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2011-09-29

<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>8日目

9月23日――<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>の8日目でございます!
 遂に最終日! 1週間はあっという間でした。寂しい! が、今年は今までと少し違います。最後にシンポジウムがある! 今までは、クロージング作品が上映されて、最後の挨拶もなしに寂しく終わっていたのに! やればできるじゃないですか、かなざわ映画の会
 私が観たのは、『カタストロフ』と「5周年記念シンポジウム」。

 『カタストロフ』は、日本で今、最も上映してはいけない作品かもしれません。副題が「世界の大惨事」ですから。
 題名通り、世界のあっちこっちで発生した惨事を並べただけの作品です。前半は大して面白くもないのですが、後半から大惨事度が俄然向上!
 特筆すべきは、クライマックスともいえる扱いの、高層ビル大火災。『タワーリング・インフェルノ』ばりの大火災で、逃げ遅れた方々が煙に巻かれ、窓や屋上から次々と飛び降りる! 絶対に助かるわけないのに、絶望の中に万に一つの可能性を信じ、または破れかぶれで、ダイブ! そしたら、はしご車によって助けられている人を巻き込んでしまう! はしごの上にいた人、ショックでしょうね。「ラッキー! 助かった!」と思っていたでしょうから。人生、最後まで気を抜いたら駄目です。まあ、そんな感じに人がキリモミ旋回しながら落下する様を見ている気分は、不謹慎ながら、『天空の城ラピュタ』のムスカです。見ろ! 人がゴミのようだ!
 そして最後には、人類が犯した最も大きな過ちとして、原発が登場します。世界はこんなにも大惨事で溢れているのに、原発を作ろうとは、愚の骨頂なり! 人類は、ゆっくりと滅亡の道を歩んでいるのだ……と、大々的に観客を脅します。今の日本からすると、物凄いタイムリー! <カナザワ映画祭>は社会性抜群です!
 エンドクレジットには、高層ビル大火災の場面をまた繰り返し――落下中の人の映像に、「THE END」。どれだけ尊い説教をしていても、台無しです。被害者の遺族は、どう思って本作を観るのでしょうか……
 ナレーションのウィリアム・コンラッドさんは、『黒い絨毯』以外に観たことない方ですねぇ。
 本作が最近作られていたら、間違いなくアメリカの911テロと、東日本大震災が盛り込まれていたでしょうね。

 さて、今年はクロージング上映の後におまけが1つ。「5周年記念シンポジウム」ですが……これも酷かった! 何がって、かなざわ映画の会の代表である小野寺生哉さんが! 映画愛があるのかないのかわからない、とっても冷徹な視線が絶妙の味わいでした。
 最後の一日は、この日でしか観られない『カタストロフ』と「5周年記念シンポジウム」のためか、観客数はぐっと増え、座席の殆どが埋まっていました。面白い話を聞くことが出来、いつもと違う<カナザワ映画祭>の終わりを味わえ、大満足の一日でした。
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2011-09-28

<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>7日目

 9月22日――<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>の7日目でございます!
 映画祭も残すところあと1日。もう寂しくなってきました。お金はありませんが、もっと続けば良いのに……
 私が観たのは、『マンディンゴ』、『夜と霧』の2本。

 『マンディンゴ』は、名匠リチャード・フライシャー監督の名作。プロデューサーであるディノ・デ・ラウレンティスさんは、本作を「自分にとっての『風と共に去りぬ』」とおっしゃっておりますが、いやいやいや! それにしてはあまりにも過激な内容すぎるでしょ!
 舞台は、黒人が奴隷であることに疑問を抱くわけもない超保守の村。北部では黒人奴隷を問題視する声が出ているのに、それは頭のオカシイ奴らがいってるだけのこと、と思っているような。“黒んぼ”が人間と同じ扱いである必要はない、と思っているような。まるで馬か牛のように“黒んぼ”を交配させて優良種を作る「黒人奴隷牧場」、それが主役。自由と愛と平等と正義を信じ、唱えているアメリカの黒歴史が舞台です。
 物語は、そんな「黒人奴隷牧場」の栄枯盛衰を描いています。といっても真面目な社会派ドラマってわけじゃなく、基本的な流れは昼ドラみたいな愛憎劇です。波乱万丈な物語でも何でもありません。物語は、“これから波乱万丈になる物語”を描いているのですから。ですから、物語は唐突に終わりを迎えます。全ての登場人物を物語の中に放置するような、突き放した描き方。
 フライシャー監督は、登場人物の誰かに寄り添うこともなく、淡々と物語を演出します。当然のような不幸の結末、見事なショットで描きます。とても衝撃的な内容ですし、考えると無理のある展開なのですが、そうは感じさせません。所々に驚くようなショットがあり、はっきりいって『風と共に去りぬ』なんかより遥かに出来の良い、そして賞味期限の長い作品です。
 たとえば“黒人奴隷”同士の格闘場面でのカメラワーク。優良種である「マンディンゴ」のミードが相手を殴り倒す瞬間の、一瞬のズーム。日本のアニメやゲームなんかではよく使われていますけど、実写映画で抜群のタイミングで行われるのは、なかなかお目にかからないと思います。そして最後のショット。殺され床に寝そべっている父親、それを見下ろしている息子、この2名を感傷的にならないよう、冷徹に突き放して見えるよう、最高のアングルで撮っています。撮影はリチャード・H・クラインさんでフライシャー監督とよく組んでいる方(『絞殺魔』の撮影もこの方)。屋内も屋外も、とても撮影が素晴らしい。画面を見ているだけでも飽きません。
 音楽も良い。最初と最後に流れるブルースが物語の悲惨さを強調しているだけでなく、全編に流れる音楽がほのぼのしていて、画面との組み合わせが最高!
 内容の衝撃さばかりが取り沙汰されている可哀相な作品ですが、とても良く出来た傑作です。DVDも今年ようやく発売されましたし、他国の黒歴史を野次馬的に楽しむためにも、広く観られるべきです。

 『夜と霧』は……30分ちょいという短い上映時間ながら、初めて観たこともあり、見終えてからの疲労が今映画祭で最高の作品でした。
 ナチスによるユダヤ人虐殺の酷さ……それが当時の記録映像で淡々と描かれます。人間石鹸とか、人毛の毛布とか……常識な話ではありますが、実録映像ならではの寒々とした容赦ない画面が、歴史が観客を打ちのめします。ブルドーザーで“ゴミ処理”されるユダヤ人の遺体、腐りかかっているユダヤ人の遺体、ところどころが“ほつれている”ユダヤ人の遺体……劇場内の空気が圧縮されていく感じ!
 音楽担当がハンス・アイスラーさんで、美しくも静謐なメロディーが画面を一層凍らせていました。アイスラーさんといえば、フリッツ・ラング監督の大傑作『死刑執行人もまた死す』の音楽担当で有名ですね。こちらも反ナチ映画。
 ナレーションがまた淡々としていて。担当はミシェル・ブーケさん。私にとってはジャコ・ヴァン・ドルマル監督の『トト・ザ・ヒーロー』の方。『エスピオナージ』や『ボルサリーノ』よりも。
 残酷な行為も、役人のように「命令だから行っただけ。私に責任はない」と、日本でもよく聞くお決まりの台詞で片付けられる。それでは、どこに責任があるのか? ユダヤ人虐殺は他国の頭の狂った連中が行った過ぎ去った歴史の1行である、と片付けて良いのか、と『夜と霧』は最後に問う。ああ、これって、福島原発なんてで未だに揉めている震災復興の諸問題と同じだなぁ、と思いました。そう、扱われていることは異なっても、これは他人事ではないのです。

 7日目は、今映画祭で最も帰り道の気分が重苦しい日でした。アメリカの黒歴史とドイツの黒歴史、どちらも日本には全く関係のないことなんですが、無理解による福島県差別とかを見ると、本当に他人事ではないな、と。何十年経ってから、後の世代に馬鹿にされるのかもしれません。
 それにしても……『マンディンゴ』の後に『夜と霧』を上映するとは……この配置を考えた方は、観客を超落ち込ませてやろう、とサディスティックな喜びを感じる方なのでしょう!
 重苦しい日でしたが、そんな気分を味わうのも娯楽!
 観客数はやはり少なく、2本とも30人前後だったように思います。しかし、大満足の一日でした。

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2011-09-25

<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>6日目

 9月21日――<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>の6日目でございます!
 観客の殆ど地元客なんでしょうね。人数は激減しましたが、見慣れた面々ばかりです。17~19日の爆音上映と異なり、シネモンド前に散り散りに集まった観客が入場する様に寂しさが漂っておりますー。
 私が観たのは、『サディスト』、『インフェルノ 蹂躙』、『生きたまま喰え!』の3本。

 『サディスト』は、初めて観ました。50年くらい昔の白黒作品でしたが、素晴らしかった!
 野球を観に行こうとしていた男女3人が殺人鬼カップルにネチネチといたぶられる物語です。登場人物はその5人だけで構成されており(他に飛び込み殺害される警察が2人いるけど)、舞台は山道の途中にある廃車置場だけ、と大変シンプルな物語ですが、殺人鬼青年の演技が抜群に良く、見事なサスペンスに仕上がっています。
 とにかく、殺人鬼青年がすっごいムカつく存在感! スチールではわかりませんでしたが、何と織田裕二さんにそっくり! 織田さんの顔を、パーツを真ん中に寄せ、縦に潰したような。そんな、織田さんの祖先みたいな猿顔の殺人鬼青年は、いつも不適にニヤニヤ笑いを浮かべており、「えへぇー」と笑う。拳銃を片手に、なぜだかいつもフェンシングみたいなキメポーズで脅す。拳銃がなければ弱っちいくせに、キメポーズで、潰れた織田さん顔でニヤニヤ笑いしながら「えへぇー」といたぶる。見ててイラっとくること間違いなし。
 シンプルな物語を、しっかりした脚本によって味付けし、面白くしています。冒頭で、被害者女性が全く野球のことを知らず、「ホームランは、ホームランである時点で点数が確実に入るのに、なぜわざわざ塁に出る(塁を回る)必要があるのか理解できない」というような会話があり、これが結末の徒労感を演出する伏線になっていたり(変な会話してんなー、と最初は不思議に思った)。当然の如く被害者は途中から反撃に出るのですが、その攻防戦も見応えあります。結末が読めず、ハラハラしました。
 また撮影が素晴らしく、古い作品であることを忘れさせます。太陽が照り盛る暑い日の地面に伸びる黒い影、廃車のサイドミラーなんかを効果的に使い、攻防戦を盛り上げます。撮影のヴィルモス・ジグモンドさんは、後に『未知との遭遇』や『天国の門』など多くの傑作で活躍する凄い方。その初長編仕事が、『サディスト』みたいです。

 『インフェルノ 蹂躙』は、観客まで不安に陥るような、平山夢明さんの『東京伝説』シリーズのような作品。これも食人映画です!
 普通の女性が運悪くストーカー犯罪者に狙われ、精神崩壊する様を描いた物語。最初から犯人の正体を明かしているので、どのように主人公がストーカーの手中に堕ちるのかを楽しむサスペンスです。その展開の見事さは、さすが高橋洋さんの脚本。ストーカーにも悲しい事情があるように描き、思わず同情してしまいそうになるのですが、衝撃的な結末が待ち構えており、呆然とさせられる。見事ですね。無駄のないサスペンスでした。
 北川篤也監督の演出も手堅く、良かったです。俳優陣の演技を抑えた感じに統一し(巧い人がいなかったから?)、色味も抑えて荒涼とした雰囲気を出し、カメラを殆ど動かさず、ストーカー視点に近いものを演出し。寒々~とした気分で劇場を出ることになります。
 『復讐 運命の訪問者』と交換して、こちらを爆音上映した方が良かったような。エロい場面たくさんあるし。主演の由良よしこさんはあっちでも変な役を演じてましたなぁ。

 『生きたまま喰え!』は、動物同士の闘いドキュメンタリーで、どちらかといえばほのぼのしているのですが……私は最も目を背けたくなる嫌ぁ~な作品でした。
 蛙が生きたまま蛇にゆっくりと丸呑みされる場面は、スティーヴン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』に於ける、ナイフでゆっくり殺される場面に似ていて、嫌ぁ~んでした。間延びする死の場面は、それが動物同士であっても恐ろしいものです。
 その他は……作品そのものが間延びしてましたね。

 6日目は、『サディスト』がとにかく面白かったです。フィルムの状態が悪いため、上映中にフィルムが2回も切れるトラブルがあったのも楽しかった。こーゆートラブルがあると、それだけで盛り上がります。スタッフ(映写技師)の方は冷や汗もので大変だったと思いますが。
 観客数はやはり少なく、3本とも30人前後って感じ。3本の中では『サディスト』が一番多かったと思います。『サディスト』のお陰で大満足な一日でした。

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2011-09-25

<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>5日目

 9月20日――<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>の5日目でございます!
 爆音上映が終わり、ここからの3日間はシネモンドでの上映のみです。連休の終わりと同時に県外客の殆どが帰りますから、ら観客数が激減します。上映作品も先の3日間で観られなかった方用の補完上映みたいなものなので、それも観客数の少なさに繋がっているのでしょう。ま、毎年のことです。
 私が観たのは、『クール・ワールド』、『アンディ・ウォーホールのBAD』の2本。

 『クール・ワールド』は、初めて観ました。とてもスタイリッシュで、古い作品とは思えないカッコ良さ。
 ドキュメンタリーっぽく撮ってあり、スラムの黒人社会に蔓延る問題を描いています。つまり、暴力の魅力と威力です。物語はわかり易いくらいにわかり易く、『ウエスト・サイド物語』な抗争を軸に、黒人少年が拳銃欲しさに犯罪を重ねて人生を台無しにする様を描いています。拳銃さえあればそれで万事解決、クールな漢になれると思っているため、見事なくらい物悲しい結末に突き進みます。
 シャーリー・クラーク監督は、ドキュメンタリーの監督だからか、物語をわかり易くし、撮影をドキュメンタリー的にしています。臨場感を出すために。出演者も殆どが素人なのではないでしょうか。そのため、損している部分もあります。臨場感はありますが、劇映画である以上、逆に作為が目立つ。オープニング・タイトルが凄くカッコ良いだけに、もっと演出をしていった方が良かったような。
 『クール・ワールド』より先にジョン・カサヴェテス監督の『アメリカの影』が登場しており、似た方法論で撮った作品として比べれば、そっちの方が遥かに優れていると思います。後に与えた影響も大きいですし。撮影も良いし、音楽はチャーリー・ミンガスさんだし。爆音上映したら面白いかもしれません。
 ま、『クール・ワールド』も『アメリカの影』もアメリカ国立フィルム登録簿に登録されている名作ではありますが。

 『アンディ・ウォーホールのBAD』も初めて観る作品でした。まあ、「BAD」だといえば「BAD」かもなぁ、という基本はほのぼのした作品。『クール・ワールド』と同じくニュー・ヨークが舞台。ニュー・ヨーク恐い!
 貧相なエステを営む主婦が、実は裏で犯罪請負人も営んでいて、最後には自業自得で死んじゃう物語。その主婦を演じるのが名優キャロル・ベイカーさん。『ジャイアンツ』や『シャイアン』のような「アメリカ映画の正当な名作」に主演した名優なのに、こんな作品に主演しちゃうなんて……結末同様に物悲しいものがあります。その後に人気が落ちてきたら『課外授業』なんか出て、『アンディ・ウォーホールのBAD』で弾みが付いたのか、すっごいつまらない『大竜巻/サメの海へ突っ込んだ旅客機』なんかに主演しちゃって、ちなみにその監督であるルネ・カルドナ・Jr監督は『ガイアナ人民寺院の悲劇』を撮っており、もちろん「ガイアナ人民寺院の悲劇」っちゃあ『アメリカン・バイオレンス』にも登場したジム・ジョーンズさんによる大殺戮のことです。何と、『アンディ・ウォーホールのBAD』はベイカーさん経由で『アメリカン・バイオレンス』と繋がっていた! <カナザワ映画祭>凄い! まさか<カナザワ映画祭>でケヴィン・ベーコン指数みたいな発見があるとは! ちなみにベイカーさん、ベーコン指数は2です。
 話が脱線しました。犯罪請負人とはいえ、ベイカーさんは単なる仲介業者で実行犯ではありません。実行者に指示だけ出して、仲介料金をふんだくる。依頼の中に、泣いてばかりでうるさいから自分の赤ちゃんを殺してくれ、というのがあり、そのシークエンスが酷い! 依頼したけどお金がもったいなからって、母親が結局、自分で赤ちゃんをマンションの窓からタバコの吸殻を捨てるように投げ落とす。地面に叩きつけられて飛沫を上げる赤ちゃん。落下地点の近くにいた女性が飛沫を浴び、盛大な悲鳴を上げる。そんな中、野次馬に子連れの母親がいて、我が子に、潰れた赤ちゃんを指さして「あんたもうるさいとあんな目に遭うんだからね!」と冷静に説教する。何て酷い台詞! これは正に「BAD」です!
 展開がのんびりほのぼのしているため、「BAD」という題名から受ける衝撃的なイメージと実際がかけ離れており、評判が良くないみたいですが、いやいやいや、これは「BAD」です! 「ばっどていすとさんどいっち」である私からすれば、脱力感の強いところが素晴らしい!
 最後、ベイカーさんは殺され、その場を見てしまう嫁の対応がまた酷い! あっ、て驚いて抱えていた赤ちゃんを床に落とすんです。ごとっ、て。酷い! この作品、子供の扱いが粗雑過ぎます! PTA必見ですよ!
 主演にペリー・キングさんもいまして、この方、『マンディンゴ』にも主演しています。<カナザワ映画祭>はそこまで狙って選定しているのでしょうか? だとしたら深いなぁ。『キネマ旬報』が主宰する「映画検定」を受けるより、<カナザワ映画祭>を楽しんだ方が「映画力」が付きますよ!!!!!

 5日目は、2本とも面白かったですが、『アンディ・ウォーホールのBAD』の方が好きでしたね。酷い作品だ、ってとこが。
 連休が終わり、爆音上映も終わったからか、観客数は当然のように激減。2本とも30人前後って感じ。寂しいけど、満足の一日でした。

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2011-09-24

<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>4日目

 9月19日――<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>の4日目でございます!
 最もマトモな作品が上映される日です。上映作品は、『ジェイコブス・ラダー』、『マンディンゴ』、『ソドムの市』、『アンデスの聖餐』、そして「バイオレンス・トーク 町山智浩×宇多丸×高橋ヨシキ」。
 私が観たのは、『ジェイコブス・ラダー』、『ソドムの市』、『アンデスの聖餐』の3本。

 『ジェイコブス・ラダー』は……懐かしいなぁー、普通だなぁー、という感想しかありません。20年前に初見した時は、それなりに面白く思えたものですが、今観る価値はありませんね。
 捻ったように見える物語は、贅肉だらけの脚本と演出のせいで間延びしてます。20分は長い。ロベール・アンリコ監督の『ふくろうの河』にベトナム戦争の問題を盛り込んだような作品なので、それなりに説明が長くなるとしても、やはり無駄が多いと思います。旧約聖書からの引用がある人物名や設定も、ハッタリだけで、物語を深めるわけではありません。
 フランシス・ベーコンさんの作品から影響を受けたような幻想場面は、スチールでは物凄く期待感を煽るんですが、実際はそれ程でも。エイドリアン・ライン監督ならではの演出力がその威力を削いでいると思います。しつこく長いカー・アクション場面とか、ホントに無駄。もっとあっさり作れんのか。
 爆音上映の必要がなく、効果もありませんでした。
 『ジェイコブス・ラダー』より、アラン・パーカー監督の『エンゼル・ハート』を上映した方が良かったんじゃないですかねぇ? 『残酷 裸の魔境』とブードゥー繋がりで関連させられますし、音楽で『マンディンゴ』と辛うじてブルース繋がりもありますし、何より内容が<カナザワ映画祭>向きだと思うのです。ショック死した観客がいたとか公開時に宣伝してたような。『ジェイコブス・ラダー』より遥かに爆音上映向きですし。トレヴァー・ジョーンズさんの音楽最高です! ま、検討はされたのかもしれませんが。
 パーカー監督なら他に、『マンディンゴ』繋がりで、『ミシシッピー・バーニング』も良かったかも。こちらもジョーンズさんが音楽担当ですし。内容が事実と異なる、と公開時に批判されてましたけど。
 あ、でも、モーリス・ジャールさんの音楽は超素っ晴らしいです。サントラ持ってます。1回再生すると、聴き惚れていつの間にか最後まで聴いてしまい、1曲目からまた何度も再生してしまいます。テーマ曲は特に名曲です。

 『ソドムの市』は……最っ高でした! 思いつく限りの不敬を描いたわけじゃありませんが、キング・オブ・不敬ムービー! これで『ピンク・フラミンゴ』が上映されていれば横綱対決!
 下品で汚く不敬な内容なのに、作品は全く下品じゃない。といって上品なわけもありませんが。芸術っぽさがあるようで、そんなことを全く気にしていないのが素晴らしい。なぜか芸術映画のように観て大失敗する方がいるようですが、いや、これ、立派な娯楽映画でしょ? 裸は出るし、暴力も出るし、殺傷も出る。娯楽要素満載です! 食糞場面は気持ち悪いかもしれませんが、主食が糞の民族だと思えば全く気にならない! 見た目はしっとりチョコバーと同じ! 食べ物に好き嫌いはあって当然! そんなので批判しない!!!!!
 確かに内容は、変態による変態のための変態自慢です。常識的で良識的な方なら眉をひそめるでしょう。しかし、常識的で良識的な価値観をお持ちの方こそ『ソドムの市』は楽しめます。「世界には色んな人がいる」ということを学べる良い教材ですから。常識の範囲を広げることができる、それが『ソドムの市』です。こんなに素晴らしい作品、文科省推薦で当然なくらいです! 寺山修司さんもおっしゃってるではありませんか、「書を捨てよ、町に出よう」と! つまり、そんな実践的な作品なのです! お金持ちは普通の贅沢に飽きると変な方向へ進んでしまう、という万国共通の常識論が展開されているだけ!
 予想外に、爆音上映との相性も良かった! 特に最後の場面は、信じ難い程、良かった! 何度も観ているのに(DVDも持っているのに)、感じたことのない『ソドムの市』の魅力を爆音上映が教えてくれました。ホントに観て良かったです。

 『アンデスの聖餐』は、<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>の食人映画第4弾!
 『ソドムの市』で食糞を散々見せられた直後、今度は食人! なんちゅー配置だ!!!!! 『ソドムの市』でも食人は描いてないから、『アンデスの聖餐』で補完! パンがなければ糞を食べればいい! または、人肉を食べればいい! これぞ正に「生きるヒント」。ためになる作品が2作続けて観られるなんて、お得な映画祭です。
 と、面白そうですけど、作品そのものは面白くありません。犠牲者がどのような方だったのか、事故に至る経緯をまず説明します。長々と。こっちが興味あるのは、墜落した後、どのようにして食人に踏み切ったか、その時の葛藤、そしてどのようにして食ったか、そのスキャンダル要素なのです。そのためにお金を払っているのです。ところが、そんなのは殆ど描かれません。
 極限状態に追い詰められての食人に関しては、映画なら国内作品に三國連太郎さん主演の『ひかりごけ』があり、熊井啓監督によって重苦しく作ってあり面白いです。大岡昇平さん原作の『野火』も極限状態の凄まじさが描かれており、『ジェイコブス・ラダー』に繋げて上映することもできたでしょう。中途半端な出来で面白くありませんが。国内のその2作に比べても『アンデスの聖餐』が面白いとは思えませんでした。
 ドキュメンタリーならではの、遠慮会釈なしに事実を叩き付けてくるのは、最後の10分くらい。喰い散らかされた遺体の映像が次々と映されます。焦らしプレイですね。
 爆音上映の価値は全くなし。

 4日目は、『ソドムの市』に尽きますね。まさか爆音上映と相性が良いなんて、想像もしませんでした。そもそも『ソドムの市』を大音量で楽しんでみたいと思ったことがありませんでした。一昨年から<カナザワ映画祭>は、「映画を発見する」のでなく、「映画を発見させる」ことが魅力の1つになってきましたね。
 やはりどの作品も2列以上の行列が出来ており、<カナザワ映画祭>は愛されているなー、と思いました。『アンデスの聖餐』にこんなに客の集まることはありえませんから。映画祭効果です。
 満足な一日でした。普通の日常っていいもんだなぁ、と思えるような。

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2011-09-22

<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>3日目

 9月18日――<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>の3日目でございます!
 上映作品が、題名を見ると、最も殺伐とした日です。『炎/628』、『ジャッジ・ドレッド』、『復讐 運命の訪問者』、『アメリカン・バイオレンス』、『メキシコ麻薬戦争 8マーダーズ・ア・デイ』、そしてトークイベント「平山夢明と福澤徹三のジャパニーズ・バイオレンス」ですからね。朝、意気揚々と21世紀美術館に入り、夜、心をささくれ立たせて出る。何て素晴らしい一日でございましょうか!
 私が観たのは、『ジャッジ・ドレッド』、『復讐 運命の訪問者』、『アメリカン・バイオレンス』、『メキシコ麻薬戦争 8マーダーズ・ア・デイ』の4本。

 『ジャッジ・ドレッド』は……まあ、シルヴェスター・スタローンさんゴールデン・ラズベリー賞候補になったくらいですから、何とも滑稽すぎるお子ちゃま映画です。
 久々に観ましたけど、こんなに馬鹿っぽかったっけ!? と驚くくらい、馬鹿っぽい。スタローンさんに法律は似合いませんが、「俺が法律だ!」と叫ぶ姿は似合っています。「いうと思った」という、繰り返されるキメ台詞は外してますが。流行らせようと思ったのでしょうが、大失敗。しつこく繰り返しすぎです。
 娯楽要素を詰め込み詰め込み、詰め込みすぎて良い点がこぼれ落ちて悪い点ばっか残ったような『ジャッジ・ドレッド』ですが、<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>にて上映されると価値が一変。とっても居心地が良い。前日の『サランドラ』と『ランボー』を観ていると、『ジャッジ・ドレッド』がなぜか光り輝いて見えます。信じられないことに。劇場公開時に観た時は、面白くないと思いましたが、私が間違っておりました。いや、間違ってないかもしれませんが、価値なんて簡単に変わるものだとドレッドさんに教えられました
 食人一家も、初見時には物語的に時間の無駄でしかないと思いましたが、『サランドラ』と『ランボー』を続けて観た翌日となると、居心地が良かった。絶妙な作品配置ですね。
 爆音上映との相性も抜群。オープニングが歓喜してしまうくらい、カッコイイ!!!!! 爆音によって、物っ凄い期待感を煽るオープニングに変化していました。

 『復讐 運命の訪問者』は、普通。
 爆音上映に適しているとは思えませんでした。台詞が聴き取り辛かった。
 高橋洋さんによる脚本ですから、その後の黒沢清監督作品よりもちゃんとした物語と展開を見せます。ただ、黒沢監督と高橋さんの脚本は、相性は悪くありませんが、最高の組み合わせではないと思います。<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>には合った内容だと思いますが。

 『アメリカン・バイオレンス』は、アメリカって恐い国だなぁ、と思わされる作品です。『悪魔のいけにえ』や『サランドラ』が生まれる国ですから、やはり頭のピントが外れた方々も多いようです。
 自由と愛と希望。それが頭のピントが外れた方にまで平等に与えられると、大変な事態が巻き起こされる、という現実的なお話が満載。『アメリカン・バイオレンス』鑑賞前後にマイケル・サンデルさんの『これからの「正義」の話をしよう』を読むと面白さが少し増すかも。
 爆音上映の効果は殆どなし。ジョン・レノンさんの「Imagine」が感動的に聴けたのは良かったかも。ま、強引に感動作としてまとめようとしただけの使い方ですけど、それが良いのです。

 『メキシコ麻薬戦争 8マーダーズ・ア・デイ』は、メキシコってもっと恐い国だなぁ、と思わされる作品です。
 物凄い大変な内容で、作品です。身の危険を顧みずに作ったのだと思います。監督の命が心配になるくらいの恐ろしい現実が描かれています。麻薬組織により、毎日8人は殺人事件が発生しているそうです。年で3000人くらい殺されているとか。
 タイムリーなことに、<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>の開始前にCNNニュースでこんなのがありました。
 CNN.co.jp→歩道橋に惨殺遺体、ネットで犯罪糾弾の見せしめか
 上記リンク先から抜粋。

 麻薬組織による暴力犯罪が絶えないメキシコ国境の町で、若い男女がインターネットの交流サイトで組織犯罪を糾弾していたことを理由に惨殺され、歩道橋に遺体をさらされる事件が起きた。
 遺体は米国と国境を接するメキシコ北東部ヌエボラレドの歩道橋で13日に見つかった。女性は腹部を切り裂かれて臓器がはみ出た状態で、手足を縛られ歩道橋からつるされていた。隣には両手を縛られてつり下げられた血まみれの男性の遺体があり、右肩に骨がのぞくほどの深い傷を負っていた。
 2人は20代とみられ、耳や指を切断されるなど拷問されたような痕跡があった。インターネットの交流サイトで麻薬組織を批判したという理由で殺害されたとみられる。遺体の近くにあった張り紙には「インターネットにおかしなことを書き込むやつはみな同じ目に遭うだろう」などと書かれ、麻薬絡みの犯罪を告発していたブログやフォーラムが名指しされていた。

このニュースを知っていましたから、真実味も倍増。作品の最後に「この事実を広めて下さい」とありましたが、この事件は牽制でしょうか? こんなニュースを見た後では、恐ろしくて広めることなんてできませんよ!
 とっても面白い内容でしたが、映画としては全く面白くありませんでした。同じ内容の本があれば、映画の方は観る価値なし。『メキシコ麻薬戦争 8マーダーズ・ア・デイ』を撮ったチャーリー・ミン監督は、<カナザワ映画祭2008 フィルマゲドン>で上映された『消えた少女たち』も撮っており、私はその『消えた少女たち』も全く面白くありませんでした(途中で寝た)。ネタは良いし、真面目な監督なのでしょうけど……ドキュメンタリー作家としては巧くないと思います。

 3日目は結局、『ジャッジ・ドレッド』の日でしたね。ドレッドさんがドカンと座っていて、『アメリカン・バイオレンス』がいる。そんな日。『炎/628』も観ておけば良かった、と少し後悔。
 観客数は、まあまあ。どの作品にも2列以上の行列が出来ていました。盛況は盛況でしたが、『ジャッジ・ドレッド』以降は、楽しさがズンズン下がった日でもありました。『復讐 運命の訪問者』も『アメリカン・バイオレンス』も面白いのですが、『メキシコ麻薬戦争 8マーダーズ・ア・デイ』が台無しにしましたね。
 普通の一日でした。『ジャッジ・ドレッド』以外、ウトウトするか寝るかしましたし……

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2011-09-21

『へんげ』は、スタイルを凌駕する

 <カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>にて爆音上映された『へんげ』は、期待通りどころか、期待を遥かに超えてそのまま大気圏突入する勢いの作品でした

 『へんげ』は、強いていえば「怪奇映画」です。とても贅沢な「怪奇映画」で、簡単な印象だけを並べると、

黒沢清監督の『降霊』みたいな雰囲気で始まり、
心霊ホラーかと思えば怪奇の正体は塚本晋也監督の『鉄男』のようで、
その後は『ポゼッション』や『ベイビー・ブラッド』みたいに展開し、
どう着地するのかわからなくなった結果、
大魔神』というか『鉄人28号』的な結末を迎え、
そんな作品をジョン・カーペンター監督のような音楽が彩り、
ジェリー・ゴールドスミスさんのようなエンディング曲に、
ゴジラ』のような咆哮が鳴り響いて終わる

そんな感じの作品です。いや、本当に。かなりネタバレしました。
 既視感ありまくりな作品ですし、パーツの寄せ集め的な物語のため細部が殆どありません。しかし、その組み合わせが絶妙であり、1時間に満たない上映時間で一気呵成に展開させているため、疑問を抱く暇もありません。最後には、トンデモ展開に笑っていたのに、笑いやら驚きやらを超越し、感動に包まれます

 演出は、突飛な物語の割に普通です。それが悪いってんじゃなく、普通だからこそ、クライマックスで驚かされるのです。予算の都合か、基本的に物語は主人公夫婦の自宅内で展開します(実はスタッフの自宅を使っていたり)。屋外に出ても、住宅地の通りか、地下道みたいな所ばかり。閉塞感が強く、主人公夫婦の鬱屈とした雰囲気が表れています。クライマックスは、その鬱屈をぶち壊すわけです。
 怪物は欲望の具現化ですから、あのクライマックスにも監督の欲望が表れているのでしょうか? 「今の日本の政治に我慢ならん! ぶっ壊れてしまえばいいんだ!」とか。その巨大さと乱暴さから、かなりのお怒り具合と推察します。東日本大震災後の閉塞感に覆われた日本の“空気”をもぶち壊す勢いです。しかし奥さんには従順。肉体の変化だけでなく、関係性の変化や価値観の変化も。

 自主制作映画は、そのショボサゆえに「好意的に見る」をしなければ心底から楽しめなかったりすることが多いのですが、爆音上映が魅力を底上げどころでないくらいに底上し、『へんげ』を下手なメジャー作品では敵わないくらいの面白い作品として観ることができました。予想外に音楽が良く、カーペンター監督の音楽を彷彿とさせました。爆音上映がそれを観客の肉体へと直に叩き付ける! 何でもない音まで大迫力! 「ガン! ズガンッ!」て大きな音が鳴っているから何事かと思えば、台所でキャベツを刻んでいる場面だったり。ビックリしました。
 爆音上映が魅力を底上げするといはいえ、どんな作品でも良くなるわけじゃありませんから、これはやはり作品にちゃんと魅力があるってことです。過去の色んな名作から連なる演出、極端すぎるくらいの起承転結な展開、手抜きのない特撮。

 できることを全力で行ったからといって『へんげ』ができるとは思いません。メジャー作品を観てもそれはわかります。努力したからといって素晴らしい結果が待っているわけじゃないのです。才能は必要不可欠です。『へんげ』に於ける大畑創監督には確かな才能があると思います。
 しかし、もしかしたら、大畑監督が最高の輝きを見せるのは『へんげ』で終わるかもしれません。才能溢れる監督がメジャーで撮ったら凡作ばかり、なんてのは良くあることです。制約の少ないインディーズ映画や自主制作映画でこそ、真の輝きを放つかもしれません。『へんげ』も上映時間が1時間内だから面白いのです(細かいこと無視できるし)。
 『へんげ』は全国公開されるべき作品です。ただし、爆音上映で。いや、通常上映だと、もしかしたら大したことがないと思われるような……いやいや、それが通常上映だとしても、絶対に観るべきです。観なきゃ損します!
 映画の楽しみは「見られないものを観る」ことにあると思いますので、『へんげ』はその条件を十分に満たしています。『へんげ』を観ていない方に、「心霊ホラーみたいに始まって『大魔神』で終わる映画」とか簡単に説明してみて下さい。絶対に「何だそりゃ!? 観てみたい!」と思われるでしょう。そう考えると反則気味の作品かもしれませんが。
 大畑監督が有名監督へと出世した暁には、『へんげ』は大畑監督の原石の1つとして必見の作品になるのだと思います。クライマックス、奥さんが旦那さんに「行けぇーっ!!!!!」と泣きながら絶叫する瞬間のカタルシスは、今全国公開されている『世界侵略:ロサンゼルス決戦』を軽ぅ~く凌駕します。その「行けぇーっ!!!!!」な感じ、大畑監督もこれから巨大化するのかも。その巨大化を見る前に『へんげ』は観ておくべきでしょう。「私はあの頃から大畑監督に才能あるって思ってんだよぉ~」と自慢できます。

 年内には都内で劇場公開されるそうです。

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tag : カナザワ映画祭

2011-09-18

<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>2日目

 9月17日――<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>の2日目でございます!
 17~19日の3日間は、21世紀美術館で爆音上映があり、その後は23日までシネモンドでの通常上映。相変わらずの濃いぃ~ラインナップでお財布と要相談しながら鑑賞作を選定しなければならないのですが、とりあえず外せないのは、『へんげ』と『先生を流産させる会』です。もしかしたら今回の映画祭で最も要注目な作品かもしれません。
 2日目に観たのは、『サランドラ』、『ランボー』、『レストレポ』、『へんげ』、『先生を流産させる会』の5本。

 『サランドラ』は正直、全く期待してませんでした。子供の頃に初めて観た時からショボイと思ってましたから。「全米で上映中止」という惹句にどれだけ子供心が煽られたのかと。当時は「上映中止」や「ショック死」が宣伝文句として大人気でしたね。実際はそんな作品の殆どがショボイので、こーやって映画は宣伝するんだなぁ、と学んだ最初の作品です。東宝東和はホントにもう。「ジョギリショック!」とかさぁ。
 しかし、爆音上映のお陰もあり、とても素晴らしい作品として観ることができました。この時代の作品ならではの殺伐とした感じは、なかなか今では真似できませんね。田舎は嫌だなぁ、と思わせてくれるテンションの違いがとても良く出ています(都会もんの嫌ぁ~な感じも)。爆音上映がその嫌悪感を倍増させていて、本当に素晴らしい。もうね、作品そのものが金切り声です。
 アレクサンドル・アジャ監督のリメイク版『ヒルズ・ハヴ・アイズ』の方が、テンポ良く展開するアクション残酷映画としてリメイクしだけはあり、映画としては『サランドラ』より遥かに出来が良く面白いと思いますが、爆音で観るならやはり『サランドラ』ですね。金切り声になる作品なんて、最近は全くありません。

 『ランボー』の爆音上映は凄かった! 本当に、す・ご・か・っ・た!! 地響きする爆発場面とか!
 とにかく爆音上映に最適の作品でした。<カナザワ映画祭>の爆音上映にて鑑賞すると、作品の知らなかった魅力を味わえます。『ランボー』はその点、特に新しい魅力が引き出されることはないのですが(つまり元々、大きな音向けの映画だから)、劇場公開時の音響設備や一般家庭の音響設備が爆音上映とでは比較にならないくらいの差が開いているため、爆音上映で『ランボー』を楽しめることの幸せといったら、陶酔ですよ! ジェリー・ゴールドスミスさんの音楽が緊迫感を向上させますし、テーマ曲は主人公ランボーのことを想わせて泣かせます。
 原題は「どっちが先に仕掛けた」という意味があって、同時期のチャールズ・ブロンソンさん主演『デス・ハント』と似ているわけですが、『ランボー』との大きな違いは、最後の慟哭でしょう。シルヴェスター・スタローンさんの名演技! 単なるアクション映画との違いは、田舎の閉鎖性による事件が、国家の問題へと繋がり、そしてそれが個人の慟哭からなるところです。何も喋らない男は、それ故に無敵の強さを誇り、しかし最後に泣き言をいう。感情を爆発させる。この爆発は、それまでにあった爆発場面よりも大きい。観客の心の中でも爆発するのです。今観るとアクション映画としては寂しい限りですが、この爆発がある故に、いつまで経っても色褪せない、どんな時代にも通用する作品です。何十回と観ているのに、最後に泣けましたから。主題歌である「It's A Long Road」がまた涙を誘うのよ!
 それにしても、『サランドラ』と『ランボー』を一緒に観られるのは凄いことです。結局はどちらも野蛮人同士の戦いですからね……

 『レストレポ』は……申し訳ないのですが、寝ました。ダラダラした画面に早い時点で飽き、終始ウトウトしていて、気付いたら終わりました。撮られている物事は過酷なのに、映っている画面は間延びしていて……ためになるドキュメンタリーは多くありますが、面白いドキュメンタリーって少ないと思うのですよ。

 期待していた『へんげ』と『先生を流産させる会』は、期待を裏切る素晴らしさと凄さで、これで自主制作ってんだから、凡百の商業映画は反省しなければなりません。
 『へんげ』は、自主制作ならではのトンデモなさで、とにかく驚かされました。内容に制約のない自主制作だからこその自由な展開は、明らかに安っぽい画面がむしろ効果的に見えるくらい飛躍に満ちており、「そこまでやるか!?」と誰もが驚く結末も必然と思えます。必見です。
 『先生を流産させる会』は、これまた自主制作ならではの主題を使い、しかし商業作品としても普通に通用する――というか商業映画にしか思えない完成度。ここは『へんげ』と違うところ。『へんげ』は、明らかに自主制作とわかるやり過ぎ感があり、そこが魅力ですが、『先生を流産させる会』は少し違います。一歩間違うと下品にしかならないギリギリの品性を行ったり来たりし、いつでも商業作品として成立する準備が整っている。つまり、儲けられる。題名で大損していますけれど……題名あっての作品ですから、何とかこのまま全国で一般公開してもらいたいものですね。

 2日目は、『ランボー』以上に『アンディ・ウォーホルのBAD』が5列の長い行列が出来ており、「え、何で!?」と驚かされました。皆さん、内容知ってて並んでいたのか……不思議でした。21世紀美術館だけに、ウォーホルさん効果でしょうか? しかし、『へんげ』&『先生を流産させる会』はそれを上回る客数でした。座席数が足りず、スクリーン前に設置されている爆音上映用のスピーカーの直前にまで折り畳み椅子がたくさん並べられ(4列くらい)、それでも足りずに立ち見客が出るくらいの大盛況。今までの<カナザワ映画祭>で最も客数が多かったのではないでしょうか。
 大満足の一日でした。

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tag : カナザワ映画祭

2011-09-17

カランバる今年の<カナザワ映画祭>

 9月16日20時――遂に始まりました、<カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ>!
 まずは『カランバ』の野外上映!
 腕千切り場面と落下死の場面で有名な残酷ドキュメンタリー映画。私が小学生の頃、憧れの作品でした。いやー、観たくても観に行けなくてねぇ。
 どんな感じの作品かを簡単に説明するならば、
 残 酷
  ↓
 エ ロ
  ↓
 癒 し

これの繰り返し(順不同)。血生臭い場面があり、うわぁ、と目を背けると、エロっちい場面があり、おおう、と思って生唾ごっくんすると、ほのぼのとした癒し場面があり、心安らかになったら、また血生臭い場面が。

 残酷な場面は、殆どが獣同士の殺し合い。あ、もちろん人間も獣としてカウントしております。獣同士の殺し合いですから、弱肉強食の食物連鎖ですから、自然の摂理ですから、とっても健康的。
 エロっちい場面は、女性のオッパイぷるーんが殆ど。獣同士の乳繰り合いはなし。あ、女性のオッパイばかりじゃありません。男性のオッパイだって大盤振る舞いされてますし、男性の生ケツだって見られます。エアロビクスに興じるレオタード姿の女性群が腰を怪しくくねらす場面が長々続いたりもします。エロビクスです。男女問わずのサービス場面ですから、とっても健康的。
 癒し場面は、普段は獰猛な獣といえども可愛いところはありますので、その愛らしさをアピール。野生的な人間の理性的な愛護精神なぞを映し、そう、人間は共存できるのだ! と世界平和をアピール。これまた健康的。
 で、結論として、でも人間って残酷ね、という話でございます。

 子供の頃は憧れの作品でしたが、今観るとさすがにショボイ。正直、観ている最中に飽きて何度も欠伸が出ました。しかしそれでも『カランバ』のような「残酷ドキュメンタリー映画」の素晴らしいところは、恐いものを恐く映していないところでしょう。
 恐い映画は普通、恐い場面を恐く撮ります。恐がらせようとするのですから当然です。しかし残酷ドキュメンタリー映画は、ただ撮っているだけですから、演出的な恐がらせがありません(いや、もちろん演出してるけど)。人が死んだり殺されたりする場面も、素通りするような感じに映っております。つまり、普段着のような死なのです。これが素晴らしい。昨今、この手の「普段着のような死」はなかなか見られなくなりました。唯一、スティーヴン・スピルバーグ監督がその第一人者として頑張っておりますが。

 スピルバーグ監督といえば、『カランバ』にも『プライベート・ライアン』の冒頭みたいな血の海な場面があり、それは昨年に話題となった、和歌山県のイルカ漁を撮った『ザ・コーヴ』と同様の場面でした。『カランバ』にそんな場面があったの、覚えてませんでした。
 『カランバ』は残酷ドキュメンタリー映画ですから、その中に置かれたイルカ漁の場面は、『ザ・コーヴ』とは比較にならんくらい野蛮で残酷な印象を与えます。だってですよ、野生動物の食い争いやら人間同士の殺し合いやらエロやらが雑然と並んでいる中にイルカ漁を行う方々の映像があれば、しかもその場面の前にはクジラやイルカの愛らしい癒し映像があればですよ、否応なく「何て日本人は原始的で野蛮で残酷な人種なんだ!」という点が強調されます。『ザ・コーヴ』であんなに大騒ぎしたのがアホみたいです。30年近く前、イルカ漁は既に全国公開されていた! つっても、1分程度の場面で、さっさと次のネタへと移りますけど。今観ると衝撃的なネタですが、子供の頃はとにかく腕千切り場面が見たくて見たくて、いつまで経っても登場しないことにイライラしたことを覚えています。ああん? イルカ漁? んなもんどーでもいーからさっさと腕千切れろっ! そんな感じ。

 あと、猿に生活の援助をしてもらっている半身不随で車椅子生活をしている女性の話、ジョージ・A・ロメロ監督の『モンキー・シャイン』を想い出しました。世間的には駄作扱いですけど、『モンキー・シャイン』大好きです。『モンキー・シャイン』を観たのも子供の頃で、『カランバ』はその前に観ていたのに、やはり覚えおらず。あの女性、猿と愛情を交わし、その後に殺し合いに発展するんですよ。間違いないです。来月公開される『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』みたいな話が『カランバ』には入っていたのです!

 あとあと、『カランバ』は音楽が素晴らしい! 十年くらい前のモンド・ブームの頃、この手のイタリア~んなモンド映画のサントラを必死に探しておりました。『カランバ』のサントラも探しましたが、見つかりませんでした(というか出てない)。物凄く音楽が印象的だったことを覚えていましたので、ひっさしぶりに観て、ああ、やはり音楽が良いなぁ、と改めて思いました。特に海にて不法移民の葬儀を行う場面のトランペットの響き! 爆笑してしまう程、切ない泣きのメロディ! すっばらしい!!
 音楽担当は、ダニエル・パトゥッキさんで、他には『シャーク!』とか『猛獣大脱走』とか『ウイニングラン』とかのモンドな残酷映画に泣きのメロディとディスコなリズムで彩りを加えています。偏った方ですな。でも、本当に素晴らしいです。
 サントラ欲しいなぁ。

 うーん……ショボイとかいったけど、よく考えると、『カランバ』は凄かった! ということです。

 上映は、雨が降っていたので一時は屋外上映を危ぶんでいましたが、上映開始直前に雨が止み、上映終了まで降りませんでした(終了直後に土砂降りになった!)。幸先が良い!
 観客数も200人くらいはおり、盛況!
 翌日の朝刊(北國新聞)に記事が載っていました。

野外上映に300人
 かなざわ映画の会の「カナザワ映画祭2011 フィルマゲドンⅡ」(本社後援)は16日、開幕し、長町1丁目の香林坊にぎわい広場で野外上映が行われた。街中に登場した一夜限りの「映画館」に全国から約300人が詰め掛けた。
 5回目となる映画祭の幕開けを飾ったのは、1983(昭和58)年のイタリア映画「カランバ」で、観客はヨーローッパ各地で話題となった作品を楽しんだ。



 さあ、本日から本格的に映画祭が開始でございます。とりあえず私はチケットを3回券×7枚買いました。買いましたが、それだけ観られるのか、それでも足りないのか、よく考えておりません。とりあえず本日は『サランドラ』から――

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2011-09-13

忘却の彼方から・2

 私にとって、今年の<WIRE>には、特別な意味が2つありました。
 まずは、東日本大震災。良い意味でも悪い意味でも日本が一つになった、神様が――いたとして――起こした迷惑極まりない、激大イベントです。
 もう一つは、知人の死です。<WIRE>に遊びに行く直前に、知人の死を知りました。死を知ったのが<WIRE>前で、死の“形”を知ったのが<WIRE>後です。
 両者共に、「踊ってていーのか」という疑問が湧き起こりました。大震災の発生時期が夏であれば、<WIRE>は開催できなかったでしょう。「遊んでいる場合か!」と怒られます。最初、今年の<WIRE>は開催されないな、と思いましたからね。開催されて良かったです。
 「遊んでいる場合か!」という怒りにも似た疑問には、「遊んでいる場合だ!」と返します。こちとらただ遊んでんじゃねーんだ! 考えながら踊ってんだよ!

 以前から、それこそ<レインボー2000>のような野外レイヴの頃から、ダンスミュージックで踊ることには意味がありました。レイヴカルチャーそのものの反社会的な存在感と、逆に地域と密着してイベントを起こすという親和的な社会性です。屋内でも、クラブなんかは、今じゃ深夜から明け方まで遊ぶことは反社会的な行為となっています。そうでなくとも大きな音でみんなが集まって半狂乱になって踊り楽しむ姿は、反社会的です。「よさこい」なんかは好意的に招かれるのに、レイヴは反社会的で駄目。正直、意味がわかりません。ただ、「よさこい」は一体感を楽しむものですが、レイヴは違います。
 私にとって、ダンスミュージックを踊り楽しむことは、音楽による一体感の楽しみはありますが、それぞれの差異を楽しむことです。バラバラでいーのだ、という実感を得られたのが、ダンスミュージックで踊ることにハマった要因でした。
 クラブでもそうですが、大きな場所で行う屋外レイヴだと、踊り方やノリ方が他とは異なる方をたくさん見ることができます。たとえば四股をずっと踏んでいる方や、暗黒舞踏のように怪しく踊る方や、様々です。みんなで同じ方を向いて、みんなで同じ動きをする必要がない。当たり前のようで当たり前でない音楽の楽しみ方、それはダンスミュージックに出会わなければ知らなかったことです。

 <WIRE>でも、私はいつも差異を楽しみにしています。音楽による一体感と同時に、バラバラでいーのだ、という一体感。しかし、差異を認めない、みんなと違うということを笑ったりする、狭量な方もたくさんいます。そーゆー人がいると悲しくなります。悲しくなって、そーゆー人の前であばばばばばばぁーっとメチャクチャに踊ったりします。そーゆー人がそれでどっかへ去って行くと、はっはっはぁーと勝ち誇った気持ちになります。いい歳して何をやっておるのだ私は、とすぐに落ち込みますが。
 みんなと一緒が楽しいこともあれば、楽しくないこともある。みんなと一緒でないことを笑ったりすることは、楽しくない。
 しかし、イギリスの暴動なんかを見ると、「バラバラで一緒は素晴らしい」は幻想なのかもしれない、とも思います。差異があることは、時として大変なストレスを生むのかもしれない。クラス毎に別れているものは、重なり合わない方が幸せなのかもしれない。言葉の差異なんか関係ない、音楽の力だけで一体になれる素晴らしさも幻想なのかもしれない。セカンド・サマー・オブ・ラヴ以降、三度のサマー・オブ・ラヴが起こらないのは、やはりサマー・オブ・ラヴなんて思想は幻想だっただけなのかもしれない。差異を愛するなんて奇麗事いってたって、その裏では人種差別や戦争がなくなっていない。幻想を愛する者だけが、幻想を現実だと酔いしれているだけ。

 東日本大震災が発生し、不謹慎ながら私は一体感を感じました。まあ、みんなで一体とならなければどうにもならない大災害だったからですが、「こんな時こそ躍進のチャンス!」と思いました。
 みんなが助け合い、この難局を切り抜けようとしています。その反面、差別や醜い足の引っ張り合いもあります。無駄な善意による自粛活動。TVメディアの駄目っぷりに愕然としたり。
 しかし、一体感は必要であっても、「みんなで一緒」である必要はありません。「バラバラで一緒」が一番です。一緒である必要すらありませんが、バラバラでも一緒になれる余裕はあった方がいい。意見が対立し合う者同士でも大局的には一緒になれるような余裕がほしい。それには細部にこだわる必要がある。細部なしに大きくまとまり合うことはできません。結局、イギリスの暴動は細部がなかったのではないか、と思います。
 たとえば何かの運動活動に参加する高揚感にも似ているのではないかと。昔、『ゴーマニズム宣言』で小林よしのりさんが克明に描いたように、達成目的があって運動活動に参加していたのが、いつの間にか運動活動そのものを目的としてしまう。目的のない目的。日常のない日常。または、日常しかない日常。

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2011-09-06

忘却の彼方から

 楽しかった<WIRE11>の詳細な記憶が薄れる中、想い出しながら。

 今年は新横浜への到着が早く済んでいたので、入場も遅れることがありませんでした。<WIRE>ならではの入場時の興奮は相変わらずで、こもった音が横浜アリーナの入り口から漏れ聴こえ、もうそれだけで早くフロアに入って音を浴びたい欲求に駆られます。

 メイン・フロアの初っ端はシン・ニシムラさん。6年ぶりの出演で、その間には作品をいくつも発表していたため、満を持して、という感じです。しかし、プレイは普通。ドッカンドッカン盛り上がるわけでなく、盛り上がらないわけでもなく。少しずつフロアを暖める感じ。
 ニシムラさんのプレイにノりながら、メイン・フロアを散策。

 メイン・フロアは、事前告知の通り、天井からの下がり物が減り、公式サイトの説明いわく「お花がひらいたようなオブジェ」が複数設置されていたのですが、それが微妙な出来で、お花というよりは、ネギのようで……ちょっと失敗だったのではないかと。
 メイン・フロアに設置されたものは他にもう1つあり、それは観客席です。昨年まではステージはメイン・フロアの両端に2つ設置されており、今年はその一方をなくし、観客席を設けていました。ステージ部分がなくなっただけなので、フロアの広さはそのまま。3階の観客席だと、音が反響しまくって聴こえ、音を楽しめなかったのが、メイン・フロアに設置された観客席だと、音をそのまま楽しめる分、良かったと思いました。また、座席そのものが3階席のものより快適でした。疲れている時に3階席まで上がる必要が減っただけ、快適さが倍増し。来年も同様にしてもらいたいと思いました。
 ステージを減らしたからか、節電のためなのか、災害対策なのかわかりませんが、スピーカーの数が減っていたのは少し残念でした。その分、床に積み上げられたスピーカー前に陣取れば最高の低音を浴び続けることができましたが。

 ニシムラさんの次はタサカさんです。最近は作風が変わりつつあり、それはリカルド・ヴィラロボスのミニマル・ハウスな影響を強く感じさせる作風で、正直なところタサカさんらしくない、というのが私の感想です。しかし<WIRE>でのプレイは相変わらずのノリの良さで押し通していました。人によってはいきなりピークタイムが来たかのように踊っており、残りの時間は大丈夫なのかと、他人事ながら心配になるくらいのノリでした。
 私もいつもはここら辺でいきなり大はしゃぎしてしまい、後半は体力が尽きてフラフラになっていることが多かったので、今年は体力温存のため、大はしゃぎしないでおこうと、適度な踊りを。

 とか思っていたのに、次のダブファイアさんに狂喜! 凄く良かった!
 一頃昔、ディープ・デッシュといえば安定銘柄で、その片割れであるダブファイアさんがテクノ部門へと転向したら、これまた安定銘柄でした。音に隙間が多く、巨大な音響空間で響き渡ることが最適なのです。つまり、<WIRE>なんかにピッタリ!
 タサカさんの作風が~とかケチつけましたけど、私の趣味も今やミニマル、ハード・ミニマル、ディープ・ミニマル、ミニマル・ハウスとか表現されるような作品を好んでおり、とはいえノリノリなディスコなのも大好きなのですが、今一番好きなのはミニマル系であり、隙間の多い音であり、Djプレイでもそれは同じで、<WIRE11>で最も良かったのは結局、ダブファイアさんでした。
 ダブファイアさん終了で、<WIRE11>開始から4時間踊っていたことになり、ちょいと疲れたのと次のケン・イシイさんからは混みそうだったので、少し休憩。

 軽く食事をした後、セカンド・フロアの様子を見にいったら、特に混んでおらず、簡単に入場できたので入ってみたら、ダニエル・シュタインベルクのDjプレイ中でした。これまた良かった! 一昔前のタサカさんというか、TOBYさんがいたらTOBYさんがやってそうなプレイでした。つまり、陽気で、ノリノリ。いきなり「きゃりーぱみゅぱみゅ」を使ってもおかしくないDjプレイでした。<WIRE11>での最優秀陽気賞はシュタインベルクさんで決定です。

 その後に続くレインボウ・アラビアのライヴは、いきなりけたたましく鳴り響く打楽器の音に持ってかれました。Lcdサウンドシステムがやる「パンク版おどるポンポコリン」というか「パンク版佐渡おけさ」とでもいう音。おっもしろーいっ!
 しかし、その時間帯のメイン・フロアは石野卓球さんがDjプレイが始まる頃だったので、セカンド・フロはガッラガラ。踊り易くて良かったのですが、レインボウ・アラビアはちょっと寂しいと思ったのではないかと。曲を聴いたのは今回が初めてだったので、盤を早速買おうと決心させる面白さがあっただけに、観客数の少なさがもったいないと思いました。

 レインボウ・アラビアをたっぷり楽しんでからメイン・フロアに降りると、観客でびっしり。しかし、後方の観客席が空いていたので、そこに座って休憩しながら鑑賞。考えたら、卓球さんの音をメイン・フロアでちゃんと聴くのは十年ぶりくらいかもしれません。
 失礼ながら、<WIRE>での卓球さんのプレイはいつも大したことがないと思っています。何でこんなに面白くないのか、と不思議に思うくらい。焦らしプレイも面白くないし、選曲も面白くないし……ゆえに、いつも卓球さんの時間帯は休憩時間となっています。
 今年も特筆するようなプレイではなかったと思います。思いますが、最後に謎の曲を使っていたのが記憶に残りました。わざわざVjで字幕を表示させてまで使った曲です。字幕はこうです。

A RAY OF HOPE FOR YOU
A RAY OF HOPE FOR ME
A RYA OF HOPE FOR LIF
FOR EVERYONE

何のサンプルなのか、何の曲なのかさっぱりわからず、しかしその内容から、東日本大震災復興に絡んだ選曲なのだろう、と思いました。卓球さんはいつも“狙った曲”を必ず使います。昨年であればカガミさんの曲です。今年のもそうなのでしょう――が、誰の曲なのかわからず、卓球さんの新曲なのかと思って調べてみたら何のことはない、山下達郎さんの新譜から使ったようでした。山下達郎さんの曲なんて普段から全く聴いてないので、たぶん殆どの人は知っているのでしょうけど、私は全くわかりませんでした。正直、あまり大したことのない感じ……
 普通に盛り上がって普通に終わり、次のウエストバムさんに繋がります。

 何というか、相変わらずのウエストバムさんでした。派手で、ギュインギュインいってるプレイ。ロックだなぁ、と。
 その後のdOPまで休んで、フェリックス・クロヒャーさんが始まったので、嬉々としてフロアへ突入。
 しかし、イマイチ。ブレイクを作る際に必ず音量を下げるのに途中で飽きました。途中で立ち止まってしまいましたね。
 続くレディオ・スレイヴのプレイも何か単調で楽しめず。深い時間帯を様子伺いするように、とりあえずリズムにノって踊っていました。
 物凄く期待していた69もイマイチ。焦らしすぎプレイで、途中で飽きたので、田中フミヤさんの開始を待ってセカンド・フロアに移動。

 田中フミヤさんは、相変わらずでしたけど、ハードからミニマルへと転向しながらも、その確かなプレイにはブレがありません。個人的には昔より今の隙間の多い音のプレイが大好きです。さらにいえば、カラフト名義のミックスが大好きですね。
 最後まで片時も飽きることなく楽しめ、アンコールも長々とプレイし、万感の拍手に包まれてセカンド・フロア終了。まだ続いているメイン・フロアへ移動。

 <WIRE11>のトリは、レン・ファンキさん。トリですけど、普通。深夜帯に聴くと最高に良いプレイだと思うのですが、早朝のトリには向いていないような。最後もあっさり風味でした。

テーマ : 音楽のある生活
ジャンル : 音楽

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プロフィール

ばっどていすとさんどいっち

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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