2009-07-03

レンタル委員長はどうでしょう?

 正直に告白します。私、「レンタルお姉さん」というものはエロ漫画とかのネタだとばかり思っていました。違ったんですね。

SANSPO.COM→レンタルお姉さん、ポルノ映画に流用され号泣

 リンク先の記事から抜粋。

 引きこもりの社会復帰を支援する「レンタルお姉さん」の名称が、ポルノ映画のタイトルにそっくりそのまま流用されたとして、“お姉さん”を派遣するNPO法人が映画配給差し止めの仮処分申請を決定。1日会見したお姉さんたちは「誇りにしていた名前を地に落とした」と号泣した。
 「レンタルお姉さん」は、引きこもりやニートを抱える親からの依頼を受け、20−30代が中心のお姉さんたちが手紙や電話、家庭訪問を通じて子供たちの心を開き、社会復帰を目指すというもの。
 先月、都内の劇場で「レンタルお姉さん 欲望家政婦」(姫川りな主演)が上映されていると事務局に連絡があり、ポルノ映画のタイトルとして使われていることが発覚した。
 映画は06年11月公開。配給元の新日本映像サイトによると「そんじょそこらの家政婦さんとは一味も二味も違う」という「スーパー家政婦」が掃除、洗濯はもちろん、下半身の世話までこなすストーリーで、本物とはまったく関係ない内容。
 事務局側弁護士によると「レンタルお姉さん」の名称は06年5月に商標を出願し、07年11月に登録された。それ以前に複数のメディアで紹介されており、「名称は周知されている」という。そのため、来週中にも東京地裁に配給差し止めの仮処分を申し立てる。上映中の映画館やネット配信、DVD化は「確認できていない」としている。

 とっても立派な存在でした。
 しかし、そんなこというと、「ナース」、「スチュワーデス」、「婦警」、「家政婦」、「メイド」、「女教師」、「家庭教師」なんて職業に就いている人たちは大変ですよ? だって、それらが語頭や語尾に付いているポルノなんて山ほどあるんですから。いちいち怒ってたらきりがありません。それに、それらたくさんのポルノのせいで、ネタになった職業の誇りが地に堕ちたことなんてありません。過剰反応しすぎではないでしょうか?

 たとえば『青い体験』や『プライベートレッスン』や『個人授業』や『課外授業』なんてものを見て育ったとしたら、かーなりバイアスのかかった発想の持ち主にはなるでしょう。私のことです。
 『プライベート・ライアン』には、「ライアンさんがエッチな手ほどきをしてくれるエロ・ロマンス映画か?」と思ってしまいましたし。『高校教師』なんて作品も、『3年B組金八先生』みたいなものを想像するより早く、エロい禁断の恋愛ものと想像してしまいます。エロい頭の人の発想は、何でもエロに結び付きますから。記事にある『レンタルお姉さん 欲望家政婦』てポルノ映画の題名を見ると、まるで『プライベートレッスン 青い体験』みたいだなぁ、と思ってしまいます。1粒で2度美味しいというか。そんな思考回路です、私の頭は。
 「レンタルお姉さん」と聞けば、「もう、しょうがないなぁ。弟の自信回復のために、お姉ちゃんがイイことしてあ・げ・る(語尾にハートマークが付く感じ)。いつでもお姉ちゃんが慰めてあげるからね」と豊かな胸に顔を埋めさせて慰めてくれる存在しか思い付きません。今、つくづく自分が下らないアホだと思いました。
 「レンタルお姉ちゃん」でなければ、「レンタル妹」でもいいし、「レンタル幼馴染」でもいいし、「レンタル先輩」でもいいし、「レンタル下級生」でもいいし、「レンタルぼくっ娘」でもいいし、「レンタルドジっ娘」でもいいし、「レンタルツンデレ」でもいいし、「レンタル委員長」でもいいです。うん、「レンタル委員長」はいいかも。
 しかしこんな私でも、「レンタルお姉さん」の活動内容を知れば、エロい間違いはしません。妄想は妄想、現実は現実。

 飲み屋トークに「『レンタルお姉さん』って、エロいことまで教えてくれる色っぽいネーちゃんが来るんだろ?」なんてセクハラ発言が登場することはあるでしょう。
 そもそもですね、「レンタルお姉さん」なんて名称が悪いと思います。どう考えたってエロネタ向きですもん。だってですよ? 将来的にメイドロボが作られるようになり、それがとっても本物の人間そっくりで、喋れば特長的な語尾を付け、しかも耳の部分に変なアンテナみたいなものが付いているデザインだった日には、そのメイドロボを恋愛対象として考える人はいるでしょう。「俺んとこにフラグが立ちに来た!」とか。それはそんなロボを作った方が悪い。
 「レンタルお姉さん」という名称を考えた人は、馴染み易く、親近感を持てるように「レンタルお姉さん」としたんでしょう。その馴染み易さ、親近感の持ち易さゆえに、エロい発想として、「何! 『レンタルお姉さん』とな? それは使える!」とか考えられてしまったのです。エロい頭のバカさ加減を知らなかったんでしょうね。これが「人生修復人」なんて名称だったら話は全く違ったかもしれません。が、それでもエロい妄想は炸裂したでしょう。

 誇りを穢されたという気持ちはわかりますけど、そこに無駄な労力を費やすくらいなら、見て見ぬフリをした方がいいんじゃないですかね。有名税を払っていると思って諦める方が楽だと思います。もしもポルノ映画のせいで仕事がやり辛くなる、と考えているなら、それは「ゲーム脳」と同じような発想だと思います。
 どうせなら開き直って、「レンタル委員長」も作った方がいいと思います。いや、作るべきです。需要は絶対にあります。エロゲーみたいなイベントちっく社会復帰プログラムが盛りだくさんですよ。あ、駄目かそれじゃ。

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2009-07-01

『劔岳 点の記』は、ハードコアに世界の中心でアイを叫ぶ

 『劔岳 点の記』を観た。映画館で観る価値のある、というか大きな画面で観なきゃ意味がない映画だった。だから面白いかというと、そうでもないんだけど。

 物語はこんな感じ。
 日露戦争後、日本陸軍は国防のために、前人未到の劔岳を制覇し、日本地図の詳細な完成を急務とし、測量隊を劔岳制覇へ向かわせる。同時期、日本山岳会も金持ちゆえの贅沢品を携えて劔岳を制覇しようとしていた。陸軍と山岳会のどちらが先に制覇するか、勝負が始まった。結果的に陸軍の測量隊が勝利するんだけど、実は前人未到でないことが判明し、陸軍が「何でも1等賞でなきゃヤだヤだヤだぁーっ!」と駄々をこねてしまい、測量隊は死ぬほどの苦労をして登頂したってのに、その偉業が歴史に残ることはありませんでした。めでたしめでたし。
 要するに日本地図を作りたいから劔岳を登山する話なんだけど、最初は陸軍が国防のためといってたのに、金持ち集団の山岳会に負けたくないというプライドの問題にすり替わり、つまんない展開を見せる。史実通りに作った実話なのかそうでないのか知らないけど、はっきりいって物語は面白くない。

 CGや特撮に頼らない現場主義な映像は、それはそれは物凄い迫力で、その映像を観るためだけに劇場まで足を運ぶ価値はある。安っぽいCGを駆使してスペクタクルでございと自慢気に語っているような下らない邦画ばかりの中、『劔岳 点の記』は、撮影に挑む心意気だけで凡百の邦画に勝っている。圧倒的な自然主義。
 そしてそんな映像をさらに格調高くするために、バッハやヴィヴァルディなどの有名な交響楽クラシックがBGMとして使われている。
 凄い。大きなスクリーンに、雄大で美しく、厳しい自然が映されている。当たり前の映像でないから(そんな場所に登らないから)、圧倒される。でも、それだけ。それだけでも映画として凄いといえば凄いんだけど、それだけしかないってのもどうなんだろう?

 CGや特撮を頼らず、リアリティーにこだわるってのは、つまりはロマン・ポルノとハードコア・ポルノの違いみたいなものだ。“擬似”か“本番”かというような。確かに「本番もの」を見てしまえば、雰囲気だけのロマン・ポルノなんてぬるいに決まっているんだけど、ロマン・ポルノにしかない魅力だってある。私はロマン・ポルノもハードコア・ポルノもどっちも大好きなので、さらにいえばエロ漫画だって大好きなので、絶対的なリアリティーなんてものに興味はないのだ。何か論点が間違っている気がするけど、気にしない。
 映画にリアリティーなんてものは重要じゃない。重要なのは、いかに映画的であるか、ということ。その点で『劔岳 点の記』は物足りない。頑固に現場的リアリティーを追求しても、柔軟にCGでリアリティーを追求しても、観客にその区別がつかないとしたら、どっちでもいいんじゃない? 高度な科学は魔法みたいなものなんだから。
 空撮やCGを使えばもっと面白くて映画的な場面を作れたのに、そこを拒否するのは、頑固というより頑迷といえる。なぜなら、木村大作監督は凄いものを“撮った”けど、“作って”はいないからだ。

 たとえばヴェルナー・ヘルツォーク監督の『フィツカラルド』。
 主人公・フィツカラルドは、アマゾンの奥地にオペラハウスを建築するという、前人未到の偉業に挑戦する。前人未到の偉業に挑戦する点が少し『劔岳 点の記』に似ている。
 フィツカラルドは物凄く頑張るんだけど、結局は自然に阻まれ、挫折する。結果的に挫折する点も『劔岳 点の記』に似ている。
 そして、『フィツカラルド』も圧倒的な現場主義にこだわる。フィツカラルドは蒸気船で川を進み、アマゾンの奥を目指すんだけど、激流があってそれ以上先に進めないと知るや、何と蒸気船を山越えさせるのだ。現地住民を使い、山の斜面の木を伐採し、人力で巨大な蒸気船を運び上げる。狂人のなせる業だ。その場面は、実際に山を削って撮影した。今なら絶対に自然保護団体から苦情が来るようなとんでもない所業だ。しかし、出来上がった映像は圧倒的に映画的。誰もが「何だこのとんでもない映画は!?」と驚くような、何十年経ってもそう思ってしまうような妄想が焼き付いている。『劔岳 点の記』にそれは全くない。
 挫折したけど、最後、現地住民にオペラのレコードを自慢気に聴かせるフィツカラルドの場面が素晴らしい。『劔岳 点の記』で、登頂した測量隊の面々にも山岳会の面々にもフィツカラルドのような自慢気な表情はない。まるで達成感が表現されていない。達成感があるのは、唯独り木村監督だけだろう。

 自我は、自我の外があって初めて成り立つ。自分を知るには、周囲を、社会を、世界を知らなければいけない。だから、地図は重要だ。日本の世界地図を見ると日本は地図の中心にいるけど、アメリカの世界地図を見ると、日本は端っこにいる。
 日本に住む人々が自分を知るために頑張った人々がいる――その物語は感動的だる筈なのに、物語に余計な要素が多いので、感動を描くことは部分的にしか成功していない。成功している部分は、苦労して自然を写し撮った部分だけ。
 
 シルベスター・スタローンさん主演の『クリフハンガー』の方が面白いと正直なところ思うけど、さすがに『劔岳 点の記』を『クリフハンガー』なんかと比較しちゃうのは可哀相かとも思うけど、たとえば松田龍平さんが絶壁から落下する場面はワイヤーで吊ってるように思うんだけど(落ち方が変だったから)、そこに『クリフハンガー』程度のスペクタクルもない。
 さらにいうと、誰も死なないのがとっても不満だ。こーゆー映画は、絶対に悲惨な死に方をする犠牲者がいてナンボだと思うのだ。クソ生意気な松田さんが死ぬのかと思えば死なないし、ライバルである山岳会にも死者が現れないしで、ガッカリだよ。
 木村監督は、撮影現場のことはよーく知っている超ベテランだろうけど、映画のことまでよーく知ってる監督ではないので、面白い映画は撮れないんじゃないかな?
 何よりも『劔岳 点の記』で拙い点は、肝心要の登頂場面が描かれていない点だ。一番盛り上がるべき場面が丸ごとないんだもん。これじゃあ、挿入するまでの前戯がやたらと長くて、挿入場面はカットされてて、ピロートークが始まるハードコア・ポルノだよ!

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2009-06-30

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』は、老いた若さ

 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を観た。前作の「序」は普通以下の作品だったけど、今回は普通以上だった。が、面白いかもしれない、という程度(以下、ネタバレを堂々とやるので(私はネタバレとか全く気にしないので)、嫌な人は読まないように)。

 ようやく「新劇場版」らしい展開を見せる『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』は、TV版とも旧劇場版版とも異なる展開の連続。
 たとえば、TV版では鈴原トウジがエヴァに乗って悲惨な展開になるけど、「破」ではトウジの役目がアスカに変更されていて、「新劇場版」でもアスカは悲惨な目に遭う
 量産型レイも登場しない。何つっても、レイが死なないんだから
 メガネっ娘の新キャラも登場するし(現時点では、存在意義が全くないけど)、新エヴァも登場するし(現時点では無意味だけど)、新使徒も登場する(新鮮味が皆無だけど)。
 と思えば、基底にはTV版があるので、随所に見覚えのある場面や聞き覚えのある台詞が登場する。電車での碇シンジの自問自答場面もある。
 あと、旧劇場版で顕著だった女性上位な感じは、すっかり消え去り、代わりに熱血男子っぽさが少し強化されている。要は、『トップをねらえ!』の庵野秀明監督に戻っているというか、『天元突破グレンラガン』のエキスが注入されているというか。今度のシンジは最後がカッコイイのだ。
 あと、ミサトの携帯の着信音がやたらと強調されてたり。
 基本的にTV版の話の流れを急ピッチで押さえつつ、新たな展開に持ってゆこうとしているようだ。間違いなく、序破急の「破」としての展開を見せる。

 しかし、面白いか面白くないかと訊かれれば、「まあ、面白いかもしれない」と曖昧に答えてしまう『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』には、「序」同様に、「新劇場版」を作る意義がまだ見えない。
 旧劇場版は、スタッフ(というより、庵野監督)の「とんでもないもの作って、ファンの度肝を抜いてやる!」という熱意(というか嫌がらせ)がひしひしと感じられる傑作だったけど、「新劇場版」には全くそれがない。普通なのだ。普通に面白くしてやろう、普通に盛り上げてやろう、普通に物語をちゃんと完結させてやろう、としている。それが良くない。いや、それが良くないと思っている私が良くないんだけど、映画に「凄いものを観たい」を求めるので、その“普通さ”ゆえに、「序」に続いて、かーなりガッカリ感が強い。
 盛り上げようとしているわりに、展開がダラダラとしているのも悪い。クライマックスな展開が盛りだくさんだからこそ、逆に物語に緩急がなく、盛り上がらない。上映時間が2時間ないのに、3時間くらいあるのかと思ってしまう。たとえば無駄に媚売るサービスショット――アスカの全裸で大開脚や、アスカの下着姿を股間から接写や、アスカの裸エプロンもどき――が満載なのは、アニメオタクには嬉しいかもしれないけど、そうでない人には「何だこりゃ?」でしかない上に、無駄な場面でしかない。そーゆーのをカットしてくれたら20分は短くなる。

 明らかにここは駄目だろ、と思うのが、音楽の使い方。全く盛り上がらんのだ。特に、挿入歌。ギャグかと思って爆笑してしまったのが、「今日の日はさようなら」と「翼をください」の使い方。
 明らかに「たった今、死亡フラグが立ちました!」ってな台詞をアスカに喋らせ、TV版ならトウジが辿る悲惨な展開をアスカが辿り、シンジが必死になってエヴァ初号機を止めようとする場面で流れるのが、「今日の日はさようなら」。絶対にギャグだと思うんだけど。

 いつまでも絶えることなく友達でいよう
 明日の日を夢見て希望の道を
 空を飛ぶ鳥のように自由に生きる
 今日の日はさようなら
 またあう日まで

 こんな歌が、アスカがボロッボロに殺されそうになっている場面で流れるとは……
 そしてクライマックス、TV版の「第拾九話 男の戰い」とほぼ同じような展開を見せる部分で、使徒に取り込まれたレイをシンジが助ける場面では、

 今、私の願い事が叶うならば翼が欲しい
 この背中に鳥のように白い翼つけください
 この大空に翼を広げ飛んでゆきたいの
 悲しみのない自由な空へ翼はためかせ
 ゆきたい

だよ。
 どちらの場面も何というか……マーティン・スコセッシ監督ですか、と。場面やキャラの心情をそのまま歌わせすぎ。あからさますぎてギャグにしか見えん。悪意を感じます。旧劇場版の「まごころを、君に」を想い出してしまう。

 「おおーっ!」と感嘆してしまうようなショットが殆どないのもガッカリ。TV版にも旧劇場版にも、見事なショットがたくさんあったのに、新劇場版には未だなし。むしろTV版同様のスタンダードサイズなショットばかりで、大きなスクリーンで観る興奮を感じられない。CGの出来もイマイチだし。使徒との戦闘場面には相変わらず「ウルトラマン」っぽさがあって、微妙な面白さが少しはあるけど、スティーヴン・スピルバーグ監督の『宇宙戦争』程の凄さは当然なく、登場人物が雄叫びを上げているばかりで、まるでJ・J・エイブラムス監督の『スター・トレック』のようだった。
 TV版まで含めて最初からやり直そうとしているからか、新旧両方のファンを満足させようとしているからか、アレンジの妙は楽しめるけど、それ以上の興奮がない。時代を担うものを作ろうとしている奇跡のような状況がないようだ。若くしてTV版や旧劇場版の興奮をリアルタイムで味わってない人は、そーゆー意味でかなり損をしている。その損をしている部分を埋めるだけのものを作ってもらいたいと期待しているんだけど……『ドラえもん』や『サザエさん』、『ちびまる子ちゃん』や『クレヨンしんちゃん』のような、画面に映っているキャラは若いのに、現実的な時間の流れからすると物凄く年寄りであるような、「新劇場版」にはそんな“老い”を感じてしまう。
 新たな展開、再構築といっても、所詮はTV版が基底にある以上、「本当に作る必要性を感じているのだろうか?」という疑問ばかりが浮かぶ。庵野監督にはTV版と旧劇場版に後悔が残っているのかもしれないけど。多くのファンが望んだ別の形の「エヴァンゲリオン」が作られたのは、今でも漫画で連載されてたりする「エヴァンゲリオン」が並行しているからで、つまりまだ人気があるから「新劇場版」にも資金が集まった。そこから、「今度は、ファンの度肝を抜くような裏切りでなく、ファンの期待に応えよう」と作るのも当然。だからこそ、「うわぁー、すっごいなぁ」と見惚れてしまうような先鋭さは皆無。パチスロで儲かっているし、その一環として映画もある、という程度。

 さて、次回は序破急の「急」なんだけど、「次回予告」では、「急」でなくアルファベットの「Q」となっていた。まーた思わせぶりなことしてからに。
 最後の最後に渚カヲルが登場して、「今度こそシンジくんだけでも幸せにしてみせる」てな台詞を喋るので、もしかすると今までのTV版と旧劇場版の全てをあったこととして、多世界解釈的な展開が始まるのかもしれない。1次元上位の存在とか、神に近い存在だからあらゆる多世界の出来事を把握している――とか。

 うーん、何だかんだと批判しているけど、結局は楽しんでいるなぁ。間違いなく続編は観るし。
 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版・破』は、映画としては駄目だけど、私は「エヴァンゲリオン」というパッケージに好意的なバイアスがあるので、正直な感想は、「そんなに面白くはないけど、大好き!」になる。だから結局は、次回こそ諦めずに期待してます! 結局は「何もかもぶち壊しじゃないか!」みたいな展開になるかもしれないし!

当ブログ内のリンク→『エヴァンゲリヲン新劇場版:序』の感想

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2009-06-29

ヱヴァンゲリヲンが満員

 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を観に行ったら、凄い観客数で驚いた。ロビーが満載。スクリーン入り口に行列。観たのはユナイテッドシネマ金沢店(旧ルネス)で、あそこまで人で溢れかえっているのは……宮崎駿監督の『もののけ姫』以来だったと思う。「まだ人気あるといっても、ここまで人気あるの!?」と驚いた。

 でも、帰宅して上映館を調べたら、石川県で上映しているのはユナイテッドシネマだけ。他にはイオンシネマ金沢店、ワーナー・マイカル・シネマ御経塚店と金沢店、コロナシネマ金沢店、と4館あるんだけど、どこも上映していない。なるほど、それなら一点集中するのも当然。
 イオンシネマ金沢店なんて悲惨だよ。新作の上映作品が、『ディア・ドクター』、『群青 愛が沈んだ海の色』、『築城せよ!』で、それ以外の上映作品が、『トランスフォーマー/リベンジ』、『守護天使』、『剱岳 点の記』、『いけちゃんとぼく』、『愛を読むひと』、『ターミネーター4』、『真夏のオリオン』、『ハゲタカ』、『ROOKIES −卒業−』、『天使と悪魔』、『余命1ヶ月の花嫁』、『ウォーロード 男たちの誓い』、『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』、『スター・トレック』、『ザ・スピリット』。全部合わせた18作品のうち、邦画は半分以上の11作品。そのうち観て損しないと思えるのは、せいぜいで『剱岳 点の記』くらい。可哀相になるよね、こんなラインナップじゃ観客が集まらないでしょ。
 ユナイテッドシネマ金沢店は良かったな、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を上映できて。他の映画館は、遅れて上映するのか、ユナイテッドシネマだけが独占上映するのか知らないけど、今のところ独占状態だよ。
 ま、何にしろ、観客で一杯の映画を観るのは楽しいものです。

 肝心の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』は……期待を大きく下回るものの、平均を大きく上回るものだった。つまり、普通に面白い……かもしれない、という出来。
 同日、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』の前に、『トランスフォーマー/リベンジ』も観たのが悪かったのかもしれない。同列に並べて観る方が悪いとわかってるんだけど、どうしても比較しちゃうからね。
 頑張ってるけど、映画としては、『剱岳 点の記』よりも落ちるかな、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』は。

 そういやぁ、上映前に流れていた予告編にも、悲惨な邦画が並んでた。『ごくせん』、『20世紀少年』。観るまでもなくつまらなそうな。あと何だ、『サマーウォーズ』ってこれまた駄目そうなアニメの予告編もあったな。
 とりあえず、『トランスフォーマー/リベンジ』みたいなものが作れないなら、『MW』とか『20世紀少年』みたいな映画を作るのは止めたらどうですかね。バタ臭くて面白くないんだから。

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2009-06-27

支持政党、オタクはどう見る

 児童ポルノ改正案が審議入りしたようで。

産経ニュース→児童ポルノ改正案審議入り

 リンク先から抜粋。
 児童ポルノの拡散防止強化を目的とした自民、公明両党提出の児童買春・ポルノ禁止法改正案と民主党の対案は26日、衆院法務委員会で審議入りした。
 与党案は個人が趣味で児童ポルノの写真や映像を持つ「単純所持」を規制対象に追加。与党案を「恣意(しい)的な捜査につながりかねない」と批判する民主党は、児童ポルノを買ったり繰り返し取得した場合に適用する「取得罪」を新設。修正協議に入るものの、両者の溝は深く調整は難航しそうだ。

 単なる児童ポルノの取り締まりだけで話が終わるならいいけど、想像の産物である漫画やゲームやアニメまで処罰対象に含まれるのは勘弁してもらいたいな。そもそも「単純所持」ってのが範囲広すぎる。興味ない人にとっては、自民党案でも民主党案でもどっちでも構わないだろうけど、今現在鋭意暴走しながら迷走している鳩山邦夫議員みたいに「断固として禁止するべきだ。表現の自由で守られる法益と、児童ポルノで失われる人権を比較すれば、表現の自由が大幅に削られてかまわない」なんていってる人が所属している以上、自民党案はオタクに厳しい。何だかんだと理由を見つけては規制しようとするだろう。
 つーか、児童ポルノを問題にしている諸外国の方が日本よりも児童ポルノ犯罪や児童に対する性的虐待は多いんだよな。

 オタク文化にまで足を踏み込むことになるとしたら、その党はオタクから確実に嫌われることになり、選挙結果に響くだろう。ただでさえ選挙選挙とやかましいのに、漫画好きである麻生首相はどう考えているんだろう?
 ここで気になるのは、「もしも地方分権が成り立ったたとしたらどうなるか?」だ。橋本知事や東国原知事が唱えるように地方分権が進むとしたら、税制から何からガラっと変化することになる。たとえばもしも秋葉原が独立した地方の秋葉原県になったとして、秋葉原県知事が「アキバ文化に貢献するオタクは減税されます」なんて決めたとしたら、秋葉原にはたくさんのオタクが住み着くことになる。世界に発信するオタク文化がさらに増強されることになるだろう。
 しかし、知事たちが地方分権を話題としているのに、TVのワイドショーなんかは、東国原知事が国会議員になろうとすることを批判するばかりで、地方分権の是非をちゃんと論議してないだろうなぁ。つくづく不思議なのは、問題にすらならないことを問題にするTVの人たちだ。世襲議員批判にしても、選挙で落とせばいいだけのことなのに、わざわざ規制しようとする。東国原知事が国会議員になろうとしても、嫌なら選挙で落とせばいい。
 オタクにとっては、地方分権されて「小さい政府」になった方が良いかもしれない。秋葉原県の権益が強ければ、法案にも影響を与えるだろうけど、権益の奪い合いや、税源移譲で揉めて揉めて、もっと別の問題が頻発することにもなるだろう。下手すると、不況どころか日本の一大事になりかねん。国中がガッタガタになって、貿易もガッタガタになって、大惨事に。知事たちは、そこまで考慮して、対策も考えて、しかも自分たちの代で理想的な地方分権を実現可能とは思えないことをわかってていってるんだろうか?
 それに、消費税を増税しようとしている財務省は、「小さい政府」を拒みそう。

 児童ポルノを考えることから政治家になる人が現れないかな。現れたら、ちょっと面白そう。

テーマ : ニュース・社会
ジャンル : ニュース

2009-06-26

ゾンビになって復活するに決まってる

 朝、出勤直前に「マイケル・ジャクソンが呼吸停止で搬送」という衝撃的な速報を聞いた。その直後に、既に「マイケル死亡説」まで出ていることも聞いた。ま、単なる早とちりだろう、と高を括っていた。

 昼、昼食を食べようと職場の食堂に赴くと、TVのニュースから「マイケル・ジャクソン死亡」と流れている。思わず、持ってる容器を落としそうになってしまった。

 どうやら、本当に亡くなったようで。というか、いつ死んでもおかしくない見かけではあったけど。
 音楽を聴き始めて、影響を受け、物凄く楽しませてもらったマイケル・ジャクソンさんが亡くなったことは、私の中でまた1つの時代の終わりを意味している。ごそっと心の一部分がそげ落ちたような、落胆にも似た悲しみを感じる。
 しかし、マイケル・ジャクソンさんの音楽をちゃんと楽しめたのは、「Black of white」までだった。ガンズ・アンド・ローゼズスラッシュがギターを担当したりしてて話題にもなったっけ。それ以降の活躍は……もう悲惨。純粋に音楽家としての評価が覆ってしまうくらい、良し悪しを問わず、とにかくゴシップだらけで……ファンとしては、悲しくなりましたよ。ちゃんとした管理を行える人を雇い、ちゃんとした音楽だけでちゃんとした勝負をしてほしいと、いつもいつも願っていましたよ(特にソニーのアホのせいでな! ソニーのアホがな! ついでにいっとくと、アズテック・ミスティックの「The Knights Of The Jaguar」での不義理を行ったソニーのアホがな!!)。それなのに……
 凄まじい影響力を持った偉人なのに(日本でなら、郷ひろみさんとか影響されまくりでしょ)、あの奇抜な見かけのせいもあってか、最も過小評価されている世界最大のスーパースターだろう。「スーパースター」なんて呼称もマイケル・ジャクソンさんでお終いかもしれない。

 今や、マイケル・ジャクソンさんに代わるアーティストも登場しつつある。ジャスティン・ティンバーレイクさんにはかなり可能性があると思う。プロデューサー次第、という留保付きではあるけれど。
 マイケル・ジャクソンさんだってプロデューサー次第だったんだし。私としては、クインシー・ジョーンズさんと組んでいた時のマイケル・ジャクソンさんが最も好きで、テディ・ライリーさん以降からは徐々に好きでなくなった。ジャクソン5の頃が最高ともいえる。
 でも、あれだけ破天荒な人生を歩んだ、という意味では、マイケル・ジャクソンさんに並ぶような「スーパースター」はもう誕生しないかもしれない。

 それに、死んでも死なないような感じでもある。熱狂的なマイケル・ジャクソン原理主義者たちは間違いなく、「マイケルは死んでません!」といい張るだろうし、たとえ死んだことを認めても、「イエスと同じで、復活します!」といい張るだろう。いつまで経っても「実は生きていた説」や「復活していた説」が絶えないエルヴィス・プレスリーさんのように。「Thriller」でゾンビになっていたんだから、蘇ってもおかしくはない、かもしれない。
 亡くなったことで、さらに強く永遠に人類史に残ることになるだろうけど。

 もしもマイケル・ジャクソンさんが再び人間として生まれ変われるとしたら、マイケル・ジャクソンさんは、どんな人種を望むのだろうか? やっぱ、人類を超越した天使か?
 争いのない世界に逝かれることを望むばかりです。そこで存分に踊って歌って楽しんでもらいたいものです。そんで、可愛い天使に囲まれてデレまくって。
 あと、ついでに大好きな映画『ムーン・ウォーカー』がもっと評価されますように

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2009-06-24

面白すぎる政治家に天晴れ

 鳩山邦夫議員が本当に暴走しているようで。

産経ニュース→止まらない暴走! 鳩山邦夫前総務相「このままでは自民党は死ぬ」

 「自民党はこのままでは死ぬ」といってるそうだけど、どう考えたって、とどめを刺そうとしている張本人が鳩山邦夫議員です。
 「首相は非常によい方だが、致命的な判断ミスをした。経営を一新しなければ、国民が受け入れないのは当たり前だ」ともいっているそうだけど、致命的なミスを自分も犯していることに気付いていないのか。
 世論に後押しされてると馬鹿らしいくらいに勘違いしているからか、笹川堯総務会長が「鳩山氏は責任がないのに総務相を辞職した。西川氏は減給する前に辞めたほうがいい」ともいってるけど、いやいや、鳩山邦夫議員には責任あるだろ。
 しかも、若手議員に「自民党はこのままでは死ぬ。お前たちが爆発しないと自民党は変わらないゾ!」とゲキを飛ばしたそうだ。うわぁ、いい迷惑だね若手議員。正直に、「ウザいんスけど兄弟揃って」と優しく爆発するべきですよ。

 「世襲論争」なんてものが今でも論争されているのか知りませんけど、正に世襲議員の大物2人が今現在最も肝心な事柄の1つである不況対策なんかを無視してわけわからんことで大騒ぎしている状況を、失笑と共に生温く見守るしかないのかと、落胆させてくれます。これを打開するには、選挙で2人とも落とすしかないんですけど。
 西川社長が駄目とかいいますけど、どこが駄目なのかイマイチわかりません。だって、ちゃんと説明しませんから。少なくとも、郵政事業が黒字であるなら、かんぽの宿の売却問題なんて国民に関わる大事だとは思えないんですけど。そこがどのように問題なのかちゃんと説明できないくせに大騒ぎしているんだから、説明責任を果たしていると思えず、その点では小泉首相を彷彿とさせます。
 結局は世論に訴えかけることを武器としたいようですけど、鳩山邦夫議員にそれができるとは思えません。そもそも、大企業の社長を更迭させる気なら、自身にも相当の反動があるのは当然。
 マスメディアが余計な世論の後押しをして、世論が世論によって操られ、社会がそれに引っ張られる……私の上司に鳩山邦夫議員みたいのがいたら、絶対に嫌ですね。つーか、いるんですよ。ぴったりそっくりなのが。ゲキを飛ばされた若手議員が他人事とは思えません。傍観する分には面白すぎですけど。私はその上司に「訴えるぞ!」といわれたことあります。「あ、どーぞ、どーぞ」と応えたら、すげ真っ赤になって怒ってた。官僚的な上司です。鳩山邦夫議員もとっても官僚的な議員だと思います。

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2009-06-22

Black Eyed Peasの「I Gotta Feeling」は、この夏のアンセム

 超大ヒットしているブラック・アイド・ピーズの新作アルバム『The E.N.D.』にずっぱまりだ。

 『The E.N.D.』は本当に凄く大ヒットしている。日本でも売れているけど、本国アメリカでの大ヒットぶりが凄い。
 アルバムが初登場1位、シングルになっているアルバムの1曲目と5曲目の、「Boom Boom Pow」と「I Gotta Feeling」がそれぞれビルボードの1位と2位を獲得しているだけならず、「Boom Boom Pow」は11週連続1位。
 1位を10週以上維持したのは、ビルボード史上26組目となるらしい。
 1位と2位を同一アーティストが独占したのは、ビルボード史上6組目となるらしい。
 いやぁ、凄いねぇ。まさかあのブラック・アイド・ピーズがこんなお茶の間レベルの認知度を獲得するアーティストになるとは思いもしなかったよ。

 アルバムの題名が「END」となっているから、最初は「え? 解散?」と思ったけど、「END」の3文字にそれぞれピリオドが付いているので、略記で、正しくは「The Energy Never Dies」。「まだまだ頑張るぞ」と受け取れるし、「週刊少年ジャンプ」的に解釈すれば、「打ち切り最終回」のようにも受け取れる
 そんな題名通り、全ての楽曲がエネルギーに溢れた素晴らしいポップスの傑作となっている。ヒップ・ホップの寵児として聴こうとすると拍子抜けするけど、実際、ヒップ・ホップ好きからは辛い評価を受けているし、確かに変容しすぎとも思うけど、最近のウィル・アイ・アムさんの活動を考えれば、とっても滑らかな変容とも思える。その変容は、私にとっては超怒真ん中ストライクだった。ブラック・アイド・ピーズの本領発揮。
 中でもひたすら繰り返し聴いているのが、「I Gotta Feeling」だ。見事すぎる、軽薄すぎるパーティ・ソング。いい歳こいてもクラブだパーティだといってる私からすると、笑い泣きの名曲。
 上がって、上がって、踊って、踊って、ストレスから解放されて、ひたすら上がって楽しんで、最高の夜にする。酒を飲んで、キレイな女性が踊っているのを見て、音楽にノって……毎日がパーティな気分にさせてくれる曲だ。特に、

 「月曜日、火曜日、水曜日に木曜日、金曜日、土曜日、また土曜日から日曜日」

 て部分が最高! もうね、「Blue Monday」なんていっててもしかたないっスよ。毎日が楽しい方がいいに決まってる!
 これはペット・ショップ・ボーイズなんかと並べた方がいいくらいのポップスだ(バックトラックのシンセ・ストリングスのメロディなんて、まんまペット・ショップ・ボーイズだ)。まあ、「Pump It」みたいな、ズルいとすら思える曲を作っていたから、別に不思議じゃないんだけど、何か、さらに一皮むけたような。
 大ヒットも当然という出来に。これはしばらく聴き続けることになりそう。

 しかし、今はブラック・アイド・ピーズだけじゃなく、ヒットチャートじゃレディ・ガガさんが大ヒットしているし、フロー・ライダーさんも大ヒットしている。どちらもエレクトロで、レイヴ仕様。そして極めつけは、ディジー・ラスカルさんのアーマンド・ヴァン・ヘルデンさんと組んだ曲。凄まじくパーティ仕様。これで盛り上がらなきゃ何で盛り上がるの? ってくらいの勢い120%な曲。正直いって少し古臭い感じがするけど(その理由はヘルデンさんに全てあると思う)、クラブでかかったら爆弾投下って感じでしょ。
 カニエ・ウエストさんに、アウト・キャストアンドレさん、ネプチューンズに、ティンバランドさん、みんなレイヴ好きっぽい。
 アングラだったヒップ・ホップは、完全にポップスとして勢力図を塗り変えてしまった。その最新系の1つとして、『The E.N.D.』がしばらくは君臨するかもしれない。ヒップ・ホップだけでなく、ハウスやエレクトロや、普通のポップス好きの人も大注目だ。
 
 ところで、TVを殆ど見ない私は、ブラック・アイド・ピーズが「ミュージック・ステーション」に出演したことを今知った。そして、今日の「SMAP×SMAP」に出演することも。それは絶対に見逃さないようにしよう。

追記:
 「SMAP×SMAP」を見た。へぇ〜、ウィル・アイ・アムさんがSMAP用に曲を作ってたんだ。知らなかった。SMAP、楽しそうだったなぁ。いいよね、いつでも何歳になっても楽しめるのって。
 あと、歌詞が日本語訳字幕でも表示されてたのは良かった。私の持ってるCDは洋盤なので、歌詞の日本語訳が付いていないのは当然のこととして、それ以前に歌詞すら載っていないため、聴き取るしかなく、しかし英語が得意でもないので、何歌っているのか聴き取れない部分があったから。今回の「SMAP×SMAP」を見て、聴き取りミスと、正しく聴き取っていても意味を間違えている部分が判明した。つくづく馬鹿だなぁ、私。
 そのくせ、「I Gotta Feeling」はカラオケ向きの曲だと思えた。もう百回以上聴いているので、ほぼ歌えるよ。来日ライヴ、観に行こうかなぁ……

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tag : ブラック・アイド・ピーズ

2009-06-20

妄想好きの国民が多い?

 何か、鳩山邦夫議員の支持率が高いようで? 更迭に対する支持が低いので、鳩山邦夫議員の支持が高いような気がするようなしないような。あんな妄想オッサンの更迭に不支持が集まるって、怖いっすねぇ。

 妄想発言、思い込み発言が多い鳩山邦夫議員なんて、もっと前に切られててもおかしくなかったと思うのに、「やぁーっと今さら切られたか」とすら思うくらいだったのに、何で支持率が高いのか。しかも、郵政の西川社長のクビ切り支持率まで高い。つまり、郵政民営化に物申す人々が多いわけだ。しかし、未だに小泉議員の支持率まで高い。となると、相反する状況が同時に支持されていることになる。びっくりだ。こんなテキトーな世論なんて、参考にするのも馬鹿らしいのに、ニュースやTVのワイドショーなんかでツッコんでる様子はない。
 鳩山邦夫議員の支持率が高いとしたら、その理由は、自信満々なのと、揺るぎない発言の2点なんだろう。でも、妄想癖のある人って、そんなもんじゃないの? あまりに自信満々にいうからキチガイのいうことでも信じてしまうことってあると思う。
 麻生首相の弱腰が人気ないのは当然だろうけど、あれにしたって最善を選ぼうとした結果なんだろう。もちろん、政党にとっての最善、でしかないけど。それに比べたら、もう自分の発言に陶酔しているといっても過言でないような鳩山邦夫議員の方がわけ悪いと思える。だってさぁ、「巨悪の匂いがする」とか何とかいってんだよ? 漫画みたいな台詞だよ。官僚組織が政治家よりも頭が良くて、手出しできないだけのことじゃん。そりゃあ鳩山邦夫議員みたいな人なら巧く丸め込まれるだろうさ。

 しかし、西川社長に問題がなかったのか、というとそれはもちろん私ごときにはわからないけど、あったんだろう。かんぽの宿の問題では、鳩山邦夫議員は活躍したかもしれない。でも、ぱっと見で、売却された後でどーなるかはわからない不透明性の点を除けば、大きい問題はなかった。でも、まあ、確かに問題はあったんだろう。郵政を掌握している総務省の大臣である点からして、鳩山邦夫議員に人事権があったのは当然だから、西川社長続投に反対しても問題はなかった。じゃあどこに問題があったかというと、その姿勢だ。一言でいえば、キモい。
 「正義」なんて言葉を発する政治家にマトモな人がいるとは思えない。私の単純明快な感想は、それだけ。鳩山邦夫議員が失敗したのは、わけのわからない曖昧模糊とした言葉でなく、ちゃんとした数字を示さなかったせいだ。だって、かんぽの宿の問題にしろ、西川社長続投問題にしろ、東京中央郵便局の建替え問題にしろ、気の利いた発言が皆無だし、論拠が曖昧。でも、不思議なもので、世論はちゃんとした数字よりも言葉の方を好む。小泉議員の首相時代の支持率を見てもそれがよーくわかる。理念と理想だけを振りかざす政治家なんて駄目だ(いや、そうでもないか。抱えている頭脳集団がしっかりしていれば、政治家は理念と理想だけを振りかざしていてもいい)。
 
 だから私としては、鳩山邦夫議員は更迭からそのまま議員生命すら切られてしまえと思う。だってさあ、創作エロメディアに対して、「断固として禁止するべきだ。表現の自由で守られる法益と、児童ポルノで失われる人権を比較すれば、表現の自由が大幅に削られてかまわない」なんていっちゃう人だよ? 「守られる法益」と「失われる人権」っていうけど、ちゃんと数字で示せっつーの! 怖いよ!

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2009-06-18

『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』は犬で浮浪者を撲殺する映画

 木村拓哉さんジョシュ・ハートネットさんイ・ビョンホンさん主演の『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』を観た。絶対に『レイン・フォール』や『バンコック・デンジャラス』に匹敵する駄作と予想していたら、その予想を大きく上回る変な映画だった。あそこまで変な映画は久しぶりに観たぞ。

 物語は単純。人生落伍者の探偵が、事件を追ううちに自らの傷を癒すという、よくある探偵ものだ。
 ハートネットさん演じる探偵のクラインが、とある大富豪から、行方不明になっている息子のシタオの捜索依頼を受けるのが物語の始まり。シタオを演じるのが木村さんだ。クラインは、シタオがいると報告された香港へ行く。そこには、ビョンホンさん演じるマフィアのボスのドンポがいた。奇しくも、ドンポも別の理由からシタオを探すことになる。探偵とマフィア、そして謎の行方不明青年、全く関連する筈のない3人の運命が交差する時、人間の想像を超えた奇跡が現れる。
 と、一応はちゃんと物語があるんだけど、実際は、物語はないも同然。物語の進行を追いかけるのが馬鹿らしくなるくらい、メッチャクチャなんだもの。
 それに、本当なら物凄くありふれた単純な物語だったのに、癒し映画になりえたのに、何を間違えたか連続猟奇殺人鬼をそこに混ぜちゃったもんだから、異常な映画になってしまっている。

 『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』の観客の多くは女性だから(実際、私が観た時は、平日のモーニング・ショーだったのに、座席の半分近くを埋める観客数で、私を除いてみんな女性だった)、もっぱらアメリカとアジアのイケメン見たさの人ばかりだろうに、「あ〜、ビョンホン、カッコイイわねぇ〜」とウットリしたかったろうに、その期待は裏切られるどころか、想像もしえないとんでもないもの見せられて唖然とする羽目に。
 登場する連続猟奇殺人鬼というのが、よりにもよって殺した遺体をバラして――食べたりして――“芸術品”を作る、極悪非道な上にアーティスト気取りのキチガイだ。こいつはイケメンじゃない。
 連続猟奇殺人鬼の造る芸術品、ぱっと見てすぐにわかるけど、フランシス・ベーコンさんの絵画そのもの。気になったのでパンフレットを購入してみたけど、映画評論家による解説にも監督のインタビューにもベーコンさんの名前が出てこない。監督が意図的に作ったのは間違いないのに、解説を執筆した映画評論家は知らないのかもしれない。
 ベーコンさんの絵画を知らない人のために、参考をば。
bacon
 正にこれ。これが登場するのだ。「ベーコンさんのパクりだ!」と批判したいわけじゃない。ベーコンさんに影響された映画なんてたくさんあるし。代表的なのは、デヴィット・リンチ監督の作品。たとえば『ワイルド・アット・ハート』に登場するウィレム・デフォーさんの「歯ぐき」。他にも、エイドリアン・ライン監督の『ジェイコブス・ラダー』の悪夢の演出とか。ただしそれらは、影響下にあるだけで、ベーコンさんの絵画そのままってわけじゃなかった。しかし、『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』に登場する“芸術品”は、ベーコンさんの絵画そのままを立体造形したものだった。
 何であんな“芸術品”を登場させたのか、正直よくわからん。まあ、『羊たちの沈黙』みたいにエド・ゲインさんがモチーフになっているのは間違いないと思うけど、それをそのまま使うには使い古されているから駄目だと思い、ちょっと別の路線で頑張ろうと思った結果が、ベーコンさんだったんだろう。狙いはいいんだけど、何もイケメン好みの映画でそれをやる必要はなかったんじゃないの?
 また、せっかくの“芸術品”の出来がキレイすぎてイマイチだったし、映し方にフェチっぽさがなくて色気がなかった。ベーコンさんは知っての通りゲイだったので、フェチ要素は重要だ。『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』の主役3人はやたらと半裸になるから、もしかしてゲイ要素が多いのかと思いきや、そうでもない。フェチっぽい場面はたくさんあるけれど、なーんか“薄い”。せっかくのショッキングで度肝を抜くような“芸術品”が、素っ気なく撮られている。もったいないなぁ。

 イケメンが見たかっただけの、どんな映画か全く知らずに観た女性客は、怒るかもしれないし、今観た映画は何だったのか悩むかもしれないし、ただただ唖然とするだけかもしれない。少なくとも、「あー、面白かった!」なんて言葉は絶対に出ないだろう。ましてや癒されることなんてありえない。だってさぁ、犬を射殺して、その犬をぶん回しながら浮浪者を滅多打ちにするような場面のある映画なんだよ?
 しかも、時系列を説明らしい説明なしにごっちゃにしてる上に、今じゃ殆ど見られないオーバーラップ編集を多用してるから、何が何だかわからない。深読みできるような映画に見えるけど、解釈するだけ無駄。物語をキレイに整理整頓してみても、何かが抜けていて、何かが余分なんだもの。普通に作れば普通の映画でしかないものを、わざわざわかり難く編集しているだけ。そこを一生懸命に解釈しようとすることは無駄でしかない。
 そんな点からも、とってもデヴィット・リンチ監督っぽいと思えた。特に、オーバーラップの使い方が。明らかにリンチ監督を意識しているとしか思えない。音楽の使い方まで似ている。レディオヘッドの曲が何曲か使われているけど、わざと怪しい使い方している。レディオヘッドは『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』を観たのだろうか? 観たとしたらどう感じたろうか。

 例えば黒沢清監督や、ツァイ・ミンリャン監督と仲良くなれるような映画かもしれないけど、そうでもない。自意識だけが前面に出すぎている。
 しかし、映画の出来が悪いというわけでもない。困ったことに、素晴らしいショットが多いのだ。もったいなさ過ぎるショットもかなりあるんだけど。映画の出来が悪いとしたら、脚本の出来が悪すぎるからだ。もったいぶった意味のないシークエンスが多く、カットできる部分が20分はあった。そこを削って短くし、もっとフェチっぽさ全開にしてくれれば、わけがわからなくても「傑作だ!」という人はたくさん現れただろう。今のままじゃ……わけわからん、ていわれてお終いかも。
 それに、主役を演じる3人がイケメン好きの期待を裏切ってない。やたらと半裸になるし、雨やら汗やらでしょっちゅう濡れ濡れになり、水も滴るいい男を文字通り演じている。木村さんも、殆ど喋らない役だからか(悶絶したり絶叫する場面が多い)、何を演じても「キムタク」になることもなく、正に「今まで誰も見たことのないキムタク」になっていた。ダリオ・アルジェント監督の『フェノミナ』のジェニファー・コネリーさんみたく、蛆虫まみれになる場面だってある。力演だ。ファンにはたまらんでしょ。だから、主役3人を見るためだけに観に行く価値はあるといえば、ある。意味不明で怪しく長ったらしいPVを見せられていると思えば気にならんだろ。
 ま、要約すれば、「イケメン鑑賞のつもりが猟奇殺人を見せられて、平気で犬を虐待する人が登場する、『ツイン・ピークス』のような物語」か。

 私は……何だかんだと批判しているようだけど、こーゆーのは大好きだ。映画史には残らんだろうけど。色気のない“薄い”映画だから。ホント、もったいない。

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ジャンル : 映画

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2009-06-16

暑い夜、タバコ欲しさに、淫れ髪

 前の記事で性暴力ゲームの規制について思うことを述べたけど、こんな事件が起きたら、子供の人権も規制も何もかもが無駄に思えてきますよ……

北國新聞→「たばこ欲しい」購入頼み、性犯罪被害 加賀 タスポ導入1年

 リンク先の記事から抜粋。
 たばこの購入を頼まれた加賀地区の女子中学生にみだらな行為をしたとして、大聖寺署は15日までに、いしかわ子ども総合条例違反の疑いで男(20)=当時19歳の少年=を書類送検した。たばこ自動販売機の成人識別カード「タスポ」が導入されて1年。県内で喫煙で補導された未成年者は34・4%減ったが、たばこの購入をめぐって性犯罪被害に遭うなどのトラブルが後を絶たず、県警は警戒を強めている。
 送検容疑は3月22日、加賀市内の駐車場に止めた車内で、18歳未満と知りながら女子中学生にみだらな行為をした疑い。
 捜査関係者によると、女子生徒は店でたばこを購入しようとしたが、店員に年齢を確認されたため、通りがかりの男に代わりにたばこを買ってもらおうと声を掛けたという。男は年齢確認をすり抜けてたばこを購入、同日夜に女子生徒を呼び出し、みだらな行為に及んだという。男は調べに対し、容疑を認めているという。

 もうね、文字を大にして馬鹿かと。

 タバコの購入のためにどの程度の淫らな行為を許したのかわかりませんけど、タバコ1箱のためなら、三百円程度で自らを売ったことになります。1カートンだとしても、三千円程度……女子中学生なら、もっと高く売れるよ! 児童ポルノにすれば、ボロ儲けできるんだから! 誰かこの女子中学生に児童ポルノで儲けること教えてあげて!
 どうせ自分を売るんなら、せめて大麻くらい買いましょうよ。

 嗚呼、児童ポルノ規制や子供の人権のために頑張っている善意ある人々が可哀相……
 規制する以前に、馬鹿を減らした方が良いと思いますけど、規制した方が手っ取り早いと思われていもしかたないですね、これじゃあ。
 でも、こーゆー事件をもって、「児童買春のためにタバコの撤廃を!」とはいわれないんですよねぇ。うーん、結局は業界の力関係ですか。もしもエロ漫画業界やエロゲー業界が日本経済に多大なる影響を与えていたら、簡単に規制問題は動かないでしょうね。エロゲー業界が一国の経済を動かしている世界を考えるとゾッとしますけど。義務教育での性教育は、DSでエロゲーをやるとか。あ、ちょっと楽しそうかも。

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ジャンル : ニュース

2009-06-16

性暴力ゲーム規制にゲーム理論を導入したら?

 相変わらず、日本の性暴力メディアは波乱万丈なようです。

ITmediaNews→「性暴力を奨励」か「表現の自由」か 凌辱系ゲーム“外圧”で制作禁止の波紋

 批判は世界中で巻き起こっているかのようですが、批判返しも続いているので、性暴力ゲームマニアへの風当たりは今のところ微風程度。台風が近付いている様相ではございますが。
 しかし、「リアルだろうがバーチャルだろうが関係ねぇ! 駄目っつったら駄目なんだよ、ばーかばーか!」てな駄々っ子的意見の方も多いと思われます。その代表格として、次のリンク先の記事をば。

世界日報→性暴力ゲーム/自主規制では不十分だ

 リンク先から抜粋。
 われわれが目指すべきは、子供を性欲の対象として描いた漫画やアニメに寛容な社会ではなく、性犯罪から子供を守る社会である。たとえ仮想画像でも子供に対する性暴力を描くことを禁止するため、法律改正するのは政治の責務である。
 問題となったゲームソフト「レイプレイ」は少女とその母親らを強姦して妊娠、中絶させる過程を疑似体験するという、常軌を逸した内容だ。
 10年前に制定した児童買春・ポルノ処罰法は、仮想画像を規制の対象にしていないばかりか、多くの国で禁止する「単純所持」も容認している。
 今回、同機構がレイプレイのようなゲームの自主規制に踏み切ったことは、これまでの審査基準の甘さを認めたことで、一歩前進ではある。しかし、これでわが国から性暴力ゲームがなくなると考えるのは楽観的に過ぎる。
 昨年1年間の児童ポルノ事件は、検挙が前年比19・2%増の676件、被害者数は27・6%増の351人で、統計の残る2000年以降で最悪だった。児童ポルノを求める小児性愛者が増え、またそのポルノが彼らの歪んだ性欲を刺激して、子供への性犯罪を頻発させる構図が見える。
 この忌まわしい悪循環を断ち切るためにも、たとえ仮想画像でも法律で禁止し、子供を性欲の対象とすること自体が「悪」であるという規範を社会に広めることが重要である。昨年11月、ブラジルで開かれた「性的搾取に反対する世界会議」でまとまったリオ行動計画に、仮想画像も禁止する必要性が盛り込まれたのは、このためだ。

 はっはっはっは、『レイプレイ』が「常軌を逸した内容」ですか。困りましたね、『レイプレイ』を遊んだことはありませんが、7歳にして『地獄の謝肉祭』を映画館で観て大喜びして両親を青ざめさせた私なんか既に正気ではありませんな(人生で2番目に観た映画が、それ)。
 それ以来、映画館に入れておけば喜んで大人しくしているので、内容を吟味されることなく映画館に放置されました。さすがに明確なポルノは観てませんが、それでも『エマニエル夫人』の大ヒットを受けて大量に作られたイタリアやフランスの一見するとオシャレなロマンス映画は小さい頃からかなり観ました(それらの多くは「性」を描いていても、「性暴力」は描いていませんが)。もちろんその当時は、映画の中で裸の男女が何やってんのか、よく理解できませんでしたけど。

 さて、記事には、近年は児童ポルノ犯罪が増加傾向にあり、児童ポルノ愛好者も増加傾向にあり、それは性暴力ゲームに一因があるように書かれていますが、なぜそう思うのか不思議です。
 まず、児童ポルノ犯罪と性暴力ゲームの関係性がちゃんと説明された例がありません。むしろ性暴力ゲームによって予防できた性暴力犯罪があったかもしれません。その両方を並べていないのは駄目ですよね。
 次に、児童ポルノで検挙された人の年代が書かれていないのがおかしい。児童ポルノ犯罪者の年齢がどの層に集まっているかで性暴力ゲーム規制の効果の高低が決まります。たとえば50代以上だと、その年代の人が性暴力ゲームで遊ぶのか疑問が残ります。優先度が高いのは、若年層の潜在的性暴力犯罪を減らすことより、現在進行形で行われている性暴力犯罪を減らすことですから、性暴力犯罪者の年齢が高いなら、性暴力ゲーム規制に効果は殆どないといえます。だって、もう“手遅れ”でしょうから。
 また、今の児童ポルノは、児童ポルノ規制以前からあったものと、以降に新たに作られたものの2種類に分かれると思います。規制が始まって以降は、児童ポルノを作るのは困難ですから、新たに作られたものは、規制以前のものよりも量が少ないでしょう。しかし、規制以前以降に関わらず、表立って流通はしていませんから、Winnyみたいな交換ソフトによる流通や裏流通が要因になっていると思われます。となると、本来ならば“既に存在していない”児童ポルノが問題となっている件は少なくないと思われます。 
 それに、「現実の子供」を性犯罪から守ることは当然のことですが、「仮想の子供」を守ることでそれが守られますかね? 問題は「現実の子供」を襲うかもしれない性欲にあるのですから。その欲求を解消してあげなければ、結果的に悪い事態が発生するのではないでしょうか?
 女性の人権を無視している、という意見にも納得はできますが、ポルノを好きなだけで女性(または男性)の人権を無視しているといのは短絡的です。「異性(または同性)の人権を尊重したいけど、性欲だってある。健全に性欲を解消できるならそれでいいけど、異性(または同性)にモテないし、オクテで喋るのも苦手だし、どっちかというと引きこもり気味だし、ポルノに頼るしかないんだよ」という方が大勢いると思われます。そのような方は、罪悪感を抱きながらポルノに接しているのではないでしょうか? そして、もしかしたらその罪悪感が犯罪に繋がることだってありえます。
 結局のところ、規制するしない以前に、「責任」というものをちゃんと教えることが最も重要なのではありませんかね?

 どう考えてもムキになって反論している私は「キモオタ」とかいわれてもしかたありませんな。私は既に「常軌を逸した」性暴力犯罪者予備軍の一員なんですかね? 自分で気付いていないだけで、仲間入りだけは済んでいるのかもしれません。予備軍からメジャー昇格する可能性があるとすれば、無職になり、全く仕事が見つからず、財産がなくなり、人付き合いも全くなくなるような状況が訪れた時ですね。性暴力犯罪者というか、窃盗犯とかになりそうですけど。または自殺という罪を犯すか。
 でも、少なくとも今は絶対の自信を持って犯罪を犯すようなことはないと断言できます。なぜなら、性暴力メディアが大好きだからです(というか私の場合、残酷映画が、ですけど)。大好きですから、大好きなものが規制されるような状況を作る気は全くありません。大好きだからこそ、責任感を持って接しています。まあ、残酷映画をたくさん観てきましたから、殺人手段にはかなり多種多様なアイデアを蓄積しているので、もしも殺人者になった暁には、世界中に報道されるような犯行を犯す自信もありますけど。

 正直なところ、私は完全規制されても構いません。漫画やゲームやアニメから性暴力がなくなって困ることはありません。後々に「あー、昔は良かったなぁ」と想い出す程度でしょう。年寄りになってから、「今からすると信じられないだろうけど、昔の漫画は凄かったんだぞ」と若者に年寄り自慢してしまう程度でしょう。
 でも、その頃には今と状況の異なる性暴力犯罪が生まれています。性暴力を根本的に解決するには、性欲そのものを規制するしかありません。となれば、性暴力メディアの代用品を考える必要があります。もしかしたらそれは政府が用意するのかもしれません。宗教団体が母体の政党が与党になろうものなら、やたらと宗教色の強い性暴力メディアが誕生して、それはそれで面白いでしょうね。
 規制推進者は、そのような状況を全く考えていません。とりあえず規制してから考える。いや、「考える」ことを放棄している。それこそは「無責任」と謗られてもしかたありません。本気で子供の人権を考えてはいない。単なる自己満足。性暴力メディア愛好家と何か違いがあるのでしょうか? 無責任なのは、性暴力メディアと性暴力メディア規制推進者のどっちですかね?
 規制するインセンティブは、対外的なプライドなのか、真剣に子供の人権を守りたいという善意なのか。規制して社会が今よりもっと良くなるなら構いませんが、子供の人権を舞台に、規制推進者と性暴力ゲーム愛好家が争い、ゼロサムゲームになるなら構いませんが、非ゼロサムゲームかもしれませんよ。

 ところで、中国でも話題(?)に。

中国ニュース通信社→日本の性暴力ゲーム、「香港の青少年に悪影響」=性文化学会で批判―香港

 曰く(抜粋)、
 日本の性暴力ゲームが香港の青少年に大きな影響を与えていると発言した。
 香港紙・大公報によると、梁教授は「テレビゲームは設定された難題をクリアすることで大きな達成感を得られ、子どもたちにゲームを遊び続けるよう促す機能がある」と指摘した。こうしてゲームを続けることによって子どもが性や暴力に慣れてしまうと、成長後に暴力で問題を解決を図る、孤独でねじ曲がった性格の持ち主になってしまい、さらには人を傷つけることをなんとも思わないようになってしまうという。

 最も無法地帯である中国にだけはいわれたくねーっつーの!

テーマ : ゲーム、アニメ、その他
ジャンル : ニュース

2009-06-14

Green Dayの『21st Century Breakdown』は力作だけど

 グリーン・デイの『21st Century Breakdown』を購入(先月出たものを今さら)。
 グリーン・デイは、『Dookie』の頃からずーっと愛聴しているアーティストだ。『American Idiot』での変貌には大いに戸惑ったけど、ファン続行中。
 最新作である『21st Century Breakdown』は、『American Idiot』の延長線上にあるものなので、だからやはり戸惑ってしまった。

 グリーン・デイで最も好きな作品は何かと問われたら、迷わず『Warning』と答えてしまう。「Minority」みたいな、シンプルで、古臭いロックン・ロールの、跳ねるリズムが大好きだ。メロコアでなく、当然パンクでもないけど、「むしろ全然OK!」だった。今後はこの路線で作るのかと、グリーン・デイのさらなる進化に大いに期待した。
 しかし、次の『American Idiot』は大作だった。構成に凝った、大袈裟なスタジアム・ロックだった。1/4は好きで、残り3/4は好きになれなかった。好きになれなかったけど、私みたいなのは少数派だったようで、アルバムは大ヒット。グラミー賞まで獲得。パンク野郎とは思えない良い人ぶりも発揮(それは良いことだけど)。ちょっと、グリーン・デイの今後が心配になった。
 しかししかし、次のグリーン・デイの新作は、グリーン・デイのメンバーによる別名義バンドである、フォックスボロ・ホットタブスの『Stop Drop And Roll』だった。『American Idiot』と打って変わって、古臭くシンプルで、ダンス・ミュージックなロックン・ロールだった。新作に煮詰まったから息抜きとしてやったんだろうけど、とても良い作品だったので、大喜びした。できれば新作もこの方向性で作ってほしいと願った。
 しかししかししかし、『21st Century Breakdown』だ。

 良い。世界中で1位を獲るだけはある。でも。
 『American Idiot』同様に大作なのがいけない。いかにもな、わかり易いくらいの「大作な力作」なので、聴いていて疲れる。4曲くらいは減らしてほしい。というか、3部構成なんてのが邪魔。演劇というかオペラみたいな仰々しさだからか、曲まで無駄に仰々しいんだもの。おかげで、どう聴いてもオアシスっぽいとしか思えない曲もある(オアシスが『American Idiot』にケチつけた時は「そうかぁ?」と思ったけど、『21st Century Breakdown』になら大いに納得できる)。
 曲は良いし、演奏だって良いんだけど、プロダクションが好きになれない。プロデューサーはブッチ・ヴィグさんで、数々の傑作を担当したベテランなんだけど、音が古臭い。ファンの人には悪いけど、ボン・ジョヴィガンズ・アンド・ローゼズみたい。私は結局、『Warning』の流れを汲む曲が好きなため、これならばフラテリスの1stを聴けばいいか、などと思ってしまった。

 iTunesに入れたけど、入れた曲は『Warning』系の曲だけだった。またフォックスボロ・ホットタブスで作品を発表してくれないかなぁ……

テーマ : 音楽のある生活
ジャンル : 音楽

tag : グリーン・デイ

2009-06-11

『スター・トレック』は、キャラもの版権のパチスロみたい

 シリーズ第11作目となる『スター・トレック』を観た。前評判が高く、アメリカでも2億ドルを突破する大ヒットぶりに、物凄い超特大の期待をしていたら……期待を大きく下回るものだった。

 物語は、TV版『スター・トレック/宇宙大作戦』の前日譚としながらも、独創展開にしてあり、要はオリジナル『スター・トレック』の登場人物を使った多世界解釈ものとなっている。だから第12作目からは、オリジナル『スター・トレック』へ近付きつつも微妙に離れてゆくんだろう。
 旧来からの熱烈なファンはこの独創性に異議がありそうだけど、「『スター・トレック』って何?」という新規ファンには丁度いい。作品的にジリ貧になっていた映画シリーズを盛り上げるための改革だと考えれば、当然の方法だと思う。
 ただし、新規ファンにかなりの目配せをしてはいても、基本的にTV版『スター・トレック/宇宙大作戦』の前日譚なので、登場人物の役割が“当然の結果”になるべく、物語の展開がある程度決まっており、カーク船長もスポックも知らない観客にとっては急ぎ足な展開と感じるかもしれない。そして、「スター・トレック」という枠組みを無視して見るなら、感情移入できるような登場人物が皆無なので、全く物語に“ノれない”まま終わってしまうかもしれない。つまり、物語がちっとも面白くないのだ。

 前述したように登場人物の造形に共感できるような点はなく、それが最も顕著に現れているが、少年時代のカークが旧来の(車輪のある)車で暴走するシークエンスだ。他人の車で、西暦2200年代だってのにビースティー・ボーイズの「Sabotage」をBGMに、ハイウェイを爆走。途中から警察に追われ(スパイク・ジョーンズ監督のPVを意識しているのか?)、逃走するためにさらに加速して道を外れて、やがて先に崖が見えるんだけど、それでも加速して突き進み、崖に落ちる寸前でハンドルを切って車から飛び降り、車は崖の下へ爆破、カークは崖っぷちにしがみ付いて助かる。そこで辿り着いた警察が「名前は?」と訊くと、カークは自慢気に「ジェームズ・タイベリアス・カーク」と名乗る。本当ならこの場面は、父親の犠牲の下で生き延びたカークの初登場場面として、「おおーっ! 待ってましたっ!」と歓声を上げるべき場面の筈なのに、いかにカーク少年が無鉄砲に育ったか、ということを一発でカッコ良く表現したいがために作ったシークエンスだったろうに、カークが単なる馬鹿にしか見えないんですけど。派手なだけで、無意味。他にやりようがあったろうに。
 他にも、ウフーラがスポックにキスをして慰める場面は、ウフーラがスポックに心を寄せる理由の描写が皆無なため、唐突すぎる。全体的に、「その後の活躍がわかっているから省いても平気でしょ?」な展開だらけで、登場人物の関係性における物語は超薄っぺら。
 じゃあ、SFらしい設定の妙があるかというと、ブラックホールの扱いがテキトーで、時間転移による展開が辻褄合わせを無視した超ご都合主義で、面白くない。多世界解釈ゆえに元々のシリーズと異なる描写が、旧来からのファンにとっては面白さに繋がるけど、それにしたって「原作をアレンジした映画版」程度。結果的には、未来からやってきた“あの人”が運命を操作し、TV版『スター・トレック/宇宙大作戦』へと物語を導くんだけど、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のマーティもビックリの手抜きだよ。
 SF映画に重要な要素の1つは、とんでもなくカッコイイショットだ。『スター・トレック』にも地上で建設中のエンタープライズ号を見上げるファンサービス満点な場面はあるけど、歓声を上げたくなるような喜びが湧いてこない。なぜかというと、カークがエンタープライズ号に思い入れがなさそうだから。カークが、成績は優秀なのに、無鉄砲な直情馬鹿に育ったのは、父親と常に比較されてきたからなんだろうけど、それが全く描かれないので、「父親を超える」ためにエンタープライズ号に乗る意義がない。同様のことはスポックにもいえる。両者共に家族関係が重要なポイントになっているのに、そこはあっさり飛ばしまくり。
 さらに、敵となるネロの悲壮感が薄いのも駄目。故郷の惑星が消滅した描写はあるけど、その地獄は描かれず、台詞で説明されるだけ。連邦に対する怒りも単なる逆恨みなので、「ふーん、大変だったんだね」としか思えない。あんなに凄い技術があるのに、馬鹿。

 百歩譲って物語が面白く、手に汗握る展開の連続だったとしても、演出が駄目。特撮の出来は素晴らしく、特に光の効果なんかは「美しい」と感嘆するくらいなんだけど、それが全く活かされていない。アクション場面にしたって、迫力なし。
 『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで顕著になったけど、CGで何でも描けてしまう今、迫力を出すのは丁寧な演出(展開と、ショットの構図と積み重ね)が全てだといえるのに、『スター・トレック』はかなりそこに無神経だ。画面は凄い。登場人物たちがワーワーいいながら活躍し、宇宙で色んなものが飛び交い、爆発し……でも、それを冷静に眺めてしまう自分がいる。『スター・トレック』にまでカメラの揺れ演出があってガッカリ。

 総括的に見れば、無鉄砲なカークと対照的な、冷静沈着なスポックの「冷静沈着」ぶりが全く描かれないので、『スター・トレック』は基本的に「無鉄砲な映画」か「大味な映画」にしかなってない。
 良かったのは、サイモン・ペッグさんのスコッティと(『ショーン・オブ・ザ・デッド』から出世したなぁ! イングランド育ちのスコット役なんて、配役そのものがギャグと思えるくらいだ!)、特撮と、マイケル・ジアッキノさんによる、低音を効かせた重厚な音楽だけだった。エンディング・クレジットに流れる音楽は、『クローバー・フィールド』のエンディング・テーマ曲と並ぶくらいに良かった(少し「展開がダラダラしてて長いなぁ〜」と思ったけど)。
 ま、商売として見るなら、ファンを喜ばせるものは詰め込まれている。プリクエルとして作ってあることがキャラもの版権パチンコ商売と似たり寄ったりの発想だし。それでも、同じプリクエルなら、駄目な『スター・ウォーズ エピソード1』よりも駄目(いや、面白さとしてはあっちの方が駄目だけど、映画としてはあっちの方が遥かに上)。
 記憶に残ることはないな。

テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

tag : スター・トレック

2009-06-09

酷い規制

 イオンシネマに映画を観に行った。そこでガッカリすることがあった。

 感想をブログに反映させてないけど、最近観たのは、『ハゲタカ』、『スター・トレック』、『スラムドッグ$ミリオネア』、『消されたヘッドライン』、『天使と悪魔』、『ルーキーズ』、『ラスト・ブラッド』、『お買いもの中毒な私!』、『余命1ヶ月の花嫁』……だったかな。
 最も面白かったのは、最も興味がなかった『天使と悪魔』だった。
 最も面白くなかったのは、最も面白いと期待していた『スター・トレック』。
 最も興味のない内容だったのは、同じく本年度屈指の傑作なのだろうと期待していた『スラムドッグ$ミリオネア』。

 ところで、今後絶対に観なければと思っているものに、『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』がある。SMAP木村拓哉さんとジョシュ・ハートネットさんとイ・ビョンホンさんが主演で話題になっている映画だ。
 観たい理由は、題名に「レイン」が入っているから。もちろん、『レイン・フォール/雨の牙』と『バンコック・デンジャラス』を観ているから。
 今年に入って立て続けに「レイン」絡みの映画が上映されて(『バンコック・デンジャラス』は同監督の『レイン』のリメイクで、ヒロインの名前は「レイン」だ)、それがどれもアジア絡みで、しかも面白くないときている(まだ『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』は観ていないけど、たぶん面白くない)。これを私は「2009年のレイン3部作」と勝手に称しているので、『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』はその締めとして大いに期待している。もっと注目されるべきだ(世間の注目度とは異なる方向で)。

 で、本題。イオンシネマで今月下旬に上映予定だった『アンティークー 〜西洋骨董洋菓子店〜』という韓国映画が上映中止になった。理由は、主演のチュ・ジフンさんが麻薬で逮捕されたからだそうだ。

参考リンク→映画「アンティークー 〜西洋骨董洋菓子店〜」上映中止に関するお詫び

 リンク先から抜粋。
 既に報道されておりますように、映画「アンティーク〜西洋骨董洋菓子店〜」の主演俳優であるチュ・ジフン(26)が、麻薬管理法違反の疑いでソウル地方警察庁により書類送検されました。
 本作品については、6月下旬よりイオンシネマ金沢フォーラス店にて上映予定でしたが、主演俳優の書類送検にかかる社会的影響を鑑み、甚だ残念ながら上映を中止させていただくこととなりました。
 不測の事態とは申しながら、弊社の上映中止によりご迷惑をおかけしますことを深くお詫び申し上げるとともに、事情をご賢察の上、何卒ご了承賜りますようお願い申し上げます。

 何なんだろう、この潔癖ぶりは……「主演俳優の書類送検にかかる社会的影響を鑑み」? 韓国に住む韓国人の韓国映画が、日本にどんな社会的影響を与えるってんだ?
 元々はよしながふみさんの漫画が原作で、日本でドラマになったし、アニメにもなったから有名な作品なんでしょう(私は見たことない)。社会的な影響があるとしたら、アンティーク作りの洋菓子店がブームになるとか、主役4人のイケメンキャラが人気出るとか、そんなものだろう。俳優が現実に麻薬をやっていたからといって、麻薬の影響を与えるとは思えない。単純に、イケメン俳優が実は犯罪者だったため、イメージダウンから売り上げもダウン、という影響が心配なだけなんでしょ?
 と思いきや、映画の公式ブログで「お詫び」が載っていたので、配給会社からの動きのようだ。

参考リンク→映画『アンティーク 〜西洋骨董洋菓子店〜』公式ブログ

 公式ブログから抜粋。
 本作品につきましては、去る4月18日(土)より東京・大阪・名古屋・川崎・千葉の各劇場にて公開いたしており、引き続き全国各劇場にて公開を予定しておりましたため、今回このような事態を生じたことについては当社としましても甚だ遺憾に感じております。
 今回の事態の重要度及び社会への影響の大きさを鑑み、本作品の劇場公開につきまして以下の通りご案内いたします。
 既に劇場前売鑑賞券をお買い上げのお客様も相当数いらっしゃいますことから、混乱・ご迷惑を来たさないよう、現在上映中の劇場につきましては、劇場側のご理解を得て、当初予定しておりました期間まで上映を継続する予定です。
 今後上映を予定しております劇場につきましては、上映実施の有無につき今後各劇場と漸次協議の上、決定してまいります。なお、各劇場の上映状況につきましては、当社ホームページ及び本作品ホームページ上にて逐次ご案内いたします。


 さらには、DVDまで販売中止に。
 去る4月3日に弊社より発売いたしました掲題のDVD商品(AVBF-29160)につきまして、既に報道されております通り、主演俳優であるチュ・ジフン(26)が麻薬管理法違反の疑いでソウル地方警察庁により書類送検されました。
 つきましては、今回の事態の重要度及び社会への影響の大きさを鑑み、当該商品の販売を中止させていただくことになりました。なお、再販売等の予定はございません。


 こないだの『天皇伝説』に対する抗議活動は納得できるものだし、上映中止になったとしてもしかたないかな、とも思うんだけど、『アンティーク〜西洋骨董洋菓子店〜』の上映中止はちょっとやり過ぎでないかなぁ? 現実と映画は別物なのに……
 監督や主演俳優が犯罪者であっても――殺人鬼だろうが幼児性愛者だろうが連続レイプ魔だろうが――映画には関係ない。だって、映画は現実じゃないんだから。もしも犯罪者が作った映画が、犯罪思考を強く反映させたもので、観た人の思考に強い影響を与えるのだとしたら、それは大問題作だけど(同時に大傑作でもある)、『アンティークー 〜西洋骨董洋菓子店〜』はそうではない。
 甘ったるい夢物語だからこそ、俳優も甘ったるい現実に住んでなくてはならない? でないと、夢物語(映画)が崩れてしまうから? それは、想像力の欠如なんじゃないか? 事なかれ主義は、想像力にも働きかけるということか。「事態の重要度及び社会への影響の大きさ」? 私は今の今まで全く知らなかったよ。どこに社会的影響があるっての? 一部のイケメン好き韓国映画ファンがガッカリするだけじゃん!

 上映を中止した映画館は金沢市以外ににもある。

参考リンク→『アンティーク〜西洋骨董洋菓子店〜』の劇場情報

 『天皇伝説』に対する抗議活動以上にガッカリすることだよ。とはいえ、上映していても観ないけどね『アンティークー 〜西洋骨董洋菓子店〜』は。

テーマ : 映画関連ネタ
ジャンル : 映画

プロフィール

Author:ばっどていすとさんどいっち
テクノ好き。
アンダーワールドのRez大好き。
映画大好き。
ジャッキー・チェンが生涯の英雄。
生涯1位作品は『ミミズバーガー』。
2位が『溶解人間』。
泣き虫で、馬鹿。
itsuka-omoi-dasu-bts@hotmail.co.jp

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