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2009-04-30

『バーン・アフター・リーディング』は、神話級の馬鹿映画

 コーエン兄弟の『バーン・アフター・リーディング』を観た。噂に違わぬ、知的な馬鹿映画だ。
 はっきりいって、「スマステ」の「月イチゴロー」に於ける稲垣吾郎さんの、「コーエン兄弟だけに、独特な世界観、テンポ感がある。キャストも豪華だし、とにかくブラピのおバカぶりは見どころ。だけど、ストーリー的にはあんまり内容がないね」という評価は的確だった。

 手抜きといわれてもおかしくない物語を、テクニックだけで最後まで見せる、嫌味ったらしいコーエン兄弟の側面が存分に堪能できるブラック・コメディ映画。
 誰かの小さな勘違いとすれ違いが大問題に発展し、しかし世間的には何事もなく天下泰平である、と終わる。基本的にコーエン兄弟の映画はみんなそんな話ばっかりだ。庶民が悶え苦しむ様を茶化して撮る。シリアスな前作の『ノーカントリー』にしたって、基本は同じ。
 『バーン・アフター・リーディング』は、特に馬鹿度が向上して、何か意味があるようで全くない映画になっている。『ノーカントリー』の後に続けて観ると、『バーン・アフター・リーディング』も深読みしてしまいそうになるくらい、中身は空っぽ。スタイル先行型なのは、『ブラッド・シンプル』から今までずーっと同じだけど、『ノーカントリー』の成功で、遂に単なる「馬鹿騒ぎ」にすぎない『バーン・アフター・リーディング』までヒットさせることができた。
 しかし、考えたらコーエン兄弟って、何か明確なテーマを描いたことなんて一度もない。スタイルだけで今の評価を勝ち得た。ちゃんとした脚本ありきではあるけど、コーエン兄弟くらいそのスタイルが話題になる映画人はそういないだろう。自身の映画でなくとも、『ブラッド・シンプル』の前後には、サム・ライミ監督の『死霊のはらわた』や『XYZマーダーズ』にも関わっていて、それらもスタイル先行型で、かつ「馬鹿騒ぎ」の映画だ。一般的な評価が最も高いと思われる『ファーゴ』にしたって、「馬鹿騒ぎ」だ。基本的にコーエン兄弟は、「馬鹿騒ぎ」しか撮ってない。
 
 オープニングクレジットで主演俳優陣の名前が次々に表示される中、ブラッド・ピットさんはジョージ・クルーニーさんの次くらいに表示されるかと思いきや、なぜか最後だった。特別出演的な「and Brad Pitt」という扱い。なぜかと思ったら……最も美味しい役だから。『バーン・アフター・リーディング』の魅力の半分はピットさんでできている。
 ピットさん演じるフィットネスクラブの従業員は、『バーン・アフター・リーディング』の登場人物中、最も馬鹿だ。と同時に、純粋でもある。その純粋さは、『ノーカントリー』のシガーに近い。中心人物がいない『バーン・アフター・リーディング』で、物語の牽引役となっている。だから、ピットさんの「純粋な馬鹿」演技がなければ、『バーン・アフター・リーディング』の面白さは激減する。
 メチャクチャな物語は、ピットさんを中心に進み、崩壊する。メチャクチャさも崩壊も、綺麗な予定調和。最後も、身も蓋もない締めで終わる。神話のように、「神の意思を下す人物」を配置し、誰もが勘違いしているからこそわけがわからなくなり、一見したら複雑怪奇な出来事を、呆気なく幕切れさせる。物語を第三者に語らせる『ファーゴ』や『ノーカントリー』と同じやり方。
 神の視点で始まり、神の視点で終わる。神話的な枠組みで、中身が空っぽの、馬鹿映画だ。コーエン兄弟の自信の程が窺える、嫌味ったらしい映画だ。

 ところで、コーエン兄弟マニアであれば笑えるトリビア的なネタや、出演者の出演作にちなんだトリビア的なネタがあっちこっちに散らばっているけど、マニア以外にはどうでもいいネタばかり。たとえば、劇中に2回登場する『Coming Up Daisy』て映画のポスターには、原作コーマック・マッカーシー、監督サム・ライミと書かれている。もちろん、マッカーシーさんは『ノーカントリー』の原作者だし、ライミ監督は昔からの友達だ。「それに気付いたからどうした」としかいわれないネタで、気付いた本人も「だからどうした」としか思わないネタだ。

 また、予告編で流れていたエルボーの「Grounds for Divorce」が本編では使われていないのには「詐欺だ!」と思った。あの曲、好きなんだよね。雰囲気も合ってたし……巧く作られてたなぁ。くそう、予告編め!
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テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

tag : バーン・アフター・リーディング

2009-04-29

『おっぱいバレー』は、低脂肪牛乳みたいに薄味

 綾瀬はるかさん主演の『おっぱいバレー』を観た。
 題名から、笑い要素が8割の「おっぱいが見たいために頑張る男子中学生のスポ根もの」で、「おっぱいが見たい」を抜いたら大して工夫のない「スポ根もの」だろうと思ったら、本当にそのまんまだったけど、意外と「感動もの」でもあり、意外と面白かった。が……おっぱい成分が皆無なのはいけないと思いますっ!

 映画の出だしは、とても感動的。
 主人公の男子中学生5人組が自転車で走っている場面で始まる。主人公らは、「時速80Kmで走っている時の風圧を『握る』と、おっぱいの感触を味わえる」という迷信を実践していた。急勾配の長い坂道を全速力で駆け下り、風圧を「握る」。「この感触がおっぱい!?」と感動に打ち震え――自転車を制御できなくなり、坂の下へ――宙を舞う! まるで『E.T.』の名場面のように! 絶体絶命の場面で叫ぶ言葉はもちろん、おっぱーっい!
 ツカミは完璧。馬鹿映画だ。昔の東映子供映画の匂いがする。鈴木則文監督作品の、『伊賀野カバ丸』や『パンツの穴』に近いものを感じる。傑作の予感!

 しかし、綾瀬さんが登場すると、一気に映画のテンションが下がる。困ったことに、おっぱいの要である綾瀬さんが映画を盛り下げる要因になっている。
 「試合に勝てば、おっぱいを見せる」と約束したから頑張る。そんな話ならば、おっぱいを見せるか見せないかが重要な要素なのに、主演が綾瀬さんなので、「おっぱいを見せる」がないのは最初からわかりきっている。綾瀬さん演じる新任教師・寺嶋は、主人公らを叱咤激励する時、「私のおっぱいを見るために頑張りなさい!」という。どれだけ馬鹿な男子中学生だって、「綾瀬はるか」な教師が本当におっぱいを見せてくれるわけがないことくらい気付きそうなもんだ。寺嶋に絶対的な信頼感があるなら話は別だけど、新任教師だし、淫靡な雰囲気が漂ってるわけでもないから、おっぱいを易々と見せるようには見えない。
 それに、そもそも綾瀬さんにおっぱいな魅力がない。何で巨乳な人を採用しなかったんだろう。または、巨乳な特殊メイクを施さなかったんだろう。巨乳でないなら、おっぱいを強調した服装にしなかったんだろう。『おっぱいバレー』から想定されるあらゆる要素に綾瀬さんは全く当てはまらない。
 さらに、綾瀬さんの演技が下手だ。
 とにかく、綾瀬さんに「この人のおっぱいを見るためなら何でもしてやる!」という魅力が欠けている。その時点で失敗作と烙印を押してもいいと思う。

 それでもギリギリで面白いと思えるのは、主人公ら子供たちの存在のお陰だ。しかしそれも中途半端。
 主人公らは馬鹿っぽく描かれているんだけど、その程度が弱い。主要メンバーは5人いるのに、皆いまいちキャラ立ちしてない。ぱっと見で面白く思えるのは、この手の物語の定番である、太っちょと天パの子くらい。他はいてもいなくても構わない。たとえば『ウォーターボーイズ』なんかと比べると、その弱さは一目瞭然。
 何で主人公らがキャラ立ちしてないかというと、大人キャラの物語を作らないといけないから。寺嶋は、ちょっとしたトラウマを抱えていて、それが物語の鍵となっているんだけど、邪魔にもなっている。大人同士のドラマを描かないといけないから、そこに余計な時間を費やしている。大人の場面でいらない部分を削れば、20分は短くできる。この手の物語はもっとコンパクトにして、あっという間に終わるくらいで丁度良いと思うのに。
 また、感動要素の大半が綾瀬さんのトラウマ解消に費やされているのも駄目。もっともっと子供たちにスポットを当てるべきなのに、子供たちの描写は物っ凄いテキトー。主人公らには番長みたいな先輩がいて、それが竹内力さんみたいな人なので、その先輩を使えばもっと物語が盛り上がるのに、放置。主人公らのリーダー格の男の子には幼馴染の女の子がいて、それが可愛い娘なので、その娘を使えばもっと物語が盛り上がるのに、これまた放置。

 原作は読んでないので映画と比較できないんだけど、映画は映画として、おっぱいを見せるべき――ハッピーエンドにするべきだったと思う。『スマイル 聖夜の奇跡』を観た時にも思ったけど、やはりこの手のドラマはハッピーエンドにすべきだ。綾瀬さんがおっぱいを見せられないのなら、そこを何とか工夫するのが脚本家の仕事だろうに。別に、観客に見せろといってるわけじゃないんだから。主人公らが見られればそれでいーんだし。
 主人公らが大ピンチの時に服の上からでもおっぱいを触らせたら無敵に強くなるとか、変な必殺技を登場させるとか(腕の動きにおっぱいの動きを取り入れた「おっぱいサーブ」とか)、馬鹿っぽい映画を作るなら、徹底しろといいたい。
 広く浅く楽しんでもらおうと欲張った結果、『おっぱいバレー』は、何もかもが中途半端で浅く薄味な映画になった。もっともっと面白くできたのに、もったいない。

テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

tag : おっぱいバレー

2009-04-29

それでいいようです

 ゆるキャラな「地デジカ」でいいのかと思っていたら、瞬く間に民放連が騒ぐ事態に。「地デジカ」の擬人化がたくさん作られて、怒っているそうで。

未来検索ガジェット通信→“地デジカ” の無断美少女イラストに「断固として許さない」と民放連

 断固許さない、ってブログに掲載するくらいでそんなに怒らなくても。普及に貢献してくれていると判断して見逃せばいいのに。別に地デジの普及率に関係するとは思えないし。そもそも漫画絵のキャラクターを作った時点でこうなることは容易に想像できると思うのですけれど。
 裸族の人が降板したためにかかった費用と「地デジカ」のためにかかる費用の総額を公表すれば、「別にそれなら裸族の人でもいいんじゃない?」という人が多数だと思いますけど、「地デジカ」の選定はフジテレビの社内の公募で行ったそうです。

未来検索ガジェット通信→地デジカは即席キャラではなかった! 地デジカ誕生秘話が判明!
フジテレビ→民放連の地デジ普及のための新キャラクター「地デジカ」お披露目記者会見

 だとするなら、「地デジカ」にかかる費用は、裸族の人よりも安いってことなんでしょうか。だからやる気のないデザインなんでしょうか。練りに練って選定されたエリート鹿には見えません。
 記事にある通り、資料を見たくて「地デジカ」でググってみましたら、まずトップにくるのは、「地デジカ」絡みのニュース。次に、民放連の「地デジカ」サイト。全然すぐに出てこないぞ。しかたなく、「地デジカ 資料」でググってみましたら、今度はこんなのが。

Gigazine→SMAPの草なぎに代わる新しいキャラ「地デジカ」の二次創作禁止へ対抗して「chidejika.jp」登場

 何だそりゃ、と思って「http://chidejika.jp/」にいってみると、裸族化した「地デジカ」ならぬ「恥デジカ」が。 サイト内には、萌え「地デジカ」絵が満載のpixivへのリンクが張られている。
 URLを見ると、民放連のが「http://www.nab.or.jp/chidejika/」で、「恥デジカ」が「http://chidejika.jp/」。今のところ「地デジカ」でググっても「恥デジカ」がトップに現れることはありませんが、ドメインは「恥デジカ」の勝ち。そんでもって民放連は怒ってるわけですか。

 さすがは旧態然とした民放連、ネットを巧く使いこなせず、逆ギレに近い状態です。

テーマ : 気になるニュース
ジャンル : ニュース

2009-04-28

え、それでいいの?

 裸族問題でPRキャラ交代を余儀なくされた地デジですが、あっちゅー間に新キャラ誕生。

asahi.com→草なぎの後任発表“地デジカ”単独PRへ

 地デジ化=地デジカ=地デジ+鹿。
 ダジャレだよ。センスがオッサンすぎ……たくさんの候補の中から選んだんですよねぇ。で、これからTV放送用のCMを作って、ポスターも作って、グッズも作って……どんだけ費用がかかったのか発表してもらいたいもんです。たぶん、「地デジカ」の移行に伴う費用金額を一般国民が知ったなら、裸族の人で継続した方がいい、という声が高まると思うのですけれど。

 確かに裸族化問題は人類の進退を左右する大問題です。人類誕生から数えれば、服を着るようになった歴史なんて最近のことといえますが、それでも服を着る文化は世界的に見ても平均的なものです。しかし楽しくなると退化して裸族化するってんですから、DNAは服を着る文化を否定する要素が入っているのかもしれません。もしも裸族が増えるようであれば、間違いなく大問題になるでしょう。不況だけでなく、日本の文化問題です。

 しかし、だからといって、「地デジカ」はないでしょう。「ゆるキャラ」だそうですけど、急いで地デジを広めなければいけないってのに、「ゆるキャラ」はないんじゃないの? 怠けてそうですもん。

テーマ : 気になったニュース
ジャンル : ニュース

2009-04-26

真剣だとしても

 昨日。
 イーストウッド監督・主演の『グラン・トリノ』を観て、『チェンジリング』を超える素晴らしさに、思わず2回続けて観てしまい、ぼんやりとしながら帰宅すると、TVで『少林少女』が放映されている時間だったので、何となく観ました。
 どれだけ駄作であっても、製作に何億円も使っている以上、関わっている人々はそれぞれ良い結果を出すために頑張ったのでしょう。しかし、しかしですね、やはり最初っから本気で良い映画を作ろうと考えてなかったとしかいいようがないわけですよ『少林少女』は。『グラン・トリノ』と比較するのもおこがましいけど、『グラン・トリノ』の、何かを残そうとしている本気さの欠片も感じられません。シンチーさんも、いくら名前貸し程度のプロデユーサーとはいえ、汚点になることくらい考えてほしいものです。『ドラエボ』とか。

 チャンネルを変えると、SMAP香取慎吾さんが、司会を務めている「スマステ」の冒頭で、草剛さん裸族化の件について謝罪していました。まあ、しかたないかな、と思って何となく続けて見ていると、今回の「スマステ」は稲垣吾郎さんの「月イチゴロー」のコーナーがある。どんなラインナップか気になり、さらに続けて見ていると、『スラムドッグ$ミリオネア』、『グラン・トリノ』、『ミルク』、『レッドクリフ PartⅡ』、『バーン・アフター・リーディング』を取り上げており、順位もこの並び。私はその中で『グラン・トリノ』しか観ていないので、『グラン・トリノ』が1位ですけど。

 今日。
 新聞のTV欄を眺めていると、当然まだ草さんの件を扱っているワイドショー番組がいくつかありました。考えると、草さんは幸運です。もしも全裸になっている時、それが草さんであるとわかる人に発見されたなら、今頃ネットでは全裸画像や動画が飛び交っていたでしょう。そうならなかったのは幸いですよね。関係者一同、逮捕されたことより、画像や動画を撮られなかったことにホッとしたんじゃありませんかね。
 TV欄には、草さんの事件よりも多く、「世襲規制」問題も載っていました。ふぅ……何で本気でどうでもいいことを議論しているのか理解できません。そもそも「世襲議員」がなぜ悪いのか理解できません。庶民の苦労を知らないような政治家の子供が世の中を良くできるわけがない、とか思ってんでしょうか。実際、TVのワイドショー番組に出ている発言者には、そーゆーことをいっている人がいます。いや、別に苦労してなくても立派な政治家にはなれるでしょう。
 それに、「世襲議員」でなくとも、駄目な議員はたくさんいます。まあ、駄目議員に優先順位を付けたら、まず最初に外したいのは「世襲議員」になるのかもしれません。しかし、「世襲規制」をしたとしても、それで良い議員が集まるとは思えません。だって、駄目議員を当選させたのは国民なんですから。
 「世襲議員」に問題があるのなら、選挙で落とせばいいだけじゃないですか。「世襲規制」をする前に、国民1人1人が、ちゃんと候補者を見極めることが重要な筈です。その上で「世襲議員」が誕生するのであれば、そこには「世襲議員」を誕生させる利点があるんじゃないですかね。そこが政治格差に繋がる、という批判もあるのでしょうけど、政治を行う上で効率的(最初からリソースを独り占めできている)であることの全てが悪い方向に進むとは限らないと思うのです。
 また、規制することが悪いとも思いませんけど、マスコミが規制を騒ぐのは良くないな、と思いますね。特に最近は、「マスコミが世論を代表する」みたいな部分があり、気分が悪い。草さんの件でいうと、草さんが逮捕された当日、ジャニーズ事務所に集まった記者の1人が、「ちゃんとした会見を開かないと拙いんじゃないですか?」とジャニーズ事務所社長にいっていました。余計なお世話。いわれなくてもやるっつーの、普通は。

 『グラン・トリノ』は、『チェンジリング』と同様に、ハッピー・エンドじゃないけど、最後に希望の残る終わり方でした。ここ十年くらいのイーストウッド監督は、「後に何かを遺す」ということを考えた映画を作ってばかりです。『少林少女』が、後年まで残る価値があるとは思えません。今のマスコミが形成する世論も、同じ。「世襲規制」をすることで景気は良くならないし、今の子供たちにより良い社会を提供できるとも思えません。短期ばかりの話題を作ることより、中長期での話題作りを心がけてもらいたいものです。

 それにしても私、映画を観ている割に感想を作ってません。ブログの題名のところに「基本は映画」と記載しているのに、超手抜き。
 作ろうと思って作ってないのを2月くらいまで遡ると、『チェンジリング』、『オーストラリア』、『ワルキューレ』、『おっぱいバレー』、『フェイク・シティ』、『アンダーカヴァー』、『ザ・バンク』、『ベッドタイム・ストーリー』、『マーリー』などなど。遅れて作るかもしれません……

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

2009-04-25

鳩山総務相は実は草さん擁護

 結局、草剛さん裸族化に関する怒りの発言をした鳩山総務相は、不評を呼び、釈明することになったそうで。

スポーツ報知→鳩山総務相、草ナギ「最低人間」発言撤回、「最低最悪の行為」と言い換え…火に油?抗議やまず

 草さんの行動はトップアイドルとは思えない軽率なもので、罵倒されて当然ではあるけど、鳩山総務相の発言は、立場の責任の重さを考えれば、それを上回る軽率さ。ちゃんと考えずに反射で発言しちゃ駄目でしょ。「人間が人間を評価することはできない」といったらしいけど、そしたら裁判員制度なんて即刻廃止しなきゃいけないぞ。釈明ですら馬鹿発言満載とは、素晴らしすぎ。しかも、基本的には釈明していない。見苦しすぎ。頭の良い学校出ているのに、なぜ馬鹿な発言をしてしまうのか、生粋の馬鹿である私には不思議でならない。
 しかしまあ、そんな鳩山総務相のお陰で、草さんの評価の下落は止まったろうし、報道の何割かは「草容疑者」に言及するものから、鳩山総務相の発言に関するものへ変わったと思うので、もしかしたら鳩山総務相の発言は、とても高度な草さん擁護だったのかも。そう考えると、草ファンは、鳩山総務相に怒るどころか感謝しなきゃ。

 それにしても、記者は、草さんが地デジのCMに出てるからって、総務相にコメントを求めるなよ。最初っから軽率発言を期待していたんだろうな。石原都知事や舛添厚労相や橋本府知事にまでコメントを求めてる。

スポーツ報知→石原都知事、草ナギに同情…「少し騒ぎすぎ」
日テレNEWS24→舛添厚労相「ぜひ再起を」草なぎ容疑者逮捕
毎日jp→草なぎ剛さん:橋下知事が擁護「反省で許される行為」

 こーゆー下らん取材するなよ。「草容疑者」に関するコメントより、馬鹿みたいな「世襲論争」とか、叩くことは他にあるだろうが。
 巧く使えば「草容疑者」は消費向上に使えるけど、「世襲論争」は全く使えない。地デジのCMで「地デジにすると、みんな綺麗に鮮明に見えます」と草さんがいってたら、深読みのできる身を切った演出として評価されるでしょーが。真面目な人が多いんだなぁ。
 夏以降に公開する草さん主演の映画のCMやポスターまで自粛するってんだから(さすがにCD販売の自粛はしないようだけど)、何考えてんだろ。犯罪とはいえ、世間的には笑って許せるレベルなんだから、話題になっている間に利用すればいいのに。賠償金が高いとか、色んな理由からSMAP解散説も流れているようだけど、草さんの裸族化のために短期間で損するのと、解散して長期間で損するのとじゃ問題が全く違わないか? 少しでも消費効果のありそうな行動を取らないとは、今が不況であることを忘れてしまいそうになる。
 それを考えると、この裸になって何が悪いTシャツは仕事が速くて素晴らしい。見習うべきだ。

テーマ : 気になるニュース
ジャンル : ニュース

2009-04-24

『少林サッカー』はやっぱ面白いなぁ

 TVで『少林サッカー』を放映するというので、TVの前に鎮座ましましてご鑑賞しました。
 何度見ても面白く、爆笑できて、爆泣ける。テッシュが欠かせません。『カンフーハッスル』もメチャクチャ泣けたし、『ミラクル7号』に至っては、ぼたぼたと涙が溢れ流れ、襟元がぐっちゃぐちゃになったし、鼻水も垂れっ放しで、舌をワイパーのように動かして鼻水を舐めふき取ってたくらい。チャウ・シンチー監督作品には感動させられっ放しです。

 で、明日は『少林少女』を放映するの? 恥をさらすだけですよ? よくもまあ、あんな駄作を大傑作である『少林サッカー』の後日に放映できるもんだ。
 ま、映画館で観なかった(観る気がなかった)人は、いかに大駄作かを知るにTV放映はピッタリか。

テーマ : 映画関連ネタ
ジャンル : 映画

2009-04-24

『女装少年アンソロジー』はずるい

 スクエニから出ているガンガンコミックアンソロジー・シリーズの『女装少年アンソロジー』を購入。

 表紙がメッチャ可愛くて、困った。萌えな美少女の着替え姿(胸が見えそで見えない)が描かれているからどんな漫画なのかと思わず取ってみたら、題名に「女装少年」とあるじゃないですか。反射的に棚に戻してしまったよ。しかし結局、破壊力満点の表紙の可愛さに負けて買った。

 「女装少年」とある以上、主人公は皆、男の子。が、それは設定がそうなっているだけで、絵としてはどう見ても「萌え系美少女」なので、心の目で「男の子」とわかる台詞を全て無視すれば、普通に「萌え系美少女」が主人公の短編漫画集になる。無論、そんな見方してたら全く面白くないんだけど。
 兄が妹のメイドになる「ぼくは妹のメイドさん」は、ツルペタな美少女が何となくエロいサービスをしているだけの漫画(にしか見えない)。
 「プラナス・ガール1.5」は、ちょっと小悪魔な美少女(男)と男の友達以上恋愛未満な物語。30代以上の人には、『ストップ!!ひばりくん!』なんかを髣髴とさせる。
 「オトコの娘(コ)のアイドル☆アキラ」は、AKB48ならぬ、AK(アッカン)ベー48に唯一人、「オトコの娘(コ)」としてデビューした美少女(男)の物語。パンチラどころかパンモロだらけで、サービスシーンが満載。男だけど。
 などなど、他にも、姉妹に女装させられる話や、学校の先輩に女装させられる話や、少年漫画らしい少しだけエッチなサービスシーンが満載の漫画揃い。みんな男だけど。
 もしもこれが青年漫画や成人向け漫画だったら、直接的にエロい描写があったり(ち○ちんが描かれてたり)、明確にBL寄りだったりして(でも、BL的に女装は反則かな?)、初心者や耐性のない人にはとっつき辛いんだけど、『女装少年アンソロジー』は少年漫画だからそれがない。読もうと思えば、普通の萌え系美少女漫画として読める。
 だから、「女装少年」ものに手を出したい初心者は(そんな人がいるのか知らないけど)、この『女装少年アンソロジー』から始めるのが最適かも。そして、この『女装少年アンソロジー』が続き、それを買い続ければ、確実に新しい嗜好が芽生えること請け合いです。

 それにしても、スクエニはどーなってんだ? 攻撃的だなぁ。
女装少年アンソロジー (ガンガンコミックスアンソロジー)女装少年アンソロジー (ガンガンコミックスアンソロジー)
(2009/04/22)
スクウェア・エニックス

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テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

2009-04-24

うん、その通りだ

 SMAP草剛さんが裸族デビューの際に、「裸になって何が悪い」といったそうで。いやぁ、素晴らしい発言ですね。悪いどころか、むしろファンサービスになるから、大喜びされるかと。
 草ファンにしてみれば、何で通報者はその裸族っぷりの一部始終を撮ってないのかと、殺意が芽生えているのではなかろうか。前転とかしてたそうだし。凄いな、公園で全裸で前転って、どんなシチュエーションだよ。動画見たくてしかたない人がおびただしく存在する筈。
 で、まあ、当然ながら草さんが出演しているCMなんかが自粛の憂き目に。

毎日jp→草なぎ容疑者:CM中止など対応に追われる…起用の企業

 何なんでしょうね。裸族が出ているとイメージダウンに繋がるから、ってのはよーくわかるんだけど、本当にイメージダウンになるのかなぁ? 草さんをそのまま起用していたら、間違いなく苦情の電話やFAXがあるだろうけど、そんなのは無視しても構わない暇な馬鹿どもなんだし、この事なかれ主義はいい加減なくなってほしいもんです。
 むしろ、今こそ男性用下着なんかのCMに草さんを起用すべきでしょう。「裸族なのに気持ちいい!」とか、そんな。

 最もわけわかんないのが、鳩山総務相。凄い憤慨っぷり。

ITmediaNews→鳩山総務相、地デジキャラ・草なぎ容疑者逮捕に「最低の人間だ」

 「事実であれば、めちゃくちゃな怒りを感じている。なんでそんな者をイメージキャラクターに選んだのか。恥ずかしいし、最低の人間だ。絶対許さない」と大怒り。オモシロ発言量産マシーンは健在です。この人にはいわれたくないよねぇ。
 鳩山総務相の、ゆうちょ絡みの行動や発言の全てが無意味なのは周知の事実。東京中央郵便局の建て替えに反対したのだって、無意味どころか、馬鹿丸出し。あんなもんさっさと建て替えすりゃあいーのに、わけわからん。それこそ「なんであんな者を総務相に選んだのか。恥ずかしいし、最低の人間だ」といわれるべきでしょ。下らないパフォーマンスに夢中になって、何にも仕事できてないんだから。ま、そんなお方だからこそ、総務相になれたのか。

 草さんも遂に一皮むけたんだから、今後はもっとアダルトな演技派として役者としても頑張ってもらいたいものです。無理だろうけど。

テーマ : 気になるニュース
ジャンル : ニュース

2009-04-22

『ウォッチメン』と北朝鮮の何かの打ち上げ騒動

 『ウォッチメン』を観ていて想起されたのが、こないだの北朝鮮が何かを打ち上げた騒動

 日本は北朝鮮の行動に対して何を行ったか。迎撃体制の整備だった。もしもミサイルが日本に落ちそうだったら、迎撃したのかもしれない。その場合、もしかしたら戦争が始まったのかもしれない。あの一瞬、『気分はもう戦争』だった(日本と北朝鮮の冷戦というかバカ騒ぎ)。迎撃体制の整備に、政府は国民の支持を募っただろうか? 勝手に良かれと思ってやっていた。良かれと思って勝手に世界同時多発超大規模テロをしたオジマンディアスのように。

 『ウォッチメン』が内包している、いつの時代にも通用する問題は、間違いなく「いつの時代」にも通用するし、アメリカ以外の国にも通用する。それをこないだの「北朝鮮が何か打ち上げた騒動」で嫌という程に見せ付けられた。別に北朝鮮を持ち出さずとも、温暖化問題でもいいし、少年犯罪が増加している報道でもいい。危機に対して必要なコストと一般国民の便益を考えているのか怪しい。
 『ウォッチメン』では、オジマンディアスが起こした世界同時多発超大規模テロのせいで戦争なんてやってる場合じゃない、と戦争は回避されるけど、オジマンディアスがちゃんとコストベネフィットを考えているとは思えない。ただ単にDr.マンハッタンがアメリカから出れば全ては実際の歴史と同じになるし。まあ、だから『ウォッチメン』はニクソンを大統領とさせ、世界の危機が持続されるように設定したわけだけど。

 『ウォッチメン』ではヒーローものとして物語が作られているからとってもわかり易いけど、物語外に話を膨らませれば、とってもわかり辛いというか難しい話になってしまう。原作者のアラン・ムーアさんがそこまで考えているかどうかは知らないけど。
 ただ個人的には、どうせ子供っぽい空想に真剣に思考を巡らすなら、『すごい科学で守ります!』みたいにしたいと思う。

テーマ : 映画関連ネタ
ジャンル : 映画

2009-04-21

『ウォッチメン』は例えば江戸川コナンの存在意義問題のような

 ザック・スナイダー監督の『ウォッチメン』を観た。凄かった。が、「凄い映画」だったかというと、そうでもない。

 原作を読んだのは十年前くらいに出た邦訳だ。凄い漫画があったもんだ、と思った。が、内容はそんなに面白いと思えず、買って1ヶ月くらいで古本屋に売却した。買取金額は200円くらいだった。今から考えると、物凄くもったいないと大後悔。Amazonなんかじゃ今、2万円以上で売ってるんだから(こないだ再出版されたやつまで、高値になってて呆れる)。なので、内容の詳細を覚えていないため、新鮮な気持ちで観ることができ、楽しめた。
 物語は、世間では色々と難しそうなことをいってるけど、すっごく単純。「戦争が始まりそうな時に、簡単に国を滅ぼすことが可能な超人がいたら世界はどうなるか、またヒーローは役に立つのか?」というだけのもの。時系列をごっちゃにし、過剰すぎる演出で彩り、冗談なのか本気なのかわからない設定のためにわかり辛いけど、実は単純明快な物語。

 漫画やアニメの物語世界では、基本的にヒーローの存在は認められている。が、捻くれ者はヒーローの存在意義に疑問を抱いたりする。その疑問の発展形が『ダークナイト』や『ウォッチメン』などだ。
 ヒーローの存在意義に問題があるとすれば、それは「ヒーローがいるから犯罪が減らない」という「ヒーローもの」の基本構造にあるだろう。たとえば『名探偵コナン』では、どうして難解な連続殺人事件が必ず多発するのか? 江戸川コナンが殺人事件を呼び寄せているのじゃないか? 江戸川コナンが存在しなければ、多くの殺人事件は発生しなかったかもしれない。江戸川コナンは、得意気に事件を解決する前に、己の存在の不穏さに戦慄すべきではないか? 存在意義に悩むべきでは? もしも、江戸川コナンがキレて殺人鬼になったとしたら、捕まえられる者はいるのだろうか?
 ヒーローが自らの存在意義に疑問を抱いてしまうような世界では、そもそも根本的にヒーローは望まれていない。ヒーローの存在は「苦しい時の神頼み」扱いにすぎない。正義の味方は、争いの象徴でもあるわけだし。でも、ヒーローはそれを理解した上で存在している筈なので、普通は「自らの存在意義」なんてものに悩まない。従って、「望まれていない」の最終形態として、『ウォッチメン』は「キーン条例(ヒーロー廃止法)」という設定を設けた。それにより、ヒーローは明確に「望まれていない」を自覚することになる。
 ヒーローの悩みは、普通に考えれば、コストとリスクの問題でしかない。ので、『ウォッチメン』のような作品が考えるべき「現実的な問題」は、本来なら守られる側である一般人とのトレードオフの問題であるべきで、ヒーローの存在意義なんてどうでもよいことだ。
 優れている人は他人のために働くべき――これは普通のことだ。学校の先生、医者、政治家、公務員、官僚……優れた人は、周りの役に立つことをするのが社会全体の効率を考えれば当然のこと。たとえそれがヒーローという特殊な存在であっても。ヒーローが自らの存在意義に疑問を抱くということは、単に社会の成熟度が足りないだけのことでしかない。「監視者を監視するのは誰だ?」というテーマを持つ『ウォッチメン』は、現実社会の隠喩として見ることができる。

 とまあ、実際にそんな政治的社会的な内容なんだけど、映画の出来はクエンティン・タランティーノ監督作品っぽい。『パルプ・フィクション』みたい。狙っている安っぽさが同じなんだよね。
 漫画映画としては、ほぼ完璧。映像の強烈さゆえ、原作よりも一見のインパクトは大きい。内容はシニカルだけど、ヒーローたちの活躍場面の演出は凄くカッコイイ! 特に紅一点であるシルク・スペクター2世のアクション場面! 『デス・プルーフ』をものにしたタランティーノ監督なら駄目出しするだろうけど、ストレートの長髪がヴィダルサスーンのCMかと思わんばかりにキレイに弧を描いて動く様はバカ度溢れる素晴らしい演出だ。ま、アクションの演出そのものはパク・チャヌク監督の『オールド・ボーイ』の横移動のやつと同じだったけど。
 見応えはとってもある。内容もギュウギュウに詰め込まれている。アクションはふんだんにあるし、妙に残酷描写も無駄に頑張っている。面白いショットだらけなので、飽きない。オープニング・クレジットが最も良かった。『セブン』以来の衝撃――とまではいかないけど、CGをふんだんに使い、古めかしいアメコミを意識したカッコイイものだった。が、全体的には、原作通りという制約があるからか、躍動感のない仕上がりに。超大作な割りに、映画館で観るよりも、家で観た方がいいかもしれない。DVD(かBlue-Ray)で繰り返しながらじっくりと観た方がいい。
 また、既にピクサーが『ウォッチメン』を換骨奪胎した『Mr.インクレディブル』を作っているので、娯楽作品として楽しむならそっちの方が遥かに面白い。

 内容から『ウォッチメン』はカルト作品として残るかもしれないけど、それは原作ありきの評価にすぎないので、映画単体として見れば、凄いようで凄くない凡作止まりだろう。何より、製作費を俳優陣に割り振れなかったからか、『ダークナイト』でのジョーカーのような存在がいないのがいかん。全体のショットでは『ダークナイト』よりも遥かに『ウォッチメン』の方が優れているけど、歴史に残るのは『ダークナイト』の方だ。
 物凄く頑張っている映画、という印象以上の映画ではない。

テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

tag : ウォッチメン

2009-04-19

『いきなり☆ねこキック』『えむ×えす』『お兄ちゃんのこと~』で兄妹の三立て

 兄×妹のハアハア漫画を4冊購入。草野紅壱さんの『お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!!』、むつきつとむさんの『いきなり☆ねこキック』、さのたかよしさんの『えむ×えす』。疲れた時に最適です~。

 まず、話題になっている草野紅壱さんの『お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!!』の第1巻。帯に書かれた惹句からして「こっち見んな! こんのエロ兄貴がっ!!」と素晴らしい殺し文句。
 実は血の繋がりがない兄妹が、互いにハアハアするラブコメ(バカ度高し)漫画。兄が妹に欲情して大変な展開に――と思いきや、実は妹はそれを上回る兄ラヴで、兄をハアハアさせるためにパンツを見せるわ(3秒ルール(3秒だけ見せた後、「何見てんのよっ!」と怒鳴る)が設定されている)、風呂にスク水で入ってくるわ、時には風呂上りにバスタオルをわざと落として裸を見せつけるわ、兄がネットで集めているエロ画像に巨乳があれば貧乳に修正するわ、兄が買い集めているエロ本に妹成分が足らなければ捨ててしまうわ、兄の妹好きは妹による策略の結果であるという、尋常ならざる兄キチガイの妹漫画。兄が妹やエロに興味を持たなくなるや否や、妹は兄を本屋へ強制連行し、3万円分のエロ本を買い与えようとするくらいだ。
 兄キャラが霞んでしまうくらい、妹の変態っぷりは素敵だ。兄が妹を大好きで背徳的な恋愛ゆえに葛藤する漫画はよくあるし、実は血の繋がりがないとわかって安心する漫画もよくあるけど、「実の兄と禁断の一線を越える背徳的な恋愛ができない」ことを嘆き悲しみ、しかし、だとするならば、「兄とのキスも自然っ! 兄とのHも自然っ! 兄との結婚も自然っ!! 世の中素敵なことだらけだっ!!」と大興奮する妹キャラはそういない。兄が昔使っていた縦笛を舐め、今の自分より年下の頃のものだから、「年下のお兄ちゃんとキス……お姉さんが奪ってあげるわねっ!!」と妄想する錯乱ぶり。
 後半にはツインテールの幼なじみまで登場するテンプレ安心展開で、心安らかに読めます。今後も妹の変態妄想バカっぷりのさらなる加速に期待大の漫画ですな。
お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!! (1) (アクションコミックス)お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!! (1) (アクションコミックス)
(2009/04/11)
草野 紅壱

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 次に、むつきつとむさんの『いきなり☆ねこキック』の第1巻。これは弟×姉のパターンだし、ギャグ漫画でなく、ラブコメ漫画。ラブ味が強く、コメ味は少々
 弟が捨て猫を拾ってきたら、それは猫耳幼女(こう表記すると妖怪のようだな)で、そのおかげか、姉と弟の健全な関係がなぜか恋愛に発展する。姉は完全にツンデレ設定。しかも、メガネでツインで、委員長。料理が壊滅的に下手、という設定もあり。そんな(一部の好事家にとっての)素晴らしい設定キャラの姉は、当然の如く弟と血の繋がりがない。だからこそ安心してドキドキ展開を作れるわけで。
 まー、そんな姉と弟の気付きつつも目を背けている恋愛展開も良いのだけれど、ネコミミ幼女であるちゃろがなーんか可愛い。「みゃぐぅ~」と鳴いて懐く姿が。が、まだ隠している設定があるようで、陰のある表情が垣間見える場面もあり、最後まで可愛いままではいられない予感。涙、涙の別れが待ち受けているような。
 むつきさんの漫画は、無理な設定やギャグ設定でもシリアス展開を入れるので、登場人物に謎というか小出しにする設定があり、今のところは恋愛要素だけが見えるようで見えない展開。よくある表現を使えば、センシティヴな表現を好む作家だ。つまり、少女漫画の表現技術を多用している。絵柄は男子向けの明確な線で描かれているんだけど、効果は少女漫画的。「まんがタイムきららフォアード」で連載されている作品だけど、「花とゆめ」や「マーガレット」なんかに連載されていても物凄い違和感はないと思う。物語を引っ張る明確な主人公がいないのも、少女漫画的といえるかも。
 むつきさんは昔から絵はしっかりしているし、物語や展開を大きくは破綻させないので、今後も安心して物語に没入させてもらえるでしょう。ただし、何だかんだでテンプレ展開や設定を押さえてあるけど、シリアス要素が見え隠れする以上、ハッピーエンドにはならないかもしれないなぁ。そこが「花とゆめ」っぽい部分でもある。
いきなり☆ねこキック (1) (まんがタイムKRコミックス) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)いきなり☆ねこキック (1) (まんがタイムKRコミックス) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)
(2009/04/11)
むつき つとむ

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 最後の1つは、さのたかよしさんの『えむ×えす』の上下巻。これは……母×息子×妹、という親子丼パターン。なーのーで、成人指定マークはないけど、内容は成人指定漫画
 物語は大した設定なし。とりあえず、当然だけど(何が当然なのかと)、主人公と母&妹に血の繋がりがない。で、ある日、主人公が母とセックスしちゃって、それを兄ラヴの妹が見てしまい、母に負けじと妹も主人公とセックスしてしまう。で、今度はそれを母が見てしまい、家族関係が破綻してしまう。が、最後にはハーレムエンド。
 母親は、若く、典型的なドジっ娘で、口調が「なのよぅ~~~」と、語尾に「~」がたくさん続くような間延びした喋り方をする、のんびり屋さん。妹は兄ラヴなんだけど、一応は隠している(周囲にはバレバレ)。少しツンデレの才能あり。で、そんな2人と主人公はイチャイチャイチャイチャ。「禁断の恋愛」なんて言葉から連想されるような罪悪感は、皆無。多少は背徳的な雰囲気あり。
 さのさんは、昔からギャグ描写が巧い。何というか、ほのぼのと和ませるようなコメディっぽさ。いわゆる萌え系の作家と比べたら垢抜けてないけど、ちゃんとキャラが作れて、描けて、テンプレといえども連載を最後まで安心して読ませる作家だ。『えむ×えす』も、物語にオリジナリティは皆無だけど、ちゃんと最後まで読ませる。この手の作品は、登場人物のキャラ設定が織り成す雰囲気を最後まで破綻させることなく物語に組み込めれば問題なし。多くのエロ漫画家はそれができないんだから。そーゆー点でさのさんは巧い作家の1人だと思う。全体のバランスも良いし。
えむ×えす 上 (1) (GAコミックス)えむ×えす 上 (1) (GAコミックス)
(2009/03/25)
さの たかよし

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えむ×えす 下 (3) (GAコミックス)えむ×えす 下 (3) (GAコミックス)
(2009/04/16)
さの たかよし

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 さて、よく考えたら、上記の作家3人は、みんなエロ漫画出身ですな。現在進行形の人(草野さんとさのさん)と、そこから逸れてる人(むつきさん)の違いはあれど。最近は、そーゆー作家も遠慮なく一般紙で連載を持つようになってきているので、良いことです。エロ抜きでも面白い作家はたくさんいますからね。

テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

2009-04-16

今後に期待が持てる(?)キチガイドラマ『白い春』

 一昨日、阿部寛さん主演のドラマ『白い春』を見て衝撃を受けた。凄まじくキチガイな物語だったから。

 阿部さん演じるチンピラ・佐倉春男は、難病を患う恋人を助けるために、金目当てでヤクザの組長を殺し、報いとして刑務所暮らしを余儀なくされる。9年後にようやく出所すると、恋人は既に死んでいた。しかし、偶然の出会いで、恋人の娘と知らずに出会う。実はその娘、佐倉自身の実の娘でもあった。その事実を知るのはもう少し先の話なんだろうけど……
 阿部さんが元モデルとは思えない汚れ役で始まった『白い春』は、ありきたりの物語と演出に、ありきたりのテーマで作られている。テーマは、「究極の親子愛」だそうだ。惹句は、「血はつながっている。心はどうだ」だそうだ。

 元々、『白い春』を見たかったわけじゃない。映画『ザ・バンク』を観たら『ボーン・アルティメイタム』を想起したので、久しぶりに『ボーン・アルティメイタム』を見たくなり、DVDを見るためにTVを点けたら、『白い春』が映った。阿部さんが好きなので、ちょっとだけ見ようと思ったら、結局最後まで見てしまった。
 物語は、とってもつまんない。役者陣の演技は間延びしていて、引き込まれるものが全くない。が、阿部さんだけは良い(贔屓しているから)。なのに最後まで見てしまったのは、登場人物が皆頭オカシイから。
 まずは、吉高由里子さん演じる西田栞。素晴らしい不思議系女子。どっかのビルの屋上で、「みなさーん、しあわせですかー!」とか叫ぶ。頭オカシイよね。西田栞というキャラは、平凡が嫌で、他人と違うことがやりたいらしい。で、世の中のみんなも平凡が嫌なのにそこそこの幸せで満足しているのは自分に嘘を付いているんだ、とかぬかしやがる。余計なお世話だ。ま、「平凡が嫌」といってる奴は概ね超平凡人ですよ。「平凡が嫌」なんて平凡な発想が出る時点で終わってる。そもそも非凡な人は、平凡に憧れるもんだろ。単なる不思議系の常識知らず馬鹿女。
 西田栞に付きまとう無職男子が、遠藤雄弥さん演じる小島勇樹。これまた絵に描いたような馬鹿な若者。すっげ頭悪そう。
 『白い春』の売りである大橋のぞみさんがこれまた凄い常識知らずのクソ馬鹿ガキを演じている。恐ろしいことに電波系でもある。自分の不始末のせいで佐倉が逮捕されそうになっているのに、完全に他人事として無視。ポニョポニョいってる子は育ちが違うねぇ~。
 脇役も香ばしい。警官は佐倉が何も悪いことしてないのに、いきなり公務執行妨害で逮捕してしまう。とんでもない国家権力だ。
 とにかく、「最低の男」である佐倉晴男が最も常識的にも人間的にもマトモに見えるという、ヘンテコなドラマだ。

 「究極の親子愛」を描く気でいるらしいけど、私としては韓国映画『グエムル』を超えてからものをいえ、といいたい。実の娘を怪獣に殺され、しかしその娘が命と引き換えに守った男の子を我が子として受け入れる結末、あれには親子愛を超えた人間愛がある。あれを超えられるなら、「究極の親子愛」に少しは近付けるだろう。でも、『白い春』の初回放送を観る限りでは、それは絶対に無理だろう。むしろ、頭の悪い人たちの変なドラマが繰り広げられそう。
 あまりに変なドラマだったので、気になり続け、今日、誰が話を作っているのか調べてみたら、尾崎将也さんという人が脚本を担当している。履歴を見ると、結構有名なドラマを作ってる。それなのに……『白い春』は、テンプレな設定と台詞回しで、ヘンテコな人間物語を作っている。もしかしたら凄い人なのかも。
 来週の放送も楽しみだ。実際、予告篇を見る限りでは、来週も頭悪そう。

テーマ : ドラマ感想
ジャンル : テレビ・ラジオ

2009-04-13

『イエスマン』はとっても最高の凡作

 ジム・キャリーさん主演の『イエスマン “YES”は人生のパスワード』を観た。ジョン・ヒューズ監督作品のような、素晴らしく平凡な出来の映画だった。
 「素晴らしく平凡」は褒め言葉であって、貶しているわけじゃない。別のいい方をするなら、「最高の佳作」といえる。つまり、最初から映画史に残る傑作を撮ろうとしていない。鑑賞料金分を誰もが楽しめるように、確実性の高いものを目指して作られている。大爆笑することはないし、ロマンスでウットリすることはないし、感動的に泣くこともできないけど、まんべんなくその要素が混ざり、「まあまあ」の仕上がりになっている。「素晴らしく平凡」な「最高の佳作」だ。

 何に対しても否定的で後ろ向き人生の主人公が、何でもかんでも「イエス」と応えることを誓わせる変なセミナーの教えにハマり、人生を好転させる物語。後半には「イエス」で応え続けたために問題が発生するけど、最後は当然、スッキリさっぱりのハッピーエンド。
 キャリーさんはこーゆー物語の主人公が似合う。が、正直いって、アダム・サンドラーさんの方が絶対に似合うと思った。歌う場面が2箇所あるんだけど、ちょっとキャリーさんじゃ華がないんだよね。変顔対決の場面なんかは確実にキャリーさんの独壇場といえる名場面だけど。
 ヒロイン役のゾーイ・デシャネルさんは良かった。劇中に登場する「ミュンヒハウゼン症候群」という名前のバンドのリード・ヴォーカルとして歌声も披露している。その「ミュンヒハウゼン症候群」の曲が、よれっよれのオルタナなエレポップ――ドイツに山ほどいそうな下手くそ加減で、アメリカ人向けとは決して思えないような――で、個人的にかなりド真ん中。ちなみに「ミュンヒハウゼン症候群」て何のことか調べてみたら、「他人の関心を引くためになら何でもしてしまうような人」のことを指すらしい。なるほど、それがバンド名になっているのはピッタリだ。

 バンドが出てきて、そのバンド名が結構ちゃんと物語を示唆しているように、『イエスマン』は音楽が重要な役割を担っている。そこがヒューズ監督っぽい所以。
 まずは何よりもイールズでしょ。映画の音楽は、イールズのリーダーであることマーク・オリバー・エバレットさんが全面協力していて、エンド・クレジットを見ていると、イールズの曲だらけ。既存の曲をそのまま使っているものもあれば、映画用にインストにアレンジし直しているものもあり、イールズの映画といっても過言でない(エイミー・マンさんのPVと化していた『マグノリア』に近いものがある)。
 飛び降り自殺をしようとする男をキャリーさんが歌って止めさせる場面があって、そこで歌われるのは、サード・アイ・ブラインドの「Jumper」。誰も知らないよ、サード・アイ・ブラインドなんて。場面にピッタリすぎて、キャリーさんが映画用に書き下ろしたオリジナル曲かと思ってしまう。本当は感動的な歌詞なのに、爆笑間違いなし。が、私はここで「あー、この場面はキャリーさんよりもサンドラーさんの方が似合うなぁ」と思ってしまったのだけど。ちなみに飛び降りようとしているのは、『ブギー・ナイツ』に出てたルイス・ガスマンさん。そこだけのチョイ役だけど、強烈な印象を残すので、お得な役だ。
 そもそもジャーニーの曲で始まって終わるし、大袈裟ロックといえば主演は、キャリーさんでなく、ジャック・ブラックさんでも似合いそう。変顔もできるし、演技の幅も広いし(実際、最初はブラックさんが主演に考えられていた)。ちなみに使われているジャーニーの曲は、「Separate Ways」。題名通り、別れてしまう危機を歌った歌。男が主人公で、彼女と別れそうになっていて、2人はとても愛し合っていたのに道を違えてしまっただけなので、愛し合った日々を想い出して戻ってきてくれよぉー! と熱唱している歌。『イエスマン』の物語にピッタリなのだ。
 劇中で使われる曲に覚えがある人なら、物凄くウケることは間違いないんだけど、もったいないことに殆どの曲の歌詞が字幕にならないので、知らない人には単なるBGM扱いにしかならないだろう。演出として音楽が重要な位置付けになっているこの手の映画で、歌詞を字幕にしないのは、演出の意図を無視した行為で、最悪だと思う。本当に、もったいない。
 
 ウェルメイドなコメディ映画だと思われそうだけど、チョイ下品なギャグもあるので安心(?)できる。お婆ちゃんが、入れ歯を外してフェラチオしてくれるシークエンスなんか、キャリーさんの「何この快感!?」て表情と相まって、とても可笑しいし、その後の場面でそのお婆ちゃんが評判になってたりするのがまた可笑しい。
 終わり方も見事。テレンス・スタンプさんが好演している。
 キャリーさんは、「NOマン」だった頃の生気のない演技と「イエスマン」になってからの元気溢れすぎる演技とで、ちょっと大袈裟すぎる区分けをしていて、ぱっと見では構成が『マスク』と変わらないかもしれない。というか、「マスク」も被らないのに人間性がメチャクチャ変わったら、周囲の人々は嫌がるでしょーな。それでも、確かに、「イエス」で応え続けて人生が楽しそうなるのを見てると、観ている私まで「もう少し人生に冒険を与えて楽しんでみよう」という気にさせられる。いや、キャリーさんみたい変わったら人生終わりそうではあるけど。
 細かいことを無視しないと気になることがたくさんありすぎる無理のある物語ではあるけど、そこを気にさせない演出と、キャリーさんの元気演技で絶妙のバランスを維持し、音楽も良く、コメディもロマンスも人生訓(?)も楽しめて、元気まで貰える――本当に良い佳作だと思うんだけど、素晴らしく平凡なため、日本では絶対にヒットしない(アメリカではキャリーさん主演映画の久々のヒットだった)。もったいないなぁ。映画の鑑賞料金がもっと安くならないと、『イエスマン』のような見事な佳作のコメディは絶対にヒットしないだろうな。

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テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

tag : イエスマン

2009-04-12

ウチの猫様にようやく衣替えの時期が

 まんべんなく同棲中のスケスケ(オス猫)の尻尾の怪我が、ようやく良くなりつつある。

 相変わらず尻尾に着けた防護カバーと格闘――かじったり舐めたりして尻尾カバーを外そうと――するスケスケを見るに見かね、昨日、思い切って尻尾カバーを外してみたら、意外や殆ど尻尾を気にしなくなった。着けていた時は頻繁に尻尾カバーを気にしていたんだけど(時には半狂乱になって)、むしろそれが功を奏したのかもしれない。つまり、尻尾カバーのことが気になりすぎて、傷口のことがどうでもよくなったのかも。
 一晩明けた今日になっても、傷口を噛んだり舐めたりすることは全くない。傷口との戦いは長期戦になると思い、包帯や絆創膏を大量に買い込んであるんだけど、それは無駄になるかもしれない。嬉しいことに。

 現在、スケスケの尻尾は、尻尾カバーを着けたり外したりを繰り返すうちに毛がなくなり(ガムテープや絆創膏の粘着部分にくっ付いて抜けたり、ハサミで切ったりしたため)、ゴボウみたいな感じに。
sukesuke20090412c
 枯れ枝だ。昔はふっさふさだっただけに、寂しいものがある。

sukesuke20090412b
 しかし、新緑の季節を予感させる感じでもある。タンポポの綿帽子みたいな感じ。
 傷口をかじったりして怪我が悪化する可能性はまだあるので、決して気を抜くことはできないんだけど、少しはホッとしたなぁ。このまま無事にふっさふさに戻ってもらいたいものであるよ。

テーマ : 愛猫との日々
ジャンル : ペット

2009-04-10

iPodShuffleがお亡くなりに!

 今日、3年間使い続けてきたiPodShuffle(第2世代)を、トイレに入りながら聴いていたら、便器の中に落としてしまった……っ!

 ちゃっぽん。

 ……
 …………
 ………………

 はっ!
 一瞬のことで、呆然としてしまった。あわてて便器に手を突っ込んで取ろう――と思ったけど、便器の中に直に手を突っ込むのは躊躇われたので(『トレインスポッティング』のレントンの気分だ)、ボールペン2本を箸のようにしてiPodShuffleをつまみ上げた。すぐにトイレットペーパーに包んで、ブンブンと振り、水気を切って、拭きまくり(まだ用を足してなかったので、便まみれになることはなかった)、数時間放置。乾いた頃合を見計らって、動くか試してみたら……動いた! 水没に近い状態だったのに、凄いぞiPodShuffle!
 しかし、しばらく使い続けてみると、時々音が途切れる。一応、使えるんだけど、少し不安が残る。このまま使ってみようか止めようか少しだけ悩む。内部まで水浸しになっていた筈だから、今は大丈夫でも、後々に何か問題が生じるかもしれない(今も少し問題は生じているけど)……ちょっとばっちいし。

 で、結局、新しいのを買った。新しいiPodShuffleを。喋るやつを。悲しい結果から楽しいことへと転び、大喜び! ばかりではなかった。

 新iPodShuffleの良い点。
●大きさが小さい。第2世代のiPodShuffleのほぼ半分。
●それでいて容量が4GB。
●プレイリスト単位で曲を入れることが可能になった。

 逆に悪い点。
●操作性が悪い。ボタンがなく(さらなるダウンサイジングのために、本体から遂にボタンがなくなった)、操作は全てイヤホン・ケーブルに付いている小さなコントローラーで行うんだけど、これがかーなり使い辛い。音量の上げ下げはいいとして、再生・曲送り・曲戻しがとても押し辛い。何か壊しそう。
●新iPodShuffleの売りである「喋る」が、大したことない。いや、まあ、画面がないから、曲名とアーティスト名を読み上げてくれるのはありがたいといえばありがたい。特にテクノ――特にミニマル――なんかは、「どんつーどんつー」いってるだけだから、「誰の何て曲だっけ?」ということが多く、曲名とアーティスト名をいってくれるのはありがたい。が、なくても困らない。「うわっ、凄ぇ! これを待ち望んでいたんだよ!」というほどのありがたみはない。
●充電池の持ちが十時間に短縮された。
●クリップ部分が鏡面仕上げになっているのが気に入らない。指紋が付くのが気になって気になって。汗ばんでいる時に触ろうものなら、べったり指紋が付く。気になって、すぐに磨き上げてしまう。

 総合的に、新iPodShuffleは、微妙な出来といえる。さらに小さくなって大喜び、と手放しで絶賛できるものにはなっていない。ガジェットとしての面白さを提供するアップルの開発力はさすがだと思うけど……使っているうちに気にならなくなると思うけど……とにかくコントローラーの使い勝手が微妙すぎる。
 新商品好きなので、何だかんだで嬉しいんだけど、そもそも前iPodShuffleを便器の中に落としてなけりゃ出費することもなかったんだから、最終的にはやはり微妙な気分でございます。

テーマ : 頑張れ自分。
ジャンル : 日記

2009-04-07

お子様が安心して買える漫画雑誌『いちご』

 『月刊チャンピオンRED』増刊のエロ漫画雑誌『いちご』の最新号を購入。
 表紙は大人しいけど(駒都えーじさんらしく「はいてない」けど)、付録は大人向け
 付録その1。「おふろ」がテーマのイラスト集。当然、肌色だらけ。桃色の突起も隠すことなく。
 付録その2。綴じ込み大型ポスター。たかみちさんのは無難なんだけど、森山大輔さんのは……何といいますか、幼女のあられもない下着姿で、くっきり筋。
 『いちご』の対象年齢は何歳なのか、どっかにはっきりと明記してもらいたいものですな。

 さて、私のご贔屓漫画、おりもとみまなさんの『メイドいんジャパン』は相変わらず絶好調。
 今話の舞台は名古屋。名古屋弁では「熱い」ことを「ちんちん」というからか、初っ端から「ちんちん」を連呼! 「キンタマ」まで名古屋弁にあるとか思われてる。
 それに、名古屋の人々がみんな「みゃあみゃあ」「にゃあにゃあ」いってて、ゆえに名古屋の人々は皆ネコミミ! ターミネーターみたいな男まで、ネコミミ。だから帽子なんかもちゃんとネコミミ仕様になってる。
 また、名古屋といえば「みそだれ」だから、名古屋の人々は皆「みそだれ」を飲んでいる。「名古屋人の脳みそは赤みそだとか思ったみゃ? 名古屋人だって特別じゃない。普通に飲むだけみゃ。こっちは生まれた時からおっぱいがわりに吸ってんみゃ」という台詞まである。そもそも名古屋は、駅に降りた瞬間から「味噌くさい」らしいぞ。
 と、今話には名古屋差別が満載! 名古屋人は必読でしょう。
 他には、メイド学校ならぬ執事学園(男子校)なるものが登場する。そこの授業では「冬季チンオリンピック大会」なるものが開催中。オナニーの射精時の飛距離を競う。測定不能な射精距離を叩き出した金メダリストの指導によると、射精角度は、空気抵抗が速度の2乗に比例して大きくなるので、39度が最適らしい。ためになる! 分度器は必須!
 そして最後には、「君のちんちんはフリーダム。勇気をもって、ちんちんに従って…!!!」と、まるで『スター・ウォーズ』の「フォースと共に」みたいな決め台詞が! ちんちんから「奇跡のケフィア」が採取され、それが難病の特効薬になるという事実まで発覚!
 『メイドいんジャパン』は、男の子の必読書です! 読んで、自信を持ってちんちんをいじり倒し、人類のためになる立派な漢へと成長してもらいたいものでございます。あ、でも、メイドか。単行本は第2巻が5月20日に発売されるようで。

 他の漫画は……どうでもいいかな。
 人気があるらしい『あきそら』は、物語がテキトーすぎる展開で、かーなりどうでもよし。一般漫画誌での明確なセックス描写なんかが話題になっているだけで、超つまらん。お子様向けには最適だろうけど、実際の購買層は大人様が大半だろうから、それなら素直にエロ漫画を買った方がもっといい漫画があるだろうに……
 『いちご』に掲載されている漫画の7割は、「エロゲーもどき」なものばかり(「エロ漫画もどき」ではない)。それに近いようで思いっきりかけ離れているのは『メイドいんジャパン』だけ。つまり、いち作品として面白いのは『メイドいんジャパン』だけだと断言できる。昔々の『コロコロコミック』や『コミックボンボン』なんかでたまに載ってた異常漫画に近い存在だと思う。どうせなんだから、もうちょっと思い切った漫画を載せてほしいなぁ。駕籠真太郎さんや会田誠さんに萌え漫画を描かせてみるとか。

テーマ : 日記とアニメ・マンガ関連ごちゃまぜ
ジャンル : アニメ・コミック

tag : メイドいんジャパン

2009-04-07

お隣のキチガイ

 オウム真理教みたいな国であることがますます明確になっている北朝鮮だけど、今回ばかりは心底から感心した。

 テポドンの時も同じだったけど、北朝鮮がいってる通りに衛星を打ち上げたのだとしても、他国の上空を横切って落っこちた大失敗で、下手すりゃ惨事になってたんだから、どう考えたって北朝鮮は非難されて然るべきだ。なのに逆ギレしやがる。
 北朝鮮人にしたって、「ああ~、国民の喜び~」と(強制的にか洗脳的にか)大喜びしているけど、貧困で苦しんでいる国民が大勢いるってのに、大金を衛星かミサイルかロケットに費やしている政策を採っている北朝鮮は、国民を信者扱いしているキチガイ新興宗教国家だ。金融危機以降、景気がまったく奮わない世界各国とは隔絶の感がある。「経済? 何それ?」とでもいわんばかりの潔さ。
 関係ないけど、北朝鮮だけでなく、いつまで経っても歴史問題を出してくる中国と韓国もウザい。戦争責任つったって、もう戦争責任がある世代は消えつつあるってのに、いい加減忘れろっつーんだ。人間が持つ最高の能力の1つである「忘却」を使えない近代でない国家との付き合いは面倒なことだらけだ。
 しかし。

 今回の件を「衛星打ち上げ大成功」と発表している北朝鮮のTVニュースを見て驚いた。何のために衛星を打ち上げたのか知らないけど、衛星からは金総書記を称える歌が流されているというじゃないか! 凄い! 数百億もかけてそんなことをするのか! こんな馬鹿……もとい、21世紀にまだこんな偉大な夢想をするキチガイがいるとは、感動的な話だ(発表内容が事実だとして)。いやぁ、本当に凄い。
 偉大なる大袈裟監督のバズ・ラーマン監督に、いつか『北朝鮮』という映画を撮ってほしいなぁ。絶対に大傑作になるに違いない! 実現すれば、『オーストラリア』同様、日本が邪魔者として登場するだろうな……

テーマ : 気になったニュース
ジャンル : ニュース

2009-04-03

『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』は既に古典

 ブラッド・ピットさん主演の『ベンジャミン・バトン数奇な人生』を観た。ピットさん主演作としての、またデヴィッド・フィンチャー監督作としても、最高傑作じゃないだろうか。
 簡単にいえば、ティム・バートン監督の『ビッグ・フィッシュ』とロバート・ゼメキス監督の『フォレスト・ガンプ』の想像力に、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』の構成力を足して、最後の味付けにダニエル・オートゥイユさん主演の『八日目』を振りかけた映画。どうせだから歌って踊る場面があったら完璧な映画だったかもしれない(私的に)。

 中身は赤ん坊でも、見た目(顔だけだけど)が90代くらいの爺さんとして生まれ、普通の人生と真逆に、歳を経るにつれ見た目だけが若返るベンジャミンの文字通り数奇な人生。数十ページしかないF・スコット・フィッツジェラルドさんの短編小説を3時間近くある長編へと構築し直し。
 空想的な要素がまず主軸にあるので、フィンチャー監督よりもバートン監督の方が『ベンジャミン・バトン』に向いているような気もするけど、フィンチャー監督はバートン監督のようにはせず、それは間違いなく正しかった。つまり、奇抜さや斬新さや先鋭的な語り口を選ばなかった。たぶん、かなりのフィンチャー監督ファンはその点でガッカリすると思う。『セブン』と『ファイト・クラブ』を愛する者なら特に。
 フィンチャー監督は、前作の『ゾディアック』と似た方法で撮っている。つまり、最初から古典を作ろうとしている。『セブン』や『ファイト・クラブ』に見られた先鋭的な演出をほぼ封印し、それこそ『ゴッド・ファーザー』のような古典を目指している。その証拠に、画面にしっかりとした“黒”が映っていることが挙げられる。少しは安易なショットがあるけど(ピットさんとケイト・ブランシェットさんのプロモーション映像みたいな場面)、大半は練りに練ったショットばかり。先鋭的なフィンチャー監督は、『ベンジャミン・バトン』に存在しない。しかしその代わりに、映画らしい映画を撮ろうとする熱意は今まで以上だと思う。それを巨匠欲と見る向きもあるだろうけど。

 ピットさんの演技も素晴らしい。今までで最も静かな演技を求められ、ちゃんとそれに応えている。老人であってもカッコ良く、青年であればさらにカッコ良く、それはおすぎさんが大喜びしそうなくらいで、『リバー・ランズ・スルー・イット』や『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』の美青年ぶりを想い出す。観終えた今、ピットさん以外にベンジャミン役はない、と思うくらいだ(いや、企画だけは動いていた、トム・クルーズさんも捨て難い)。
 ブランシェットさんも素晴らしい。大して好きでもない女優だったのに、気付いたら見惚れていた。バレリーナとして絶頂を迎えている頃のデイジーの、人間とは思えないあの美しさ! 『ロード・オブ・ザ・リング』から抜け出たような(この表現は間違っているな)! 絶対にCGで美しさをパワーアップさせてるよ!
 そんな美男美女が、幸せの絶頂を迎える場面の、本当に幸せそうなこと。3時間近くある長い映画だけど、『ベンジャミン・バトン』は、その幸せの絶頂に向かって作られている。そして、あとはそれをいかに綺麗に崩すか、と。

 人間は、赤ちゃんで生まれて、赤ちゃんみたいになって死ぬ。『ベンジャミン・バトン』は、そんな当たり前の事実を少しだけ変えて描いているにすぎない。
 原作版では、ベンジャミンは、見た目も知能年齢も老人で生まれ、そのまま比例的に若返って行く。映画版では、見た目と知能年齢は反比例している。見た目と知能年齢を折れ線グラフにすると、見た目と知能年齢が交差するのが、40代後半。ベンジャミンとデイジーが一緒に幸せに過ごすのがその年代で、だから映画版は、そこが最高潮となるように作られている(が、そこは最も面白くない部分でもある)。時が進み、また見た目と知能年齢が離れると同時に、ベンジャミンとデイジーも離れてゆく。
 40代後半を頂点として描きたいのなら、原作版同様に見た目と知能年齢を比例させても問題はなかった。が、そうすると、物悲しい物語になってしまう。原作版はとっても冷笑的だから。子供の頃から知能年齢が高くても良いことはないし、年老いているのに見た目が若くても良いことはない、普通が一番だ、と。しかし映画版では、最も悲惨な年代の話をすっ飛ばしている。デイジーと別れた後の、見た目が子供になってしまう年代の部分を。そこから、映画版は原作版と反比例したテーマを描こうとしていることがわかる。「どんな人生でも素晴らしい」ということを。
 映画版には善意しか存在しない。脚本を担当したのが『フォレスト・ガンプ』のエリック・ロスさんだからか、「普通って何?」という物語になった。短編だから可能なアイデアを、感動でコーティング(それでごまかしているわけだけど)。「どんな人間だって、最後は平等なんだよ」ということを、不平等な人々を使って描いている。時間は、どうあっても不可逆。逆転して見えるベンジャミンの「数奇な人生」も、「普通」なのだ。

 魅せることに夢中になっていたフィンチャー監督は、物語ることを始めたのだろう。その確かな演出力により、十年以上経っても鮮度は落ちないと思う。観客が年老いてから再び観ると、感想は変わるかもしれない。既にして古典となっているのだから。
 3時間近くあるけど、所々に挟まれる挿話がアクセントになり、飽きることはない。その演出ばかりは今までのフィンチャー監督印が味わえる。特に面白いのは、雷に7回打たれたという老人の挿話だ。いきなりスッと意味もなく挟まれるんだけど、それが妙な味になって、笑える。最後に○○○が降ってきて驚く『マグノリア』ほどの展開はないけど、最後に主要登場人物が順番に紹介される演出は、『八日目』みたいだった。あっさりした終わり方だけど、とっても幸せな気分になる。少しは無駄な場面があるけど、「少し」としか思えない、長いのが納得の映画。日本の無駄に長い映画は見習ってもらいたいものだ(『感染列島』とか)。
 そして『ベンジャミン・バトン』が感動的な映画として成功しているのは、主演がピットさんだからでもある。もしも主演がアダム・サンドラーさんだったりしたら……かーなり違ったものになっただろう。たぶん、もっと原作寄りで、出だしはダウンタウンのコントのようになってしまいそう。

 もしも日本で『ベンジャミン・バトン』を撮るとしたら、最も巧く撮るのは宮崎駿監督だろうな。

 ところで、何で題名は『ベンジャミン・ボタン』じゃないのかね? 『ペット・セメタリー』みたいなものなのか? そっちの方が面白いのに。

テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

tag : ベンジャミン・バトン

プロフィール

ばっどていすとさんどいっち

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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