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2012-06-04

『マーガレット・サッチャー鉄の女の涙』は、涙で錆びている

ironlady
 『マーガレット・サッチャー鉄の女の涙』は、原題は『アイアン・レディ』ですから、そのままで『アベンジャーズ』と同時期に公開しておけば勘違い客がたくさん入ったかもしれません。よりによってサッチャーさんの涙を見たいと思う観客は多くないと思います。
 そもそも「女の涙」を喜んで見たがるのは、男なのか女なのか。男なら趣味悪く、女なら意地悪い。どちらにしても「女の涙」という題名は駄目ですね。こんな題名を付けているから少子化対策が全く進まないのですよ日本は。

 物語は、認知症が絶賛進行中のサッチャーさんの回顧録です。既に亡くなった夫が周囲をウロウロする中、あん時はあーだった、こーだった、と想い出に耽る……そんな物語。
 見所は、サッチャーさん演じるメリル・ストリープさんの演技――というか、メイクアップ。他には全くなし。アカデミー主演女優賞を獲ったストリープさんばかりが目立っていますが、実際はメイクアップ担当者を絶賛すべきです。ストリープさんの演技は、メイクアップに大敗しているといって過言でありません。女優の演技力というのであれば、『情婦』のマレーネ・ディートリッヒさんなんかには及びもしませんし、同じビリー・ワイルダー監督の『サンセット大通り』に於けるグロリア・スワンソンさんの恐るべき印象に敵うべくもありません。あれこそが演技であって、ストリープさんのそれは大がかりな物真似王者決定戦に過ぎません。
 ストリープさんの演技がなる物真似に堕しているのは、脚本の拙さがあります。現在と過去を交互に交互に語る展開は、余りにも出来が悪い。我々が「鉄の女の涙」と聞いて想い描くのは、嫌われ者としての敏腕政治家にも情緒的な面があったのか、ということです。しかし、そもそもサッチャーさんに「女の涙」なんて演歌節を求める必要はあったのでしょうか? 「鉄の女」とまで呼ばれるに至ったサッチャーさんの政治面を映画的に見たいのであって、演歌節なんて矮小化には全く興味ありません。脚本家には「嫌われ者の辣腕政治家」を映画的に面白く見せる手腕が皆無で、たぶんそれは脚本家自身が自覚されているのでしょう、情緒に訴える方法しか思い付かなかったのだと思います。認知症のサッチャーさんを登場させるのは、最初と最後だけに止めるべきでした。

 上映時間は2時間を切り、政治を扱う作品にしては短くまとまっていますが、現在と過去を交互に交互に描く構成のため、無駄に長く感じ、体感的には2時間以上あります。認知症を表現するために亡くなった夫が登場し、サッチャーさんが亡くなった夫と自然に会話する演出が無駄に長くしている要因です。「ああ、あの『鉄の女』といわれたサッチャーが見る影もない……」と思わせたいのでしょうが、正直、「スター・ウォーズ」エピソード1~3に登場するジャー・ジャー・ビンクス並みのウザさです。おとなしく死んでろ、と思わされます。
 最初と最後だけを現在の描写にし、「実はサッチャーは認知症を患っており、夫はサッチャーさんだけに見えている幻覚」を最後に明かす、そのような展開にすれば、物語はまとまり、政治面とサッチャーさんの魅力をもっと大きく描けました。実際がどうであれ、映画的に面白くすることは必要です。
 画面にも面白さは皆無で、史実を陳列するだけ。実際のニュース映像まで使う体裁の悪さ。現実味を高めて描きたいくせに、現在のサッチャーさんの描写を幻想的にしているため、作品全体の輪郭がボンヤリとしてしまっています。サッチャー語録には魅力的なものが多いのに、それが薀蓄にしかなっていないのも脚本と演出のバランスの悪さゆえ。
 メイクアップによって化けているストリープさんを魅力的に画面に収めることもできず、ストリープさんがバストショット以上で映っていない画面の方が活き活きしています。サッチャーさんの青を基調にした画面作りは美しく、ストリープさんをロングで収める画面は見事に撮れているだけに、作品を情緒的に傾けた脚本はやはり拙いと思います。

 「鉄の女」が泣けば、塩分を含んだ涙により、せっかくの「鉄の女」も錆びてしまいます。邦題ではありますが、題名から大失敗作だといえます。
 錆びているのですから、観る前から賞味期限切れの作品でした。
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テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

2012-03-30

『STAR WARS エピソードI/ファントム・メナス 3D』は、駄目さパワーアップ

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 それほど遠くない昔、とてもとても不味い料理がありました。素材は良いのに調理方法を間違ったため、とても不味くなってしまったのです。調理人は、調理工程のミスに気付いたかはわかりませんが、美味しく食べるため、さらに味付けを加えました。そして――不味さは向上しました。
 そんな、駄目な部分の改善すら試みられていないのが、『STAR WARS エピソードI/ファントム・メナス 3D』です。

 2D版を公開時に観ているので、駄目な作品だということは存分に理解していました……アクションのない場面はTVドラマレベルの作りですし、アクション場面も演出が平坦なために盛り上がりません。しかし、3Dともなれば、少なくともアクション場面くらいは楽しくなった筈! が、実際は全く逆。
 頑張って褒める部分を探して作られている雑誌なんかの紹介記事で必ず取り上げられているポッドレースの場面も、3Dになったからといって良くはなっていません。CGキャラクターのCGの薄っぺらさも3D効果で倍増。
 3D効果は、薄っぺらい演出を明確にしただけでした。上映時間が長くて3Dメガネの着用が負担になりますし。

 生まれて初めて観た映画が「エピソード4」で、それから映画にハマった私は、「スター・ウォーズ」シリーズは大好きなのですが……本作には絶えられず、「うわぁ、酷い作品だなぁ」と思い続け、半分以上を寝て過ごしました。気付いたらエンド・クレジットが。さすがに最後までそれを見る気はなかったので、早々に退場。
 劇場まで足を運んで観る価値はない、家庭用TVくらいの画面で観た方が良い作品です。

テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

2012-03-07

『1911』は、歴史のひだに埋もれさせたい作品

1911
 人類を物凄く大雑把に分類すると、歴史を作る者と歴史のひだに埋もれる者の二者に分けられると思います。前者は、教科書に大きく太い文字で名前が記載され、語り継がれます。後者は、文字と文字、言葉と言葉の狭間にのみ存在し、「その他大勢」と記載されることすらなく、自分語りをするのみ。
 敬愛する偉大なるジャッキー・チェン様は、後者に敬愛を捧げる作品を作ろうと考えました。

 「歴史もの」は、歴史を作る者と歴史のひだに埋もれる者のどちらに視座を置くかで全く面白さが異なります。ど真ん中の英雄譚にして惚れ惚れさせるか、群集劇で面白い状況を楽しむか。『1911』は両方で失敗しています。
 『1911』には明確な主人公が存在しません。歴史(舞台)の主役は、孫文のみでなく、民衆1人1人であることを描いているからです。たくさんの尊い犠牲により成し得た革命であった、と。孫文は脇役に近い存在です。チェン様演じる黄興も主役ではありません。しかしそこはチェン様、アジアのスーパー・スターですから存在感が強く、何だかんだで最も目立っています。お陰で「民衆による民衆のための革命」の部分が薄れています。どうせ目立つのなら孫文を演じた方が良かったと思いますが、慎み深いチェン様ですから、孫文を演じる自画自賛を回避したのでしょう。それでも、苛烈な現場でみんなを引導するのは黄興ですので、目立ちます。それが大失敗。
 チェン様が演じているとはいえ、黄興はたった1人で敵を次々となぎ倒すアクションヒーローではありません。そのような役柄をチェン様が演じるのは資源の無駄使いです。チェン様には、やはりヒーローを演じてもらいたい。それは全人類の願いでしょう。チェン様もそれを理解しているから、短いながらもチェン様らしい格闘場面を挿入しています。しかし、その数分しかない格闘場面が2時間を超える『1911』を完全に貶めることになっています。
 結局『1911』は視座を定めぬまま作られており、英雄のカッコ良さを楽しむことも、歴史の重要な一場面に立ち会うことができる高揚感もありません。チェン様は徹頭徹尾、目立ってはいけなかったのです。歴史を眺めるだけの者――その視点を維持することが『1911』には欠けています。「主役は民衆1人1人である」を描こうとし、チェン様が黄興を演じることが決まった時点で『1911』は失敗確定だったのです。また、物語を動かすために「キャラ立ち」している人物が必要であると考えたのか、敵側の袁世凱が最も魅力的に描かれているのも困ったものです。
 
 たま~に、本気でガッカリする作品に出会うことがあります。予告編だけで自分向きじゃないと確信できるものは最初から観ないので、本気でガッカリするのは、期待満々でガッカリさせられた場合です。『1911』は正に本気でガッカリした作品でした。
 『1911』には最初から不安がありました。アクションを封じた真面目な「歴史もの」だからです。でも、チェン様の公開作品は全て観なければならない私ですから、不安を抑えて観ました。そうしたら、これが見事に失敗作。開始数分でわかる失敗作。敬愛するチェン様の作品といえど、いくら何でも酷すぎる出来。
 物語は正直どうでもいいです。本当に駄目なのは、画面。とにかく画面が酷い。
 そもそもムカつくのは配給会社が容易したと思しき解説映像。親切なことに本編開始前に歴史の説明をしてくれるのですが、NHKの歴史番組かっつー安いチープなCGで作られており、それが大画面に広がっているのですから、始まった瞬間「あ、もう観るの止めて帰ろう」と思わされます。開始から1分も経ってないどころか、本編が始まってすらいないのに帰りたくなります。一瞬、既に本編が始まっているのかと思い唖然としましたが、本編が始まってないことに気付き、ホッとしたのも束の間、結局すぐにガッカリ。1本の作品で2度ガッカリ。珍しい。
 細かくカットを重ねるタイプの作品で、テンポ良い娯楽作品を狙っているのでしょうが、私の印象では、チェン様の作品は1つのショットがもっと長い方が良いと思っています。チェン様の魅力を伝えるのに「テンポの良いカット」は不要。
 なぜ物語以上に画面が面白くないのかというと、展開の要素に理由がないからです。たとえば、黄興は戦闘にて負傷し、指を失うのですが、それが物語に何も影響しません。いつもながらの格闘場面を入れているくらいですから。格闘場面を強引にでも挿入するのなら、その前提が必要です。つまり、格闘場面を入れるための何かを起こしておかなければなりません。それがないから、せっかくの格闘場面は本気でどうでも良い場面となってしまっています。つまり、「何かがこうなったから、こうなる」というように脚本が作られていません。それでどうなるかというと、展開が脈絡ないものになり、画面そのものに力がなくなります。チェン様が主演でありながら、“動きのない”作品になってしまったのです。
 他にも、照明とか撮影とか、CG、あと音楽も、TV特番ドラマと思わしき安~い感じ。娯楽作品を狙った結果なのでしょうが……『1911』は、チェン様の念願の企画だったとか。総監督まで務めています。出演100作目という記念的作品でもあります。それであの出来とは……とにかく、豪華なTVドラマでしかありません。

 チェン様も年齢を重ね、今までとは違う重厚な役や作品に出てみたいのかもしれませんが、適材適所ではなかったと思います。ファンサービスとはいえ、物凄くどうでもいい場面で物凄くどうでもいい「いつもながらのアクション」を挿入する詰めの甘さ。いや、ファンサービスなのはわかります。ファンですから私も「やっぱアクションあるんじゃん」と安心してしまったのも事実。しかしそれならば最初からドニー・イェンさん主演の『孫文の義士団』のようにしても良かったでしょう。それに於ける孫文はもっと脇役です。『1911』と同様の視座を持ちながら、明確に娯楽作品としてアクションを全面に押し出し、『1911』よりは面白いものになっています(全く面白くないけど)。
 『ラスト・ソルジャー』は素晴らしい作品だっただけに、根本的に作り方を間違えたとしかいいようがありません。賞味期限切れ過ぎて痛んでいる作品でした。

テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

2012-02-08

『フライトナイト/恐怖の夜』は、映画ファン驚愕の作品!

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 何とも無意味に時間が目の前を通り過ぎることがあります。するすると。『フライトナイト/恐怖の夜』の鑑賞は、正にそんな体験でした。
 物語は、いきなり第2話から始まります。いや、そんな感じなのです。初回の話を見逃してしまったような。説明を省くのは結構ですが、省きすぎ。
 主人公チャーリーは、全く「イケてない」男子高校生なのに、「学園のアイドル」な女子高校生エイミーと付き合っています。しかし、どうしてエイミーがチャーリーを好きなのかは不明。チャーリーは、モテたい一心でオタク友達を切り捨てる嫌な奴なのに。全く魅力なし。普通なら、大変な出来事があった後――本作であればヴァンパイア退治後――に付き合うことになるわけですが、最初から付き合ってますから物語は大して盛り上がりません。チャーリーだけでなく、エイミーの魅力も不足しているため、ヴァンパイアに寝取られてもどうでもいいっつーか。何もかもがあっさり気味。
 肝心要の「ヴァンパイアもの」としても中途半端。隣人が本当にヴァンパイアなのか、主人公の勘違いなだけなのか、その疑心暗鬼ぶりが全くなく、あっさりとヴァンパイアであることが判明。チャーリーの元親友であるオタクがあっさりと犠牲に。
 どうでもいいことですが、このオタクを演じるのは、『キック・アス』でレッド・ミストを演じていたクリストファー・ミンツ=プラッセさん。ミンツという可愛い感じの名前と裏腹に、『スーパーバッド 童貞ウォーズ』や『ぼくたちの奉仕活動』とオタクな役ばっか演じてます。本作で唯一、好きなキャラクターでした。決して裏切らないオタク仲間です。

 面白くないのは、脚本に責任があると思います。しかし脚本担当のマーティ・ノクソンさんは『バフィー~恋する十字架~』の監督や製作総指揮を担当していたこともある方なので、「学園もの」+「ヴァンパイアもの」はお得意とするところだろうに。「学園のアイドル」のためにオタク友達を切り捨てる嫌な奴が主人公ですから、その点に集中して「学園もの」部分を練り上げるべきだったような。そうしてこそ『フライトナイト』をリメイクする意義があるのではないでしょうか。
 製作担当のマイケル・デ・ルカさんだって、『エルム街の悪夢/ザ・ファイナルナイトメア』や『マスク』、『マウス・オブ・マッドネス』、『ダークシティ』なんかに始まり、『ブレイド』シリーズの製作総指揮までこなしている方ですから、もうちょっと面白くなるように口出しできたような。
 監督のクレイグ・ギレスピーさんは『ラースと、その彼女』で注目を浴びた方です。『ラースと、その彼女』は、独特の世界観を持つ傑作でした。ところが本作では、演出ボロボロ。面白い画面がなく、色気もなく、恐さもない。観客層をどこに絞っているのか明確でない企画のために困ってしまったのか、とても中途半端な出来。

 リメイク元となる『フライトナイト』が公開された当時は、「怪物もの」なんて古臭すぎて、子供心にも「殺人鬼もの」の方が魅力的でした。大袈裟な身振りで登場する「怪物」は、気付くと背後に迫っている殺人鬼の陰に。確かピーター・ヴィンセントの台詞に「最近は殺人鬼ばっかだ」みたいな愚痴があったと思います。殺伐とした、どちらかというと現実味ある方向に恐怖映画が動いていたからこそ、MTV的魅力で果敢に切り込んだのが『フライトナイト』でした。コメディ色が強く、どこにでもいるオタクっぽい男子を主人公にして。
 で、リメイクである本作には「『トワイライト』の観すぎ」みたいな台詞がありますから、やはり主流への反動みたいなものがあったのだと思いますが、同時に「ヴァンパイアもの」が普通に流通している今だからこそ『フライトナイト』みたいなコメディ色の強い作品をリメイクしようと考えたのかもしれません。
 『フライトナイト』が公開された当時、似たような作品に『ドラキュリアン』がありました。こちらもオタク向けでありつつ巧く一般客も取り込んでヒットした作品です。製作総指揮は『2010年』(世界一勇敢な作品!)のピーター・ハイアムズさんで(個人的には『カウチポテト・アドベンチャー』の)、監督が『ガバリン』のフレッド・デッカーさん。SFXがリチャード・エドランドさん(『フライトナイト』も担当してたっけ)。
 両作品に共通するのは、ジャンルそのものを軽くネタにし、オタクから一般層まで狙った脚本の巧さです。それに比べると本作は、中途半端に真面目な展開があるもんだから、面白味がない。

 観ている最中に飽きてしまうような賞味期限切れ作品なのに、その宣伝が、「トゥース!」といういつもの挨拶を「血ぃー吸!」に変えて登場するお笑い芸人オードリー春日さんなのですから、さらにダメダメです。配給会社も売り方に困って迷走気味。
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 「フライトナイト」というより、これじゃ「怪物くん」だよ。

 さてさて、何で「映画ファン驚愕」なのかというと……
 本作の撮影はハビエル・アギーレサロベさん。あのヴィクトル・エリセ監督の『マルメロの陽光』の撮影を担当した方。そんな方が撮ってあの画面なのかと。驚愕ではありませんかね?
 少なくとも見事な画面を作ることができる可能性は高かったのですから、それを考えると、本作の駄目さはギレスピー監督の責任だと思います。

テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

2011-06-22

『スカイライン-征服-』は、続編を作ってはならない「何それ!?」映画

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 『スカイライン-征服-』を観ました。
 最近、国外映画を観に行くと予告編が、宇宙からの襲来者で地球(の一部地域)が大騒ぎしたり、超人が大騒ぎしたりしていて、どれもこれも似たり寄ったり、それら作品を続けざまに観たらどの場面がどの作品だったかわからなくなりそうな、そんな今日この頃。本作も正にそんな作品。同時期になぜここまで似たような作品が登場するのか、その答えを探るべく、公開されるこの手の作品は全て観なければなるまい、と決心。
 とかいって、単純に「地上が大騒ぎになる映画って楽しいよねー」というだけです。本作も期待を裏切ることなく、出だしから謎の多い展開で軽快にかっ飛ばし、その勢いを最後まで落とすことなく、謎が謎のまま終わるという、大変に満足できる怪作でした。

 物語は、謎の宇宙生命体が地球を襲撃してきて大変なことになる。以上。
 『インデペンデンス・デイ』で始まり、『宇宙戦争』な展開になり、『クローバーフィールド』な怪獣大戦争風味があり、最後には『第9地区』で終わる。と、本作を語るには過去の色んな映画を参照するだけで事足ります。
 独自性が殆どないわけですが、開き直ったように独自性がないと、むしろそれが独自性に転化。結末には、「何それ!?」と驚愕というか呆然な事態が待ち構えています。

 登場人物の設定も手抜き。
 主人公カップルの彼氏は、何やら特殊効果を担当できるっぽく、その親友はハリウッド・スターらしい。細かい設定を考える暇がなく、とりあえずよく知っている業界を使ったのでしょう。典型的なハリウッド業界人を描いています。高級マンションに住み、高級車に乗り、パーティーが大好きで、麻薬も大好きで、美女も大好き。ハリウッド・セレブと聞いて誰もが思い描く様をそのままに描写した感じ。大惨事はよりによってその親友の誕生日に起きます。もったいないのは、誕生日に襲撃してくるのだから、「ダイ・ハード」シリーズのマクレーン刑事ばりに、「クソっ! 人生最悪の誕生日だぜっ!」という嘆き節があっても良かったと思いました。
 手抜きなのは低予算で作るためでしょうから、人物設定には意外やちゃんと設定があります。主人公カップルの彼女は妊娠しており、そのことについて彼氏とプチ喧嘩状態。それが逃走時にも活かされます。逃げる逃げないでどちらの意見が正しいか揉めるわけです。ハリウッド・スターである親友も、彼女と浮気相手がおり、プチ喧嘩状態。やはり逃走時に活かされます。そんな5人が大活躍するのは、舞台はロサンゼルスですが、高級マンションのみ。街中とかに舞台は移りません。基本的に屋内(か屋上)。従って、宇宙生命体の襲撃は、殆どが窓からの目撃(場合によってはTV映像)。
 物語にハリウッド・スターを登場させておきながらも、展開に細かい気配りができていないのが惜しい。「こんな時にあの映画ならこうしていた!」という、『スクリーム』的な展開があっても良かったと思います。「この事態は、金のかかっていない典型的に駄目なSF映画だなぁ」とか。そんな気の利かせ方はありませんでした。本当にもったいない。
 主人公カップルの彼女が妊娠しているのに、その設定を状況悪化に活かさなかったのももったいない。通常なら最悪のタイミングで「お腹の赤ちゃんが!?」とかなるのに、妊娠発覚したばかりの設定なので、画面的にも面白味がない。
 主要人物を演じる役者に見栄えの良い方がおらず、名前で客を呼べるような有名スターもおらず、画面的に寂しい限り。応援したくなるような、共感を抱けるような登場人物がいないのです。

 そんな低予算作品ですが、予算の大半を特殊効果に費やしたのだろう、と思えるくらい、特殊効果は素晴らしい出来でした。
 基本的に日中帯を舞台にしたのも良かった。まあ、自然光で撮られた場面が多いのは、照明のことを考えた末の低予算演出なのでしょう。光の演出も素晴らしく、人々が宇宙生命体の放つ光によって催眠状態になり、簡単に捕縛される、という設定は良かったと思います(ガスとかの方が容易だと思うけど、見た目の謎っぽさ優先なのだろう)。
 とにかく、いかにして予算を低く抑え、かつハッタリをかますか、その点に集中した作品です。1億円程度で製作したとは思えないくらい、特殊効果の見栄えは最高です。
 音楽はMTV風で意味もなくハードロックだったりヒップホップだったりし、ミスマッチしていますが、ハッタリ感はあります。
 映されていない画面外からの襲撃で驚かす演出も度々あり、ハッタリ感はあります。
 宇宙船に吸い込まれる人間の映像も面白い。巨大な掃除機に吸い込まれるが如く、大量の人間が吸い込まれます。圧倒的な攻撃力で地上が殲滅されるのでなく、巨大な掃除機的宇宙船に人々が吸い込まれるだけ。従って、逃げ惑う映像や大合戦な映像を作る必要がなく、これまた低予算で済むことを考えた演出だと思います。
 そして、結末。「ババーンッ!」という効果音が付くのが当然な、製作者の自慢気な顔が見えるような、結末。こちらが赤面してしまうくらい、ハッタリ感に満ちています。

 しかし、偶然か、結末は意外と納得できます。
 主人公カップルの彼女は妊娠しており、彼氏は妊娠したことに不満を隠そうともしません。ですのでプチ喧嘩状態に陥っているわけです。彼氏は、誰にでも親切で優しい感じに描かれているのに、彼女の妊娠が発覚するや「くそっ」と毒づきます(人物描写に矛盾があると思います)。その彼氏は、宇宙生命体の謎の光のせいで、身体に異変が生じます。特に腹部に変な痕が現れます。妊娠した彼女と対するように。
 登場する宇宙生命体は、まるで“女性”のようです。姿形が『スピーシーズ』に登場するような美女なわけでなく、“女性”を意味するような記号が多く登場するのです。穴であったり、裂け目であったり、体内に人間を取り入れたり。母船(母体)があり、それを守るようにしてたくさんの子供が飛び交います。
 母船の中では、取り込まれた人間が工場の流れ作業の如く“処理”され、新たな宇宙生命体を生成しています。主人公カップルの2人も最終的には母船に吸い込まれ、“処理”されそうになります。彼女は、妊娠していることで特別処理されそうになるのですが、それを彼氏が防ぎます。直前に死んだと思われた彼氏ですが、新たに生まれ変わり、彼女と我が子を守るのです。
 本作は、彼女の妊娠が発覚してから、2人の仲が情緒不安になり、物語はそれに呼応する形で進行、最後には特殊な出産で終わります。妊婦の不安、父親になることの不安、そして決心。それを宇宙生命体の襲来で強烈に演出したのです。これは私の勝手な解釈です。登場する“記号”は、色んな作品を参照した末の偶然なのでしょう。明らかすぎる「つづく!」でもありますし。ただ、偶然にしろ、結末が「何それ!?」であるにしろ、観終わってしばらくすると妙に納得してしまいました。

 正直、全国公開されるような作品とは思えません。製作費が1億円程度のSF映画なんて、米国でも大ヒットしませんでしたし(チャート推移は、初登場でベスト4に入って、翌週にはベスト10圏外に落ちた)、通常なら劇場公開されませんよ。
 観ている最中から飽きて劇場を後にしたくなるかもしれません。伏線も設定も見事に活かされておらず、「面白かったっ!」と興奮冷めやらぬ状態で劇場を後にすることもできません。本作を観た殆どの人は、駄作と切り捨て、貶すでしょう。しかし、好きになれる人には大好きになれる作品です。
 私は大好きです。というか、「何それ!?」な映画が大好きです。「この可哀相な作品を大絶賛するのは俺しかいない!」と愛情を注ぎたくなります。従って、絶対に続編は望みません。続編を作ってしまったが最後、本作の「何それ!?」感は雲散霧消してしまいます。続編を望まないので、売れてほしくない。製作者はもう続編の計画を立てているそうですが、バカをいっちゃいけません。続編を作る? 何てもったいない!
 売れずに続編の計画が立ち消えになり、是非とも「何それ!?」なままであってほしいものです。賞味期限は観る前から切れているような作品ですが……全力で貶しつつ、本心では愛を捧げたいと思います。

テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

tag : スカイライン

2011-06-10

『デッドクリフ』は、1粒で2度美味しいと思ったら不味かった

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  『デッドクリフ』を観ました。
 題名からわかるように、山登りの恐怖映画。そしてポスターやチラシのデザインからわかるように、単なる山登りで終わらない恐怖映画。ゆえに、これは『ディセント』のような作品なのだろう、と想像できました。即ち、山登りホラー映画。ありそでなかった新型の恐怖映画です。

 物語は単純。仲良し(という程でもない)5人組が山登りをしていたらとんでもない目に遭う。要するに「楽しい休日にとんでもない目に遭う」展開なので、『ハロウィン』や『13日の金曜日』なんかと似たり寄ったり。
 食傷気味なこの手の作品群に於いて久々に驚いたのは『ディセント』でした。洞窟探検が怪物との苛烈な殺し合いに発展するとは想像もしませんでした。『ホステル』もそうですね。『フロム・ダスク・ティル・ドーン』風味です。本作も、前半は緊張感溢れる山登り、後半は謎の殺人鬼と命がけの戦闘、と展開が明確に分かれています。

 前半は、怖い。山登りが断崖絶壁のフリー・クライミングなので、高所恐怖症の人は見ているだけでハラハラします。部分的にはシルヴェスター・スタローンさん主演の『クリフハンガー』に並ぶくらいの場面もあり、幸先がいいなこれは、と思えます。
 物語に選ばれし5人は、カップル2組4人と、うち1人の元彼で構成されています。元彼は当然のように今彼といがみ合います。この今彼が頼りなく狭量な上に高所恐怖症なため、皆の足を引っ張って無駄に危険度を高めます。仲良しカップル2組の中に元彼を参加させるとはありえない設定ですが、高所恐怖症者がフリー・クライミングに参加することはもっとありえない設定です。ありえない要素が2つも揃っていれば、最悪の事態に陥って当然です。最初から「絶対に無事に済まないな」という雰囲気が漲っています
 とにかく今彼の存在が前半を盛り上げます。他の4人だけなら楽しいフリー・クライミングで終わるところを、今彼が危機的状況へと誘うのです。恐怖映画ですから、おっそろしい吊り橋を渡る場面があっても「吊り橋効果」なラブ風味は皆無。ただただ今彼がギャーギャー騒いでみんなを困らせます。恐怖映画好きとしては今彼を応援せずにはいられません。頑張れ! もっとみんなの足を引っ張れ!
 しかし、後半に入り、山登りの不安から解放される間もなく謎の殺人鬼によって犠牲者が出ると、一気に面白くなくなります。理由は簡単。山登りの緊張感に匹敵する恐怖感を殺人鬼によって演出できていないからです。

 本作の恐怖の対象は、山と殺人鬼です。どちらが怖いかは人それぞれでしょうが、画面的には、断崖絶壁の方が恐ろしく感じます。
 山は、場所であり存在そのものですから、逃げ場がなく、正体が最初からちゃんと映ります(映さなきゃ怖くない)。主人公らは山登りする直前に「登るな危険」という注意書きを見つけ、無視する無謀を犯します。親切な注意書きを無視したのですから、危機的状況に陥って当然、という前提ができます。また、主人公らが登る場所は、実は既に人の手が入り、登れるように援助されている場所です。他人の介入がある以上、始まる山登りは必ず危機的状況に陥る、と予測させます。今彼という不安要素が危機的状況に拍車をかけますし。
 だのに後半からは緊張感が薄くなるのは、前半と後半で緊張感の質が異なるためです。最初から正体がわかっているのに怖い“自然”と、正体が不明であればある程怖い殺人鬼とでは、恐怖の質が異なります。質の異なる恐怖が同一作品上に並んでいるのですから、注意深く物語を作り込まないと面白いものになりません。
 謎の殺人鬼は、キチガイでなく、殺人狂でもなく、怪物でもない。山頂付近で色んな罠を仕掛けて人間狩りをしているだけの、普通のオッサンです。まあ、ちょっと頭がオカシく凶暴で汚らしいですけど。ジェイソンやマイケル並みに神出鬼没でなく、怪力なわけでもない。ずーっと山頂で過ごしているから特殊な進化をした、ということもない。一応その登場には驚かされますが、観客の期待を遥かに下回ります。我々が期待するのは、超人的な異常者です。街中にいてもおかしくない頭がオカシイ凶暴で汚らしい普通のオッサンではありません。

 最終的に本作で最も怖かったのは、山でも殺人鬼でもなく、人間の理性が崩れる瞬間でした。危機的状況に追い詰められると恋人をも見捨ててしまう――理性を保てなくなるような状況、それこそが最も恐ろしいわけです。
 5人の中心的存在が最初に殺人鬼の犠牲者となり、5人の仲が崩壊しないようにバランスを取っていた中心がなくなるのですから、残り4人はあっという間に仲違いを始めます。裏切ったり裏切られたり。殺人鬼のオッサンの方がマトモに思える程です(一応、殺人鬼のオッサンにもちゃんと殺人鬼となってしまった理由が説明されます)。本作は、昼ドラみたいなギスギス人間ドラマでもあるのです。今彼は後半も大活躍し、ギスギス度を高めてくれます。

 90分未満の上映時間に、「山登り+殺人鬼+昼ドラ」を詰め込んでいるのですから、1粒で2度美味しいどころか3度美味しいのですが、前半に比べて後半が薄味すぎて、締め方も予定調和で意外性がないため、前半の美味しさは相殺されます。せっかくの山登りが後半殆ど活かされないのがもったいなかった。「新型の山登りホラー」になれませんでした。
 『ディセント』や『ホステル』、『フロム・ダスク・ティル・ドーン』なんかは、前半の魅力が後半を活かしているのに、本作は逆。本作の印象を簡単にたとえるなら、前半がジェット・コースター、後半がショボイお化け屋敷。狙いは良かったのですが、まさか楽しみにしていたお化け屋敷がショボイとは想像もしないじゃないですか。ガッカリです。こーゆー作品は、単純に一点突破な展開を目指すべきでしたね。
 後半から徐々に緊張感が薄れ、先の展開を見たい欲求も薄れてくるので、作品の賞味期限は観ている最中に切れます。

テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

tag : デッドクリフ

2011-05-15

『エンジェル・ウォーズ』は、『ミスター味っ子』的な

angel
 『エンジェル・ウォーズ』を観た。
 まず、予告編が私の心を鷲掴みにした。作品を構成する要素が、セーラー服の金髪少女、ゾンビ、機関銃、日本刀、侍、ロボット、戦争、ドラゴン、女囚、脱獄……まるでアホな中学生男子の妄想を詰め込んだような映画がメジャーで作られるなんて、「嗚呼っ、これは俺に向けられたプレゼントだ!」と思ってしまい、公開日を心待ちにしていた。たぶん全世界に似たような奴がたくさんいただろう。

 物語は驚いたことに一応、ある。予告編を観た時点で、「これは……物語の面白さに期待してはいかんな」と思ったもので。色々と複雑な構造になっているけど、要約すると、「キモい継父の策略によって精神病院へ入れられた少女がそこから脱出するまでの物語」だ。
 しかし、単なる「脱獄もの」ではない。主人公のベイビードールは、妄想逞しく、妄想世界では『チャーリーズ・エンジェルズ』も真っ青な強さを誇る戦士で、その妄想を巧みに利用しながら脱出するという、世にも珍しい「妄想系脱獄もの」なのだ。
 精神病院に“収監”(入院というよりは、収監だ)された少女たちは、“観客”の前で踊りを披露させられる。“観客”はそれを見、少女たちを買う。少女たちのいる精神病院は、表向きは問題児を預かる精神病院だが、実際は麻薬から武器、少女たちの性までを密売する違法施設だった。
 ベイビードールも踊りを強要させられる。しかし、踊ることこそが、ベイビードールの最大の武器だった。踊り始めた瞬間――妄想の世界にダイヴ・イン! どこの世界とも知れぬ戦場に、ベイビードールはいた。ベイビードールはそこで世界のあり方を教えられる。逃げたければ、戦うしかない。ベイビードールはその世界では無敵に強かった。脱出に必要な5つの小道具を集めるため、妄想世界で大冒険を繰り広げる――
 などと説明すれば、とっても面白い「ファンタジーもの」みたいに思える。が、予告編を観た時点で、「現実に精神病院を脱出することと、妄想でその過程を冒険することに整合性があるのか?」という点が疑問だった。そしたら、整合性以前に、妄想世界の展開に意味が全くなかった。それはもう、潔いくらいに。

 「ジャパニメーション」からの影響を隠しもせず、ただ単に「セーラー服を着た金髪美少女が日本刀を振り回してモンスターと戦い、ついでにロボットも出て、女囚で脱獄もする」物語を描きたかっただけなのだろう。その欲求は見事に実現されている。大作の予算で作ったVFXだけはあり、妄想世界の大冒険自体は、大迫力で、高水準の出来映え。
 展開は、「踊る→妄想開始→戦う→ミッション・コンプリート→妄想終了」の繰り返し。踊ることで敵を魅了し、行動不能にする。その踊りの凄さが妄想世界の大冒険として表現されている。それはもう『ミスター味っ子』もかくやという大袈裟な表現だ。
 しかし、それが物語に全く活きない。だって、観客が見せられるのは「妄想世界の大冒険」だけど、物語としては、実際は貧相な精神病院で踊っているだけなんだから。精神病院を脱出するために必要な道具を集めなくてはいけなくて、それが本作の見所になるんだけど、ベイビードールが敵の前で踊りを披露し、みんなが魅了されている(ぼーっとしている)隙にベイビードールの仲間が道具を盗み出しているだけ。全ての展開がそんな感じ。現実の描写を面白く描けないから、演出が妄想世界に逃げているようにしか見えない
 ビョークさん主演の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』とギレルモ・デル・トロ監督の『パンズ・ラビリンス』を合わせたような感じなんだけど、それらの作品には妄想の登場に意味があった。本作には全くない。単なる「脱獄もの」か「空想戦記もの」にすれば良かったのに。

 映画の魅力は物語にはないので、物語が面白くなくても、画面で繰り広げられることが面白ければ問題ない。んだけど、本作はその点でも駄目。妄想世界の設定に既知感が溢れまくっているのと、演出が安直で単調なため、VFXをふんだんに使っていてもすぐに見飽きてしまう。「ジャパニメーション」からの影響を隠しもしないなら、もっと直球で「ジャパニメーション」っぽく作れば良かったのになぁ。「ジャパニメーション」側ではカートゥーンの影響を隠しもしない『パンティ&ストッキングwithガーターベルト』なんて傑作が生まれてるってのに。
 アクションは『マトリックス』だし、舞台設定は何かのゲームっぽいし……個人的には、ロボット、刀、美女集団、大戦、という要素から、セガのゲーム『サクラ大戦』を想い出してしまった。ハリウッド大作として『サクラ大戦』を実写化したらこんな感じなんだろうなぁ、と。
 ベイビードールの「踊り」は、妄想世界に入るためのスイッチなので、その素晴らしさは全く描かれない。涙を流してベイビードールを眺める観衆の描写があるので、我を忘れてしまうくらいに素晴らしい「踊り」なんだとわかる。それなら真正面から「踊り」を描いてみても良かったと思う。どうせセガの『サクラ大戦』に似ているんだから(個人的には)、『スペース・チャンネル5』のようにして、歌と踊りでモンスター大戦を描けば良かったのに。マイケル・ジャクソンさんの『ムーンウォーカー』の方が妄想映画としても本作より楽しいよ。
 実は、面白い場面は現実世界の描写ばかりだったし。『ウォッチメン』同様の色調の良さも妄想世界より現実世界の方に活きていた。妄想世界の存在は本当に意味がない。「踊り」の素晴らしさを伝えるのが妄想世界だってのは面白い演出だとは思う。下手クソなミュージカルを見せられるよりは遥かにマシだと思う。本作を観れば、『BECK』でコユキが歌う場面も妄想世界で演出すれば良かったのに、と思ったりもする。しかし、『ムーラン・ルージュ』を作ったバズ・ラーマン監督なら、間違いなく歌って踊らせただろう。とっても魅力的に。本作で「惜しい」と思うのはそこだけなんだけど、そこが本作の全てなんだよねぇ。

 物語は最後に多重構造になっていることがわかる。「辛い現実世界」→「夢の世界」→「妄想世界」という風に。夢と現実の境目が曖昧になる映画は、最近ではクリストファー・ノーラン監督の『インセプション』があったけど、あっちは「知的」で、本作は「中学生男子的」。ノーラン監督とスナイダー監督、好きに作らせた差が、これ。
 夢のような世界に入り込んで戦うってのなら、最近は他にも『トロン:レガシー』があった。そして面白いことに、『トロン:レガシー』も本作も前半部分でユーリズミックスの「Sweet Dreams」を効果的に使用している。これから始まる物語を暗示的に示している。そーゆーとこは素晴らしいのに、妄想世界が始まった途端に駄目になる。物語も停滞する。
 そして結局は、ロベール・アンリコ監督の『ふくろうの河』だ。死ぬ直前に見た夢、という。「Sweet Dreams」で歌われるように、「甘い夢なんて、どこにもない。誰もが何かを探していた」のだ。問題は、本作で描かれた夢は、とんでもなく退屈で面白味がなく、上映途中で退席しても構わないくらいのものだった、ってとこだ。さっさと夢が覚めてほしい、と願うくらいに。
 本編より予告編の方が楽しめた。

テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

tag : エンジェル・ウォーズ

2011-05-05

『GANTZ: PERFECT ANSWER』は、途中で答えがどうでもよくなる

gantz
 『GANTZ: PERFECT ANSWER』を観た。
 前作は、「どうせ面白くないだろう」と食わず嫌いから観ていない。しかし、TVで放送していた総集編のようなものを偶然観たら、それが意外と面白そうだったため、これは映画館で観ようと思ったら既に公開終了となっており、本作が始まっていた。前作を観たいと思った理由は、CGの出来が日本の作品にしたら意外と良かったから。ブリキの人形のような田中星人がお気に入りだ。
 原作は、読んではいるが、「週刊ヤングジャンプ」の連載を立ち読みで何となくテキトー読んでいる程度。従って、物語をよくわかってない。「何かよくわからないけど、変な黒い玉に呼ばれて、正体のわからない相手と戦わされている」という程度の理解。
 こんな「GANTZ」初心者の私がいきなり『GANTZ: PERFECT ANSWER』を観て大丈夫なのかと思うが、観たい理由が「面白い戦闘場面を楽しみたい」なので、全く問題なし。なのだけど、「面白い戦闘場面」が思った以上に少なく、かなりガッカリな作品だった。

 物語は、「正体不明の『GANTZ』に選ばれた死者が正体不明の宇宙人と戦わされる」というSFっぽい感じ。最初から最後まで「なぜ?」が付きまとうけど、答えはなし。「PERFECT ANSWER」なんて全く提示されない
 はっきりいって、物語的には全く面白くない。謎を重ねて観客の関心を惹くだけで、解決しようとはしない。1度は死んだ者が別次元で蘇って戦う。そこで死ねば本当に死んでしまうが、再び蘇らせることもできる。つまり、「GANTZ」による敗者復活戦でしかない。理不尽な展開に思えるけど、巧くいけば生き返ることができるのだから、お得だ。所詮は架空世界での戦いなので、瀕死状態でも「GANTZ」の部屋に呼び戻されれば元気になっているのだから、命をかけた恐怖と緊迫感が全くない。その時点で本作が失敗作になることは決定している。
 長期連載を視野に入れた原作なら可能となる物語でも、2時間程度の映画にするには不向きだ。前後編に分けるにしても、物凄く巧くまとめなければ筋を通した面白い物語になるわけがない。前作と合わせて4時間以上あるのに、結局のところよくわからない物語なのだから、明らかに脚本の失敗だろう。
 脚本が悪いのは、原作の脚色に失敗しているからだ。はっきりいって、松山ケンイチさん演じる加藤はいらない。別に物語に何の貢献もしないし。というか、「GANTZ」チームでは、二宮和也さん演じる玄野と田口トモロヲさん演じる鈴木、本郷奏多さん演じる西丈以外は、やられ役として細々いればいいだけで、現状は殆ど目立たない人ばっかだからチームとして見栄えが悪い。そこら辺は思い切って端折る脚色を行えば良かったのに。
 山田孝之さん演じる重田も存在意義を感じない。「GANTZ」や「星人」を調べているようだけど、どーゆーことで「星人」と接触持ってんだ? SFとして機能してないぞ。無駄な登場人物増やして、しかもそれが物語に何の貢献もしていないんだから。ヒロイン(?)である、吉高由里子さん演じる小島もいらない。上映時間を余計に延ばしているだけで、感動も何も呼び起こさない。小鳥の最期なんて、登場人物の誰よりもしぶといんだから、感動するよりも苦笑してしまった。小鳥がターゲットになるのは原作通りなんだけど、その理由が明らかにされないから、人間狩りとしても面白味がない。小鳥を「GANTZ」チームに入れておくならまだわかるけど。それに、こーゆー作品を観る度にいつも思うことだけど、何でみんな馬鹿なんだろう? 逃げろといわれて、なぜちゃんと逃げない? わざわざ殺されに行くとは……いかに日本人は日頃から危機管理ができていないかを示しているのか?
 とにかく、無駄に登場人物が多くて、しかもその殆どが物語に貢献していないのだから、もっと削るべきだった。それだけで上映時間は20分以上は短くなるのに(または、もっと物語を面白くできたのに)。
 そして最後に主人公である玄野が「PERFECT ANSWER」を選択するわけだけど、「ジャンプらしい打ち切り最終回」みたいなのだ。原作が完結するまで映画版の製作はしなければ良かったのに。
 地下鉄の場面まではまだ楽しめるけど、それ以降はダラダラしている。解決となる答えさえ期待しなければ、もしかしたら楽しめるかもしれない。普通に続く日常――それこそが異常である、という展開にもっと冷徹さを注ぐことができていれば、面白くできたろうに。しかし、「自己犠牲で成り立つ平穏」は、もっと最良の形で完成させることができている魔法少女なアニメ作品が最近誕生した以上、本作のそれは頼りなさすぎる。

 戦闘場面は期待通りに面白い出来ではあったけど、それは地下鉄の場面だけ。しかもそのシークエンスの前半だけ。中盤を過ぎると似たような演出の繰り返しで飽きる。だらだらと長いよ。
 前作のモンスター映画風味は全くなくなり、綾野剛さん演じるロン毛星人との剣戟が主な見所となる。これがまた微妙でねぇ。『グリーン・デスティニー』級ですらない。いや、素晴らしいと思える部分もあるにはあるけど、長続きしない。『修羅雪姫』を撮った佐藤信介監督だからこその見応えは殆どなし(瞬間的には所々ある)。
 玄野はとても強いらしいけど、台詞で説明するだけで、どれだけ強いのか描写しない。見ている限りでは、どこが強いのかさっぱりわからない。それは二宮さんのせいなのか、脚本&演出のせいなのか、その全てなのか。「おおー! 二宮さん凄い! カッコイイ!」という場面は皆無。逆にそこは松山さんが頑張っているんだけど、それも大したことがない。
 地下鉄場面の最初は、もしかしたら『ブレイド』級の戦闘場面の連続なのか、と期待してしまったのに……

 結局、前後編に分けてまで作った『GANTZ』は、何を描きたかったのか? 単なる漫画の映画化ってだけで、それ以上を求めてはいけないのかもしれない。表面だけ着飾り、中身はなし。もちろんそれが悪いとは思わない。思わないけど、それならそれで、もっと見栄え良く着飾ってほしかった。『GANTZ』という入れ物を利用して、表現したいことを表現するのだとしても、中途半端。
 とにかく途中からどうでもよくなる。登場人物の色んな人が死んで、その復讐に戦う。物語的に意味もなく殺しているだけ。面白くない展開がダラダラとスクリーンの中で続く。つまらない日常から抜け出たくて刺激的な非日常へと世界が変化するわけだけど、それが現実なのか空想なのか区別できない。下手すると押井守監督の『うる星やつら ビューティフル・ドリーマー』的に延々と続く物語になったのかもしれない。それに決着を付けるための結末が「自己犠牲」による「世界の修復」なら、ロベール・アンリコ監督の「ふくろうの河」のような結末の方が遥かにマシだった。全ては死ぬ直前に見た夢、というように。
 状況を的確に示すような演出もない。俳優陣が皆、下手クソにしか見えない撮り方をしている。クライマックスである松山さんと二宮さんの剣戟も、VFXでごまかすためにボヤボヤとした演出で、全く盛り上がらない。演出的にも物語的にも、偽加藤を出す必要が全くない。
 悪い夢(映画)なら、せめて早く覚めて(終わって)もらいたいものだ。

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2011-02-19

『SPACE BATTLESHIP ヤマト』は、品質がMADE IN CHINA以下

yamato
 『SPACE BATTLESHIP ヤマト』を観た。
 観る前から駄作は決定していたんだけど、昨年の元日に予告編が解禁されてから1年近く、待ちに待ち、その間に期待値は上がりに上がり、気付けば他のどの作品よりも期待していた。だって、絶対に駄作にしかならないのに、「2010年『ヤマト』YEAR始動!」なんてぶち上げられたら期待するなって方が無理。
 果たして、期待通りに酷――くはなかった。思ったよりもマトモで、マトモゆえに普通に酷かった。つまり、何の変哲もない普通の駄作だった。

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2010-11-07

『私の優しくない先輩』は、山本監督に優しい映画

 『私の優しくない先輩』を観た。アニメ演出家である山本寛さんの初長編映画監督作かつ初実写映画監督作だ。
 山本監督は、『涼宮ハルヒの憂鬱』と『らき☆すた』で一躍有名になった演出家であることは知ってる。しかし、大ヒット作品を作ったとはいえ、初実写映画の監督作でいきなり全国公開される規模の長編作を任される程の実力があるとは思えない。だって『涼宮ハルヒの憂鬱』、そんなに面白くないんだもの。

 物語は単純。主人公:西表耶麻子は、想像力逞しく恋に恋する病弱な女子高校生。その先輩の不破風和は、耶麻子を好きだった。しかし耶麻子は不破先輩が大っ嫌いで、好きな男子は同級生の南愛治くんだった。不破先輩は、自分の恋心を隠し、耶麻子の恋の成就を叶えようと奮闘する……
 よくある物語だ。少女漫画の新人賞を獲ったような物語だ。目新しい点が全くなく、何でこの程度の物語が映画にまでなるのかさっぱりわからない。山本監督の手腕以前に面白い作品になろう筈がない。しかも、その上に。
 まず主人公の耶麻子が可愛くない。つーか、ただのメンヘル馬鹿だ。そもそも「妄想ばかりして、病弱で、恋に憧れる女子高生」という主人公設定は、ギャグにしか思えん。ギャグでないとしたら、どう考えても病的で魅力的ではない。
 次に、不破先輩がウザキモく見えん。台詞でウザいキモいと一生懸命説明しているけど、ちぃーっともそう見えない。不破先輩を演じる金田哲さんがウザくてキモく見えないのが致命的に駄目なんだけど、それは金田さんのせいでなく、金田さんを起用したのがそもそも失敗なんだろう。確かに金田さんは懸命にウザくてキモい存在感を出そうとしているけど、TVのバラエティー番組で見る金田さんでしかなく、つまり劇映画としての嘘っぽさが希薄なのだ。
 原作は読んだことないので映画版との差異はわからないけど、原作が映画版と何も変わらないのだとしたら、バズ・ラーマン監督作並みの大袈裟で絢爛豪華なアレンジを施さないと面白くない(たとえば『ムーラン・ルージュ』とか)。
 とにかく物語が面白くないのだから最初から大変だ。

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2010-09-26

『BECK』は、最も肝心な曲の音量が小さい愚映画

 映画版『BECK』を観た。堤幸彦監督作品だからガラッガラだろうと思ったら、1席の空きもない満員だったので驚いた。ええーっ!? だってあの堤監督作品だよ? 面白いわけないのに! などと思っているのに、「いかに面白くないか」を確認したくて観る私がいるのだから、同様の客が他にもたくさんいたって不思議じゃない。たぶんみんな「いかに面白くないか」を楽しみに観る人ばっかりなんだろう。
 予想通り、観客の大半は失笑していた

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2010-05-25

『シャッター・アイランド』は、お子様向け超不親切映画

 マーティン・スコセッシ監督の『シャッター・アイランド』を観た。予告編からして脳がどーとか錯覚がどーとか騙す気満々のミステリーであることを強調していたので、物凄く期待していたんだけど、同時に不安でもあった。レオナルド・ディカプリオさんとスコセッシ監督の組み合わせで良作が未だにないから。

 物語は騙す気満々の「結末は決して口外しないで下さい」系なんだけど、実はちっとも大したことない。
 精神を病んだ犯罪者ばかりを収容する、孤島にある刑務所から1人の女囚が姿を消した。その捜査をするために連邦捜査官のテディが刑務所を訪れるんだけど、捜査をしてみれば謎だらけ。そもそもテディは、妻を殺した放火魔がこの刑務所にいると知り、捜査を買って出たのだった。が、それも謎だらけ。つーか、物語の進行がとてもギクシャクしてる。それもその筈、実はただ単にテディ自身が精神を病んでおり、妻を殺したのテディ自身で、映画の大半が現実逃避の妄想でしたとさ。ちゃんちゃん。
 全力でネタバレをしちゃったけど、別にいいのだ。ネタバレしたからって何一つ価値は下がらないし、そもそも価値なんてちっともない。古今東西に溢れている「夢オチもの」でしかなく、最後には驚きよりもガッカリな落胆しか残らない。

 この手の「夢オチもの」は、どうしても演出が似通っている。ヒットしたわかり易いところで、『シックス・センス』や『ジェイコブス・ラダー』や『エンゼル・ハート』か。幻覚の場面を細かく挟み、怪しい雰囲気を出す。あと、「夢オチもの」はミステリーとして作られる以上、主人公が精神的に病んでいることが多いので、どうしても暗いじっとりした感じになる。
 主人公の精神が病んでいる「夢オチもの」である以上、物語の核には必ず悲しい出来事や陰惨な出来事が絡む。最後の最後にそれが解き明かされ、観客はその真実に驚き、感動したりする。同時に、謎とヒントを小出しにして、最後まで引っ張るだけ引っ張って「夢オチかよ!」となるんだから、呆れもする。夢オチのための謎であり物語であることが多いから。この手の「夢オチもの」で心底面白いと思えたのは、ロベール・アンリコ監督の『ふくろうの河』だ。何十年も昔の短編だけど、短編ならではの瞬発力が良い。未だに『ふくろうの河』を超える作品はない。
 夢を扱う怖い話に筒井康隆さんの「」という短編がある。ジークムント・フロイトカール・ユングさんなんかをよく租借した上での夢の恐怖譚で、筒井さんの凄さが軽く理解できる傑作。知りたくない記憶に触れるという意味では『シャッター・アイランド』も似ているんだけど、『シャッター・アイランド』に決定的に足りないのは、その禁忌となっている記憶の描写。思い出したくもない記憶を巡る物語である以上、ミステリー要素は当然としても、恐怖の描写がもっと強くないといけない。テディの触れたくない記憶は、悲しみから封印され、その封印を解くことが恐怖となるんだから、核となる記憶に近付くことを徹底的に嫌がらなきゃならないのに、全くそーゆー感じじゃない。

 ロボトミーがどーとか描いているけど、結局は思い出したくもない記憶を巡る物語なのに、その「思い出したくもない」恐怖が演出されていない。ありふれた幻想場面を挟む程度で、それも「あー、これが何かヒントなのね」くらいの価値しかなく、見ているだけで悲痛な気持ちを抱くようなものではない。デニス・ルヘインさんの原作は読んでいないので原作の評価はできないけど、スコセッシ監督の演出は駄目も駄目駄目、大駄目だ。
 とにかく映像が酷い。物凄く酷い。代表的な場面を挙げると、暗い牢屋の通路をテディがマッチを灯して恐る恐る進む場面。マッチの灯り程度は不要なくらいに明るいですから! どんだけ鳥目なんじゃい! 暗いとディカプリオさんの顔が映らないからか? 雰囲気だけで、いかに画面に気を配ってないかがわかる台無し場面。スコセッシ監督って、あんなにも下手クソな監督だったっけ?
 また、ディカプリオさんの演技も酷い。ずーっと眉間に皺寄せたしかめっ面ばっか(つか、最近は他の作品でも同じだけど)。神妙な表情となるとしかめっ面。ベン・キングズレーさんはさすがの名演なのに、主演のディカプリオさんと来たら、自己主張が強いだけの三文芝居。ディカプリオさんはもっと巧かった筈なのに。
 あと、音楽。うるさいよ。全編に意味もなく神妙で重々しい音楽を流してて、場面を盛り上げるどころか、邪魔。出だしから音楽で緊張感を煽りまくり。まあ、確かに出だしから物語はひっかけに入っているわけだから、間違ってはいないのかもしれないけど……
 テディの最後の台詞は、何もかもを悟った上での、意味をどうとでも理解でる台詞で、意味深というよりは姑息なありふれた手法。最後の台詞が衝撃的という意味で似たような『母なる証明』も映画としてはどうかと思うけど、そっちの方が遥かに衝撃的だ。『ミスティック・リバー』のルヘインさん原作であるから、本当は喪失と後悔の悲痛な物語だろうに、演出が何もかも全て台無しにしている。

 結局、脳がどーとか錯覚がどーとか、やたらと仰々しく強調された予告編からしてアホだったわけだ。脳? 錯覚? 確かに映画の内容は精神を病んだ主人公の話だから、それも納得できる。しかし、わざわざ本編開始直前までしつこくそれを繰り返すのはウザい。配給会社の宣伝担当は馬鹿なんじゃないか?
 あと、何が最悪かって、超吹き替え版とやらもあるそうだけど、そんなどうでもいいことに金を使う余裕があるのなら、エンドクレジットに流れているダイナ・ワシントンさんの「This Bitter Earth」の歌詞を字幕にしろよ! あの歌でもって映画は完成されるってのに、その最後のピースを字幕も付けずにただ流しているだけ。配給会社は馬鹿だ! あの歌詞を理解できるのとできないのとでは余韻が全く異なるんだよ! 下手すりゃ映画の価値そのものが変わるんだよ!!
 予告編といい、上映前の余計なお世話といい、超吹き替え版といい、配給会社は親切に映画の理解の手助けをしているきかもしれないけど、逆で、配給会社が全力で足を引っ張って作品の価値を最大限に下げている。そういう意味で、とっても可哀相な映画だ。

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2010-03-14

『食堂かたつむり』は、世の中の多様性を教えてくれる

 鑑賞ポイントがたまったので1回無料鑑賞ができるから、『食堂かたつむり』を観た。タダでもなければ絶対に観ないような映画だ。

 で、まあ、一言で感想を述べるなら、タダで良かった……

 酷いというか、「え、これ、何なの?」という映画だった。素人が作ったにしてはちゃんとしているし、玄人が作ったにしては余りにも馬鹿すぎる内容だし。観ている最中ずっとムカついていたという点では、新しい方の『蟹工船』と並ぶ酷さだ。
 「食」を扱っているのに、しかもそれが「癒し」に繋がっているのに、食事についてのまともな描写が全くない。
 大事なペットである豚を喰い殺す(というと語弊があるけど)場面に至っては、デイ・ドリーマーを超えて、デイ・オブ・ザ・デッドな感じすらある。柴咲コウさんは偉いなぁ。よくこんな脳ミソが腐っているような役を演じる気になったもんだ。キャリアを考えれば明らかに断るべき仕事だ。

 『食堂かたつむり』を観ていて想い出したのが、ピーター・グリーナウェイ監督の『コックと泥棒、その妻と愛人』だった。無論、私は『コックと泥棒、その妻と愛人』はメチャクチャ大好きだ。ただ、人によっては嫌悪感を抱かれそうという点で、想い出した。大事な存在を食べる、という後味が悪い点が同じ。完成度には天と地の開きはあるけど。
 だからもったいない。もっと巧く作っていたら、そう、グリーナウェイ監督が『食堂かたつむり』を撮っていれば、物凄い怖い映画になったのに! どう考えたって『食堂かたつむり』はキチガイの話だしな! 原作も込みで、こんな話で感動するような奴は頭がおかしい!

 と思ったら、感動して泣いている女性客がいた。その女性客と『食堂かたつむり』の感想を話し合ったら、全く噛み合わない会話になるに違いない。多様性を知るために観る価値はあるかもしれない。

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2010-02-24

『アサルトガールズ』は、「戦隊もの」の戦闘場面のみ映画

 押井守監督の『アサルトガールズ』を観た。
 正直、もう押井監督には期待していない。『Ghost In The Shell 攻殻機動隊』以降のまともな長編は皆駄作。『アヴァロン』、『イノセンス』、『立喰師列伝』、『スカイ・クロラ』、みーんな酷い。『立喰師列伝』だけは表現の新しゆえに少しだけ面白かったけど、その「表現の新しさ」にしたって、たとえばチェコの昔のアートアニメなんかと比較したら全く面白味がない。そもそも物語が面白くないので観ている間に飽きてしまう。娯楽映画としては赤点続きだ。本当にどれも酷いけど、最も酷かったのは、『Ghost In The Shell 攻殻機動隊』を修正した『Ghost In The Shell 攻殻機動隊2.0』。出だしをCGで全面修正したはいいが、そのCGの出来が悪い。手書きのセルアニメのままの方が何倍も表現として優れていた。所々に施されたCG修正のことごとくが改悪としか言い様のないもので、音響だけは改良されていたけど、詐欺紛いの作品だった。
 そんなものだから、押井監督作品は観る前から脱力してしまう。またもや駄作なんだろうなぁ、と。あらすじを読んだだけで「ああ、またかぁ……」と脱力できてしまう監督も珍しい。

 物語は物凄く単純。とっても進化したネトゲの中でワイワイ遊ぶ話
 ネトゲ世界は現実同様に現実味があり、プレイヤーはそこでモンスター(標的)を倒しながらポイントを稼ぎ、稼いだポイントを道具やプレイヤーの性能に割り振り、さらに上のレベルを目指す。登場するモンスターは、『砂の惑星』や『トレマーズ』に出てきたような巨大ミミズのみ。その大ボスを倒すことがクライマックス。
 主人公を演じるのは、黒木メイサさん、菊地凛子さん、佐伯日菜子さん、藤木義勝さんの4人。最初はバラバラにプレイしていたこの4人が最後には一致団結して大ボスを倒す。
 この物凄く簡単な展開の物語には、物凄く深遠な設定がある。社会が云々、技術が云々、進化が云々、精神が云々、虚構が云々と、相変わらずの小難しい理論武装的設定が、冒頭で延々と十分間も使って台詞と字幕と静止画のみで説明される。上映時間が70分と短いのに、その1割強を設定説明に費やしているのだ。しかし、物語に全く何一つ貢献していない。映画が終わってから、「あの説明は何だったのだ……!?」と衝撃を受けてしまう。

 全体的に無駄だらけで、無駄を全部切り詰めると上映時間は20分くらいになるだろう。使い回しのショットがあるし、そうでなくても舞台がどっかの岩山だけで画面に変化がないし、菊地さんの死霊の盆踊り』より苦痛で意味不明なダンス場面が長々あるし、α波でも出ているのかと思うくらい誘眠効果がある。実質的には20分で済む映画なのに、体感時間は2時間を超える
 最近の邦画同様、CGがPS2レベルなのも困ったものだ。しかも画面全体がソフト・フォーカス気味にCG加工してあり、それが『エマニエル夫人』みたいで、どうせ殆どの画面をCG加工してあるんだから、誰かをCGで脱がすような展開があれば良かったのに。菊地さんが「裸を見せるからポイントを寄こせ」とか。それで脱いだらセガサターンの『バーチャファイター』レベルのポリゴンで出来た裸だったりしたら、「押井監督凄ぇ!」と思うけど、もちろんそんな展開はない。『スカイ・クロラ』の時に宮崎駿監督の『崖の上のポニョ』を揶揄したけど、表現力としては『崖の上のポニョ』の足下にも及んでおらず、あれから何の進歩も見出せない。画面がぼんやりとしているから、これまた誘眠効果抜群。
 音楽がまた酷くて、川井憲次さんが二日酔いで作ったのかというような自己模範の曲ばっか。基本がアンビエントで、アップテンポの曲も叙情的で、いつもの川井節。押井監督は、川井さんにどんな注文をしたんだろうか? もちろん誘眠効果抜群。

 見所は……主演3人の女優を楽しめること? しかし、美人女優で揃えたってーのに、その魅力を全く活かしてない。全く躍動感がないのだ。身体的な動きでもって“美女の性能”を活かすべきなのに、肝心のアクション場面では、カットを切って編集でごまかしている。髪が風でたなびくショットは盛り沢山なので、「たなびく美女の黒い長髪」フェチならご飯何杯でもいけますわ
 使い回しといえば、終盤に黒木さんと藤木さんの対決場面があって、そこの演出が懐かしい「格闘ゲーム」風味。センスの古さが十年以上前で、ギャグのつもりなんだろうけど、苦笑すらできなかった。安いくせに「安っぽく撮る」ことができない押井監督の演出力ゆえだ。

 押井監督は、「頼まれれば何でも撮る」みたいな発言をしているけど、そりゃー無理でしょう。「安っぽく撮る」を知らないみたいなんだもの。とはいえ、「高いものを撮る」もできないだろう。『アサルトガールズ』の製作費は1億円らしいけど、それだけあればもっと面白いものを作れる監督はいくらでもいるだろう。
 ジェームズ・キャメロン監督の『アバター』の製作費は、『アサルトガールズ』の約300倍もあって、だから押井監督が『アバター』に「勝てない」と思うのは当然なんだけど、じゃあ押井監督に300億円渡したら『アバター』よりも面白いものを作れるのだろうか?
 押井監督は、『アバター』に対して、「違う土俵でなら勝ち目がある」ような発言もしていたけど、それは絶対にアニメにしかない。実写では無理だ。根本的にアニメで培ったセンスしかないと思われる。もしも実写で勝負をしたいのなら、せめて『サロゲート』くらいの脚本を用意しておかないと駄目でしょ。根本的に脚本が駄目なんだよな、押井監督作品は最初期から。
 もうそろそろ「虚構と現実」から離れた物語を作るべきだ。そうでなくとも、『アサルトガールズ』みたいな「ゲーム・オーバー→コンティニュー=虚構」という安易さはTVゲームでやるべきことだ。オースン・スコット・カードさんの『エンダーのゲーム』よりも時代遅れで発想が陳腐なものを今さら作ることはないだろうに。

 舞台が岩山のみで物語が戦闘のみなので、殆ど「戦隊もの」の戦闘場面としか思えないんだけど、それに1億円もかけたんだと思うと、“無駄遣い度”は『アバター』に勝っていると思う。

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ジャンル : 映画

tag : アサルトガールズ

2010-01-30

『ラブリーボーン』は、『チェンジリング』+『オールウェイズ』

 ピーター・ジャクソン監督の『ラブリーボーン』を観た。
 宣伝は「感動作」として紹介しているし、スティーヴン・スピルバーグさんが製作に名を連ねているし、これは『乙女の祈り』みたいな映画なのかなぁ、と思っていたら、もっともっと普通に感動作だった。
 ジャクソン監督は、世間的には「『ロード・オブ・ザ・リング』の監督」なんだろうけど、私には未だに「『ブレイン・デッド』の監督」なので、でもまあ『乙女の祈り』もなかなかに凄かったので、パッと見は「感動作」っぽいけど、ジャクソン監督なんだから生半可な「感動作」ではないだろう、と期待していた。していたのに、ちっとも感動できなかった

 物語は、単純だけど、面倒っちい。構成は大まかに3つに分けられる。まず、少女が変態オッサンに拉致られて殺される、連続殺人鬼の話。次に、殺された少女がいる「あの世」の話。最後に、家族の愛情の話。それら3つの話がごちゃごちゃと入り乱れて展開する。
 殺人鬼の話は、最初から犯人が判明しているので、ミステリーではなく、サスペンスとして作られている。殺された娘を思う余りに家庭崩壊する遺族の、家族愛の話もサスペンスを盛り上げる要素として巧く機能し、単なる「感動もの」にはなってなかった。この2点は良かったんだけど。
 「あの世」の描写が、酷かった。はっきりいって、丹波哲郎大先生の『大霊界』と何も変わらんかったぞ。いや、下手すると幸福の科学の映画と何も変わらんかったぞ! それらの何十倍もの製作費を注ぎ込んだ結果があれとはねぇ。がーっかり。それに、凄い無駄だらけ。上映時間が2時間10分あるんだけど、長いよ! 「あの世」の場面は30分は短くできる。感動的で幻想的な映像にしてあるけど、CGの出来が悪かったなぁ。ジェームズ・キャメロン監督の『アバター』を観た後では、『ラブリーボーン』の「あの世」は惑星パンドラよりも出来が悪い。だから『ラブリーボーン』は、『アバター』を観る前に観た方がいい

 正直、最初から全然面白くないんだけど、物語として致命的に駄目なのは、死んだ少女の設定がちゃんとしていない点だ。最後に同級生に少女が憑依するんだけど、そんなことができるんならもっと早くやってろよ! お前のお父さんが殺されそうになってまで頑張って犯人探しをしてたってのに、憑依して犯人を教えるのかと思えば、好きだった男子に一言いいたかったって……馬鹿だろお前! 馬鹿が無残に死んでもね、可哀相だとは思えねーんだよ! 普通のホラー映画なら、変態にほいほいと着いてって悲惨な目に遭うのは、馬鹿って決まってんだよ! パッケージが感動作になってても、馬鹿は馬鹿なんだよ! 死んで当然だ!! お前のせいでお父さんとお母さんが離婚寸前だったってのに! 強姦された末に惨殺されたってのに、犯人を捕まえることができるってのに!
 「あの世」の描写で最も酷いと思ったのが、何でも思ったことが実現できるからって思いのままに遊ぶ場面の、MTV風の演出。時代設定が40年近く昔だからか、凄いダサい。観てて恥ずかしくなるくらいに。

 とはいえ、私が駄目だと部分が『ラブリーボーン』の面白い部分でもある。
 強姦されて惨殺された少女は、自分が殺されたことに気付くのに、犯人を逮捕することに大して執着しない。それどころか、自分の遺体が隠されてしまうってのに、心爽やかに天国へと旅立ってしまう。あえていうなら、主人公の少女は天然ボケ少女なのだ。「あの世」でキャッキャと遊んでいる場合じゃないのに、楽しんでしまう。この主人公の設定を受入れることができれば、『ラブリーボーン』は面白いと思うだろう。
 サスペンスとして作るなら、お父さんを主人公にして、捜査を主軸にした物語で構成すればいい。残された家族が崩壊する様はちゃんと描かれてて良いのだけれど、合間合間に「あの世」描写が割り込んでテンポを悪くしている。この手の映画で傑作は、昨年のクリント・イーストウッド監督の『チェンジリング』がある。ジャクソン監督は、イーストウッド監督程に巧くないので、本当に無駄だらけの映画となってしまっている。『チェンジリング』にスピルバーグ監督の『オールウェイズ』を足したような感じ。出来の良い部分と超大雑把な部分がごっちゃごちゃ。
 サスペンス+ファンタジー+家族愛という豪華な物語なんだけど、まとめきれてない。「あの世」ではないけど、「死後の世界」の取扱いは、ジャクソン監督の過去作『さまよう魂たち』の方が圧倒的に巧かった。結果的に、何だか輪郭がぼんやりとした仕上がりになってしまっている。その原因は間違いなく上映時間の長さにあると断言する。絶対に30分は長いって!

 最後は涙が止まらなかったけど、それはダラダラしてるから眠くて欠伸が止まらなかったからだ。エンドロールがまた長ぇっつーの。普通の2倍はあったような気がする。音楽がブライアン・イーノさんだから睡魔を誘う誘う。
 期待していただけに、ガッカリ感が大きかった。これなら『大霊界』の方が面白いわ。

テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

tag : ラブリーボーン

プロフィール

ばっどていすとさんどいっち

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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