付け」らしすぎます。森山さんの動きは見事だと思いますが、いきなりアイドルみたいにテクニカルな振り付けで踊られても、感情の昂りを表現できているとは思えません。
 映画版になるともっと駄目。出だしに、投げ捨てた鞄が後方の通行人に当たりそうになって驚かれる、という現実的な描写があり、その時点ではミュージカル場面はとても期待できると思いました。非現実的でなく、現実的なミュージカル場面なのか、とワクワクしたのです。ところがその後は普通に非現実的なミュージカル場面でした。出だしの現実的演出は何だったのかと。周囲が訝しい表情をしている中で主人公1人が踊り、その感情の躍動感が徐々に周囲へと伝播し、見事な集団のミュージカル場面へと発展する――私が最初に抱いた期待はそのようなものでした。
 TV版に『(500)日のサマー』を意識したミュージカル場面があると知り、映画版のミュージカル場面がダメなのも納得。映画版のミュージカル場面は、「ミュージカル場面を挿入するため」に作られたものだからです。つまり、ミュージカル場面である必要がない。それ故に躍動感がない。見ていて感情が昂るどころか下がる。
 また所々で見せる幸世の変にアクロバティックな動きは、変だから面白いのですが、物語を動かしません。俳優は動いているのに、映画的な躍動感はない。動くことが展開に繋がるというより、時間を浪費しているだけに思えます。
 ところで、本作のミュージカル場面にて『私の優しくない先輩』のミュージカル場面を想い出しました。あれも駄目だと思ってましたが、本作よりは遥かに巧かったなぁ。

 そもそも「モテ期」の始まりは、いきなり殺傷事件の被害者となってしまったからです。「モテ期」が偶然やって来た、というより、「モテ期」を望んだ。そこから始まる物語が「死の直前に見た夢」と考えれば、誰もが閉じこもったままの物語で終わるのは納得できます。
 閉じこもり、前進しない。みゆきが魅力的だと描かれていますが、それは幸世が魅力的であることを説明しているだけで、幸世の説明なしにみゆきが魅力的であるとは思えません。幸世の感じる魅力がそのまま実態を持った女性として、便利に登場するだけ。主役格の4人は皆そうです。幸世の願望を補完する。みゆきは幸世に対し、幸世では自分が成長できない、と拒絶を示しますが、それは幸世にとっても同じ。むしろ成長できないことを望んでいる。暖かく今の自分を肯定してくれる相手、それを求めている物語です。とても不健全な恋愛物語だと思います。
 とにかく、動かない物語です。殺傷事件ですら物語の躍動感に繋がらない。

 音楽の使い方は面白い……ようで最後までノることはできませんでした。幸世がポップスに詳しい設定なのでしょうけど、物凄く浅い感じが……そこを狙っているなら成功ですけど。たとえば『ハイ・フィデリティ』のようにしても良かったわけです。作品中で流れている音楽がそのまま主人公世界を表現しているのだとしたら、幸世は、中途半端なオタクですらなく、自分がオタクっぽいと思い込んでいるだけ。「思い込みオタク」だから幸世は歪なんでしょうねぇ。
 演出も前半は凝っていたのに、途中で力尽きたのか、後半は普通。画面の作りも魅力的でない。全体的に明るい画面で、暗さが出ていませんでした。映画版なのですから、しかもちょいとドロドロした物語なのですから、色合いを強調した画面作りにしても良かったと思います。ぼやーっとしてました。ぼやーっとした物語だからそれでいいのか。
 歪じゃない登場人物が少ない作品でした。ですから登場人物で最も魅力的だったのは、ピエール瀧さん。本人そのままの役で登場ということもあってか、異空間的な存在感。
 私にとって肝心のミュージカル場面が物っ凄く中途半端な出来だったこともあり、作品全体が中途半端な出来に思えました。本作が2時間のTVドラマだったなら、凄いな、と思ったのでしょうけど。いや、やっぱ思わないか。途中で飽きましたし。

テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

プロフィール

ばっどていすとさんどいっち

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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